68 強くてニューゲーム
広々とした馬車の中にはふかふかの椅子があり、ネイビス達はそこに座ってツァーネと話していた。
「つまり、あの『時の加護』の効果でインベントリやステータス、記憶はそのままで過去に戻った、ということか?」
「ああ、その理解であっている」
ツァーネが現状をネイビス達に説明し終わり、ネイビスがその内容を確認した。
「それって最強じゃないかしら?だって、何度も使えば英雄にも億万長者にもなれるじゃない」
イリスが興奮気味に言うが、ツァーネは首を振ってそれを否定した。
「いや、最強ではないな。欠点もある」
「欠点?まさかペナルティーとかか?」
「それはないな。だが欠点は三つある。一つ目は一度しか使えないことだ。そして、二つ目がこの加護は己には使えないことだな。三つ目は記憶にある過去にしか戻れないことだ」
「え、一度しか使えないなら、ものすごく大切な一回だったのではないですか?」
ビエラが尋ねるとツァーネは頷いて応えた。
「ああ。もちろん至極大切だ。だが、抜け道はある。それに、何故アリエル様が貴様らに『時の加護』を使わせたか疑問だったが、まぁ一度貴様と戦ってみて、ほんの少しは納得したよ」
ツァーネの険しくも鋭い眼光がネイビスに向けられた。ネイビスは見つめ返して、「それはどうも」と会釈する。それから四者の間に沈黙が訪れ、馬車が道を行く音だけが聞こえていた。
しばらく馬車は移動して、日がまだ高いうちに王城にたどり着いた。ネイビス達は前の時間軸で一度ここに来ているので、あまり緊張はしなかった。
三人はツァーネに案内されるがままに城の中を移動して、一つの部屋の前に辿り着く。
「この中にアリエル様がいらっしゃる。私も中に入るが、くれぐれも失礼のないようにな」
ツァーネの忠告にネイビスは「わかった」と返事をして、ドアノブに手をかける。ネイビス達が中に入ると、一人の女性がいた。
「やぁ、待っていたよ。久しぶり。『ランダム勇者』のみんな」
明かりのついていない薄暗い部屋。その窓際に立つ女の美しい銀髪は、カーテンから差し込む光を受けて煌めき、神秘的な造形美を成す。彼女は優雅に振り返ると、ネイビス達を迎えるようにお辞儀をした。その女、アリエルは妖艶でいて、不思議な雰囲気を纏う美女だった。
「暗くてごめんね。まぁ、座ってよ」
ネイビス達はアリエルに指し示されたソファーに座ることにした。ネイビス達とアリエルが机を挟んで向かい合うような形になった。ツァーネはアリエルの後方で直立するようだ。
「アリエルさんは覚えているのですか?」
ネイビスが席につくとすぐにアリエルに尋ねた。
「ん、何をかな?」
「その……時が戻る前の記憶を」
そこまで聞いてからアリエルは微笑んで頷いた。
「うん。覚えてるよ。ボクはね、遠い昔に忘れることを忘れてしまったんだよ」
「忘れることを忘れた?」
「そう。死のうにも死ねないしね」
「そうですか……」
その言葉の真意を訊くか迷うネイビスを見て、ふふふとアリエルは優美に微笑むで言う。
「気になること、ぜーんぶボクが教えてあげるよ」
ネイビスはランダム教と七大聖騎士についてアリエルに訊いた。アリエルの話を聞いたネイビスは確認する。
「やはり、ランダム教が世界を支配していると?」
「うん、そうだよ。彼らは裏で国民を管理しているんだ。君たちはランダム教についてどれだけ知っているのかな?」
アリエルの問いにビエラが小さく手を挙げた。
「大昔はいくつも宗教があったけど、あるときに唯一正しい教えがランダム教だけだって証明されたんだよね」
「それで?」
「世界はランダム神が無作為に創りだしたものよね」
「うんうん。ネイビスくんは何か知っているかな?」
「うーん。いや、特に……」
ネイビスの返答にアリエルの後ろに立っていたツァーネは呆れた顔をしたが、アリエルは特に気にすることなく話を続ける。
「そう。で、君たちは本当にそんな神が存在すると思う?」
「な!あなた、ランダム神を否定するつもり?」
アリエルの問いを聞いてイリスが食いついた。
「うん、そのつもりだよ。イリスちゃんがなんと言おうとボクはランダム神を否定するよ。何故なら本当の神を知っているからね。ね、ツァーネ?」
「ああ、そうだな」
アリエルがツァーネに確認すると、ツァーネは珍しく微笑んで頷いた。アリエルとツァーネのやりとりにイリスは声を詰まらせた。
「ほ、本当の神?」
「そう。本当の神。でも、今は教えられないよ」
アリエルは自身の唇に人差し指を当てて微笑む。
「ツァーネ、あの話していいよ」
「承知致しました」
ツァーネはアリエルの指示に従って話し始める。
「まぁ、貴様らは知らないだろうから話すとだな。王都の外れにランダム教の本殿がある。その神殿の地下には天界に続くとされる水門があるんだが、その門の先には何があると思う?」
「天界と繋がっていて、神がいるとか?」
「まさか、異世界と繫がっている?」
ビエラとネイビスが答えたが、ツァーネは首を振る。
「水門の先にはな、虚空の間と呼ばれる空間がある。そこに魔王が封印されているんだ」
「「魔王?」」
「魔王は魔大陸にいるはずよ!」
ビエラとネイビスは疑問で応え、イリスがツァーネの話を否定する。
「そもそも、魔大陸なんてあると思うか?実際に行ったことがあるのか?冷静に考えろ。世界を支配しているランダム教が支配していない大陸などこの世に存在しないことくらい分かるだろう」
イリスはツァーネの説明を聞いて納得せざるを得なかった。それを見かねてネイビスがツァーネに確認する。
「ツァーネの言うとおりなら、魔王は今もその虚空の間にいるって言うのか?」
「いるにはいるが、いないとも言える」
ネイビスがツァーネに訊くと判然としない答えが返ってきた。
「何だそれは。矛盾していないか?」
「奴は我ら十二天魔と違って不死ではないからな。それ故に奴が生きているかどうかは私も分からない。虚空の間の中のことはわからないからな」
「ちょっと待て、今しれっとすごいこと言わなかったか?」
ネイビスが問い質すと、ツァーネは首を傾げる。
「なんのことだ?」
「今、不死って言わなかったか?」
「ああ、そのことか。前も話しただろう。十二天魔は世界の理であると。それ故に死ぬ時は世界が終わるときだ」
「世界が終わる?」
「そう。で、ここからが本題だよ」
ここでアリエルがツァーネとネイビスの話の間に入った。
「今までのは本題じゃなかったのかよ」
ネイビスがそうツッコミを入れると、アリエルは「悪いね」と言ってはにかんで笑う。
「先ずは君たちがいた世界線の未来の話をするよ?」
アリエルは遠くを見るような瞳で語り始めた。
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