09 古の予言

 永世法霊ことメルに案内されたのは、蝶がひらひらと舞い、花々が咲き誇る楽園のような場所だった。そこにある大樹の樹陰にて、俺とリレイラはメルと話していた。


「では、リレイラ様が森で拾われて育てたのですか?」

「そうだな。ネイビスが私の母乳を懸命に吸っていたあの日が遠く感じられるな」


 俺は心のなかで「ほんの3週間くらい前のことだろ」とツッコミを入れる。


「まるで、母と息子のようですわね」


 花が咲いたかのようにメルは笑う。メルの髪は真っ白で、瞳はまるで空を写したかのような白と水色だった。


「どうしたのですか?」

「ああ、いや。なんでもないです」


 俺がメルのことを見つめていると、メルが訊いてきた。


「メルは可愛いからな。ネイビスは気になっているのだ」

「そんな! まぁ、嬉しいですわ」

「リレイラさん!」


 そんな感じで最初は談笑が続いた。少しすると俺がリレイラとメルの昔話に耳を傾けたり、メルが俺とリレイラの関係性について根掘り葉掘り尋ねたりした。だが、話もいずれ尽きて三人は沈黙することになる。


「なぁ、メル。一つ気になることがあるのだが、訊いてもよいか?」


 リレイラが沈黙の中、口火を切る。メルはすぐさま頷いて「何かしら?」と先を促す。リレイラは徐ろに語りだす。


「今日は祝祭だったろう。ネイビスと出店に並んでいた時にな、呪われた子が産まれたという話を聞いたのだ」

「聞いてしまったのですか。結構頑張って隠してはいたのですけれど」

「何か知っているのか?」


 俺はリレイラとメルの問答をただただ傍聴するしかなかった。それに俺が間に入っても邪魔になるだけだ。


「少しはね。そうですわね、今から二週間くらい前からかしら、主神の加護がない赤ちゃんが産まれ始めましたわ」

「殺したのか?」

「まさか。表立っては流産ということにしているけれど、皆ちゃんと生きていますわ」

「そうか。噂でその子を殺したと聞いてな」

「噂には尾ひれがつくものですわ」

「そうだな、それならいいんだ。なら、その子達はどこに?」

「この楽園のある地下空間に保育施設を建てましたの。そこで赤子達を育てています。ほら、あそこですわ」


 メルの言うとおり、ここは地下空間だ。明るいのも、どうやって作ったのかも謎だが、確かにここから見える丘の上に施設や家々が見えた。そこで今、呪われた子たちが生活しているというのだ。


「どうやらこの現象は他の国でも起こっているみたいですわ。隣国のアズラやダナエでは呪われた赤子はみな殺すそうです。赤子を守るため、加護を求めてレインに逃げてくる家族が後を絶ちませんわ」


 事態はかなり深刻そうだ。そもそも主神ネイビスの加護が何故なくなったのか。俺も主神の加護がない者の一人ではあるがさっぱりわからない。


「予言【災い来たりて、神の御加護も消え行くが、太古に滅びし国が再び、それが救いの光となる】」

「それは、もしかしなくても全賢帝の?」

「あぁ、彼の残した予言だ」

「すみません。全賢帝とは?」


 俺は全賢帝という人物が誰か分からず質問した。


「人の時を過ごす者で知る者はもういないだろうな。遠い昔に姿を消した一番目の賢者だ」

「一番目の賢者、ですか……」


 たしかリレイラは自身のことを三番目の賢者だと言っていた。リレイラはあまり賢者のことは話してくれない。そもそも賢者とはどうすればなれるのかさえ俺はわからないのだ。


 だが、そうか……。一番目の賢者は今は姿を消しているのか。これは気になるが、今訊くのも無粋なのでやめておいた。


「【災い来たりて、神の御加護も消え行く】とは、今の呪われた子達のことではないか?」

「リレイラ様。わたくしも同じことを考えていましたわ。ならば、その続きの【太古に滅びし国が再び】は……」

「ああ。ここでメルに頼みがある」

「何かしら」

「アルバルト王国の再興に手を貸してほしい」

「やはり、そうなりますわよね。もちろん、いいですわよ。リレイラ様の頼みですもの」

「ありがとう、メル」


 ただし、と言ってからメルは続けた。


「わたしくからもお願いがありますの。今からわたくしの寝室に来てくれるかしら?」

「私は構わないが、ネイビスはどうだ?」


 いやいや、この流れはマズイ。メルが不老不死の時点でメルとリレイラは過去に結ばれてる。恋仲だったかもしれない。そんな二人が長い時を経て再会したのだ。その夜にすることと言ったら容易に想像がつく。今はお互い同性だとしてもだ。


「いや、俺はいいかな。そう、呪詛もあるし」

「呪詛?」


 メルが首を傾げると、リレイラが説明を始めた。


「こいつはな、女と寝ると女体化する生き物なのだよ」

「変な生き物みたいに言わないでもらえます?」

「では、女と寝ると女体化する難儀な体なのだ」

「まぁ、それならいいか……」


 だがしかし、この話は逆効果だったようだ。メルは目を光らせている。


「ネイビスが女の子に!? 見てみたいですわ!」

「いや、俺は今日は独りで寝ますから、二人で好きにしてください」

「つれないことを言わないでくださいまし。三人で寝たいですわ」

「ネイビス。付き合ってやれ」

「は、はい……」


 リレイラの一言で俺は諦める。女体化覚悟で、あと少なからず期待しながら俺はリレイラと一緒にメルの寝室に向かうのだった。

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