08 メル

 聖湖の畔に築かれた都市、聖都イレナ。イレナの景観はそれはもう美しかった。石レンガづくりの家々は味があって趣深い。そして目を見張るのはやはり眼前にまで迫りくるような存在感のある虚空の塔だった。


「ここは昔とほとんど変わらないな」

「そうなんですか」

「ああ。例えばあの大聖堂やこの並樹だな」


 俺はリレイラが指さした建物や眼前にある並樹を見る。大聖堂は確かに歴史がありそうな外観だったが、並樹に関しては然程歴史を感じるものでもなかった。


「聖堂なら変わっていないのは分かりますが、並樹もですか?」

「恐らくあいつが保全したのだろう」

「メル・ハイリッヒ・セイラルトですか?」

「ああ。彼女と昔約束したからな」


 都の中心に向かうに連れて人が多くなった。どうやら今日はなにかの祝祭のようだ。出店が連なり、とても賑やかで、どこかから香ばしい香りもする。


「何か食べていくか?」

「いいのですか? では、あの串焼き食べたいです」


 リレイラと俺はある串焼き屋さんの前にできた列に並ぶ。俺がそういえばリレイラさんが旧硬貨しか持っていないことに思いを馳せていると、前の客の話が耳に入ってきた。


「ねぇ、鍛冶屋のネイベルさんのところ、子ども生まれるって言ってたじゃない?」

「ええ」

「流産だって。可哀想にねぇ」

「私聞いたわよ。本当は無事に出産したのに呪われていたんですって」

「呪い? どんな呪いなのよ」

「主神様の御加護がなかったそうよ? それで仕方なく殺したんだって」


 主神の加護がないのは俺と一緒だな。もしかして各地で同じことが起こっているのではないか?


「リレイラさん」

「ええ。メルに会って話を聞くしかないわね」


 ここでは旧硬貨も同様に使えるようで、俺は塩味の鳥の軟骨を、リレイラさんは豚バラ肉の串焼きを頼んだ。そしてそのまま荘厳な造りの聖堂目指して食べ歩くのだった。




 大聖堂の前に立った俺は圧巻していた。


「おお! 凄い」

「ソル・インラテナ大聖堂。太陽のごとき女神たち、という意味だ」


 大きく神聖でいて、厳かな建造物は近くで見上げるととても迫力と存在感があった。


「祝祭の日は一般公開しているはずだ。入るぞ」

「は、はい」


 リレイラについていくように大聖堂に入る。身分証の確認などはされなかったため、俺たちも難なく入ることができた。


 天蓋はキラキラと綺麗に輝いていた。そして聖堂の奥にあるステンドグラスには二柱の女神と一柱の男神が描かれていた。俺がぼーっと眺めていると、リレイラが手を引き言う。


「地下にある玉座の間まで行くぞ」

「玉座の間? 流石に無理なのでは」

「なに。あの階段から行けるぞ?」

「そういう話では……」


 リレイラは堂々と厳重に警備されている地下への階段に向かった。その階段はステンドグラスの手前にあり、鮮やかな光が落とされていた。


「此処から先は王家の章紋の提示か謁見許可証がなければ通れない」


 警備の男は訝しげにリレイラと俺を見る。そんな警備にリレイラはポケットから取り出したものをほいっと投げる。


「はい、これ」


 男はそれをキャッチして目を大きく開く。


「こ、これは……王家の紋章! しかも純金製!」

「確認が終わったら返してくれるかな?」

「は、はい! 疑って失礼しました!」

「なに。気にするな。それと、彼も通してくれるかな? 信頼の置けるパートナーなんだ」

「はい。構いません」


 俺とリレイラはすんなりと警備を潜ってしまった。そのまま俺たちは階段を降りていく。降りきると、廊下が続いていた。両脇には扉や通路があり、宰相や神官などがいるのだろうなと俺は考える。


「なんですって? 今日はもう謁見の予定はないはずよ?」


 廊下の先から声が聞こえた。


「ええ。ですが今しがた純金製の紋章を持つ方が現れまして」

「純金製! ではどの国の者なの? 純金製の紋章は国交樹立と引き換えにクレストローレ以外の各国に一つずつ送ったものなのよ?」

「ええ。では私めが何処の国の者か訊いて参ります。あ……」


 執事と目があったので俺とリレイラは会釈した。執事の隣にはお姫様のような美しい衣装姿の女性が一人立っていた。


「あの者たちです。あ、姫様!」


 執事が声を上げる。それもそのはず。途端に姫様が駆け出したからだ。姫様はリレイラ目掛けて走り、そして勢いよく抱きついた。


「姿、性別は変われど、私はわかりますよ! 貴殿はリレイラ・アルバルト様ですよね?」

「様はよせ。それに今は女だ」

「ああ! 会いたかった! ずっと。どこにいらっしゃったのですか?」

「隣国アズラとの国境の森だ」

「あら、意外と近く。彼は?」


 姫様は俺の方を向いて首を傾げる。リレイラはそれに応えようとする。


「ああ、旅の仲間の……」

「ついに、ついに、ついに! ついに、アルバルト様が認める殿方が現れたのですね!」


 だが、リレイラの言葉を遮るように姫様は俺の方に詰め寄って両手を握る。


「わたくし、永世法霊のメル・ハイリッヒ・セイラルトですわ。以後、お見知りおきを」

「俺はネイビス・アルバルトってことになってる。よろしく」

「まぁ、主神様とアルバルト様の合わさった名前。なんて素敵なのかしら! さぁ、ここではなんですし、わたくしの園に案内するわ!」


 メルに手を取られたリレイラと俺はメルについていく。メルの瞳は輝きで満ちていた。

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