5話 引換券:藤原シオン その2
「次、右上段」
シオンの声に合わせて、右上に剣を掲げる防御の動作を取る。
が――ワンテンポ遅い。
「 痛っ!」
右肩と首元の間あたりに熱が走る。
「だから呼吸を相手に見せるなって! 息を吐く動作に入った瞬間は隙にしかならないぜ」
「……息を吐いてるって、なんで分かるんだ?」
「あたりまえだろ! 士魂三式はパイロットの身体とリンクしてるのを忘れたのか? 息を吸えば機体の肩が上がるし、息を吐けば機体の肩は下がる」
「肩? 俺には見えないんだけど……」
……結局、自分は剣を取った。
不遇キャラ扱いされていたくせに強いシオンに対する妬みに無力な自分に対する悔しさ、死の恐怖と戦い続ける不安。
混沌とした負の感情はいまだ胸中に渦巻いている。
けれども、悩んでいられるのも全部自分が生きているからだ。
死の間際にもっと強くなる努力をしておけば……なんて後悔はしたくない。
だったら、徹底的に足掻いてみよう。
自分がどこまで足掻けるかなんて分からないけど。
「体の動きを見せないようにゆっくり、ゆっくりと息を吐け、そして、力を入れる瞬間にグッと息を吸うんだ」 動作は息を吸うタイミングと一致させろ! じゃなきゃ、体の半分の力も引き出せない!」
「動きのタイミングを合わせる……」
「今度はお前が打ち込んでこい! いつでもいいぜ 」
――。
小さく、とても小さく息を吐く。
身体の静止を意識して、 呼吸のリズムを彼に見破られないように。
こちらがシオンの機体を見ても呼吸の気配なんてまったく分からない。
相手の情報を読み取れないほどの実力差なら、自分が全力を出すしかない。
「――フッ!」
「!? まだ、甘い!」
弾かれた!
「あのなぁ、俺らは幅跳びみたいに距離を競うわけじゃねえ。そんなに大きく足を宙に上げんな! 地面から離れれば離れるほど、踏み込みが遅れる。 必要なのは一瞬で互いの距離を詰める技術。 すり足気味で動けって!」
すり足なんか真面目にやったことがない。
だが、なるほど、彼の話を聞けば聞くほど自分の動きがまったく戦いの理屈に合っていないことを実感する。
前世で文化部だった自分にも責任はあるが、土帝の身体自身も戦いのテクニックが全く身についていない。
彼との戦いにおける大きな差はそこに合ったのだ。
「――ッ! これで……どうだ!」
「おっ、この一撃は悪くない 」
呼吸と接地までの速さを意識した踏み込み。
渾身のタイミングで放たれた剣が、彼の装甲を僅かに掠る。
初めてシオンの身に剣が届いた。
「続けろ!」
「おう!」
さっきの一振りの感触を忘れないうちに、何度も何度も攻撃を繰り出す。
シオンの駆る三式は防御姿勢を取りながらも、攻勢をいなしながらも圧力に耐えかねて徐々に後退していく。
これは……イケる。
戦いのコツ、力点の置きやタイミングさえ掴めば――技術面での差を埋めれば、土御門はシオンを体格面で圧倒している。
猫背でも軽く170cmを超える俺に比べて、シオンは背筋を真っ直ぐ立てても150cm程度。
三式の補助があるとはいえ、一歩ごとの歩幅は小さいし、体重と腕力による機体のパワー性能への上乗せも弱い。
もう、俺はでくの坊じゃない。
「バカ 油断すんな 」
「へっ!? ぐはっ!?」
チカチカとした痛みと若干の眩み。
頭を殴られた?
「あのなぁ、囲碁、将棋じゃないんだから、自分の攻撃の番が終わるまで相手は待ってくれないし。いつまでも、同じ方法で戦ってくれるわけじゃないぜ」
「ぅう、あぁ。よく勉強になった……」
「だけど、さっきの一撃は良かったぜ ! 少なくともウジウジとしたヤツが出せる一振りじゃねえな! ……これでさっき不意打ちしたのはチャラにしてくれよな」
彼は兄貴肌というべきなのだろうか。
強引で……だけども、そのさっぱりとした態度。
ほぼ初対面の俺を鍛えようとする心の広さ。
激しい身長差さえなければ、ぜひシオン兄貴と呼ばさせていただきたい。
「さっきの気にしてたのか。だけど、助かった、本当にありがとう……」
「いーんや、オレも良い気晴らしになった。最近はあんま人の剣を見てやることができなくなってたからな」
だからこそ気づいた。
そのサッパリとした声に混じった不満気な感情に。
少し、そう、ほんの少しではあったけれども。
思えば、俺は彼の設定しか知らない。
家で起きた不名誉を取り除くため、戦地を回ったり、学年へ実戦経験者の特待生枠で転校してきたりといった目的やこれからの経歴は知っている。
けれども、シオンという人物が今、どんな気持ちでこの養殖場の仕事に就いているのか、なぜこれほど強いのか、何を支えに生きているのか、実際には分からないことだらけだ。
我ながらチョロいかもしれないが、 剣を教えてもらって 、キャラクターとか生還フラグとか関係なく、 人としての彼に興味を持ってしまった。
「なぁ、藤原……シオンさんはどうしてここに?」
「話すと愚痴が入るっていうか、どうしても身内贔屓が入る……かっこ悪いからあんまり話したくない 」
ナニカを我慢しているような躊躇い。
話したいけど、弱みを人に晒すのは自分のプライドが許さない。
そんな雰囲気が感じられる。
ならば。
「フェアじゃなくないか? 」
「あん?」
「いやさ、シオンさんはオレがココへきた話を山本のオヤジから聞いたんだろ? 勝手にバラしたのは許してないけど、少なくとも兵長は自分が酒のトラブルでココへ来たってことは教えてくれたぜ。だってのに、シオンさんだけ事情を話してくれないなんてズルいじゃないか!」
「ずるい……あはっ! 確かにそれはずるいなぁ」
「なら話してくれてもいいだろ? 俺の話より恥ずかしいなんてことはありえないだろうし」
「流石にストーカー云々よりはマトモだって……。いいよ、聞きたいって言ってくれるなら話すか。あれは今から……」
そうしてシオンさんは自分のことを語り始めようとして……。
【――藤原訓練生に土帝訓練生、仕事の時間だ。隣のB-9地区で複数体の中型オメガが確認された。至急応援に回ってもらう……】
その声は突如、通信回線に割り込んできた宮崎准尉の言葉に遮られた。
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