第二部 ウィズダム賢者
0 プロローグ
あれ、どうなったんだっけ?
ここは白くて温い空間。まるで母のお腹の中のようだ。確か、俺はあいつらと冒険して、死を乗り越えて、魔王になって、神殺しの力を得て、それで……。
そう言えば、あいつらって誰だっけ?
「ネイビスくん、起きて!」
どこかから聞き覚えのある声がする。愛おしい声だ。彼女はいつも優しくて、純粋で。その声に彼女の真っ白な性格が如実に現れている気がする。
「いつまで寝てるのよ、ネイビス」
また聞き覚えのある声だ。強気な口調の奥にはいつも、俺を心配してくれている思いやりがある。俺は何度彼女に助けられてきたことか。
思えばとても長い旅だったな。色んなことがあった。色んなことがあったはずなのに、俺は何故か一緒に旅したはずの二人のことがはっきりと思い出せない。二人の印象だけがふわふわと脳裏に浮かんでいた。記憶に靄がかかっていて、思い出そうとするとイメージは忽ちに雲散してしまう。
歯がゆい。大好きだった二人の名前も今は思い出せない。どうして忘れてしまったのだろう。あんなに大切な二人だったのに。
「いい加減起きないと、いたずらしちゃうよ?」
「そうね……。久しぶりに『スラッシュ』いっとく?」
その言葉に俺の覚束ない体が無意識に反応した。そろそろ起きないと、彼女に殺される。起きろ、俺!
俺は必死にこの居心地のいい場所から離れるために足掻くことを始めた。
「その調子よ、ネイビス」
「うん。頑張って」
二人が応援してくれている。あれ、でも全く二人のこと、思い出せないや。時間が経つにつれて、目覚めようとするにつれて、二人にまつわる記憶が抜け落ちていくような感覚に陥る。
あなたたちは誰なの?
「私の名前はイリス。あなたの最愛の二人のうちの一人よ」
「私はビエラ。ネイビスくんの永遠の恋人だよ」
ネイビス? それが俺の名前なのか? 二人は俺の恋人? もうそれすらもよくわからない。けれど、これだけは忘れない。二人は俺にとってかけがえのない存在だってことだ。だけど、この思考でさえだんだん不確かなものとなっていくのを俺は感じていた。
「私達はいつもあなたのこと、見守っているわ」
「うん。だから安心して楽しんできてね」
心に巣食っていた幾ばくの不安が拭われていく。なんとなく、二人がそう言うのなら大丈夫な気がしてきた。
次第に光が強くなっていく。その光は七色に見えた。とても眩しいが、同時にとても希望に満ちた気分になる。それは全ての始まりのような晴れ晴れとした光だった。
「行ってらっしゃい」
「頑張ってね」
二人の声が遠く、遠く、小さくなっていく。
俺は二人の応援を受けて、めいいっぱいに産声を上げた。
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