38 『ランダム勇者』
Cランクダンジョン『蟻塚』をクリアした翌日、三人は飛空艇に乗ってイカルからみて北東にある風林山の麓にある町サイスに来ていた。
風林山はネルト山と同じ山脈に連なる山であり大雪山程ではないがそれなりに大きな山だ。ここ一体は和の文化が栄えているので、木造建築が多くみられる。その中で洋風な飛空艇発着場だけが明らかに浮いていた。
「この町はなんだか不思議な所ね」
「この建物はな、木造建築って言うんだ。この町は林業が盛んらしくて、生活のいたるところに木が使われてるんだ」
ネイビスが町の木造の建物を指差しながら解説する。
「私、掲示板で和食っていう食べ物があるって聞いたよ」
ビエラがネイビスの肩をトントンと叩いて言った。それにネイビスは頷いて応える。
「和食と言えば米だよな。あれは美味いぞ!」
「あなた、食べたことあるの?」
「前世でな」
「それ久しぶりに聞いたわね」
ゲームのこと以外あまり前世のことを覚えていないネイビスであったが、和食というものを食べていたことは薄っすらと覚えていた。
どうやらネイビスは『ランダム勇者』に関わる知識だけを覚えているようだ。今回はサイスの町に和食があるから和食のことを覚えていた。
「俺も前世の記憶が全てあるわけじゃないんだよな。だから、前世の俺がどこの誰だったかも分からない。だけど、前世で得たこの世界に関わる知識だけ何故か覚えているんだよな」
「どうしてなんだろうね?」
ネイビスが前世のことを語るとビエラが不思議そうにしている。
「さあな?それより先ずは宿だ」
三人は風林山に一番近い宿屋『風林の宿』に泊まった。部屋は完全に和室で、イリスとビエラは物珍しそうに眺めている。
「これが畳ね」
「いい匂いだね」
イリスが床に敷き詰められた畳を撫でながら呟いた。ビエラは畳の香りを嗅いでいる。
「この宿は食事もあるらしいからな。夕飯まではくつろぐぞ」
「まだ結構時間あるわね」
「そうだね」
イリスとビエラは畳に寝転がるネイビスの方をチラチラと見ていた。それに気づいたネイビスが不思議に思って尋ねる。
「二人ともどうした?」
「まだ夕飯まで時間あるんでしょ?だから……」
イリスは顔を赤らめて黙りこくってしまった。ビエラがその先を続けるように言った。
「ちょっとだけエッチなことしたいなって」
「お、おう」
三人は夕飯まで思い思いにイチャイチャした。そして夕食の時間が来て三人は食堂へと場所を移した。
「うわー凄いね」
机には三人分の夕食が並べられていた。宿屋『風林の宿』は一泊朝晩の食事付きで3000ギルという高めの値段設定なだけはあって、その出す料理はどれも精巧に作られたものだった。
「鮎の塩焼きに、天ぷらに刺身か。こりゃ豪華だな」
この世界には冷蔵庫という概念はない。何故ならインベントリに物を入れておけば時間凍結されて鮮度が落ちないからだ。それ故に海から離れたサイスの町でも新鮮な刺身を食べることができる。
「刺身って生で魚食べるの?」
「そうだぞ。醤油をかけると堪らないぞ」
ネイビスの助言を受けてビエラは恐る恐る醤油を刺身にかけて食べる。
「うん!美味しいかも」
「これが白米と合うんだよな」
ネイビスは醤油に漬けた刺身を白米と一緒に食べる。美味しさのあまり思わずその頬が緩んでしまう。三人は一品も残すことなく夕食を食べ終え、部屋に戻って敷いた布団に横になる。
「お腹いっぱいだわ」
「そうだな。美味いから全部食べちゃうんだよな」
「ネイビスは私達がお腹いっぱいで残した物まで食べてたものね」
「ネイビス君のお腹パンパンだよ!うふふ」
ビエラが面白がってネイビスの膨れたお腹をさすっている。
「妊娠したら私もこんなふうになるのかな?」
「ビエラ。まだまだ先の話よ?」
「分かってるよ!でも早くその日が来るといいなって」
「そうだな……。そのためにも今はもっと強くならないとな!」
ネイビスは自身のお腹をさするビエラの頭を撫で返しながら思う。この世界の魔王がどんな奴かは知らないけど、いつか必ずこの手で終わらせようと。そしたら三人で幸せに暮らそうと。
その後しばらく掲示板で風林山のことをネイビスが調べているとビエラがあるものを発見した。
「ねぇネイビス君。前にイリスちゃんがクラリスの町で雷鳴剣を抜いたでしょ?今そのことに関する掲示板を見てたんだけどね。この『ランダム勇者』って私たちのことじゃないかな?」
「なんだと!?」
ビエラは【速報!消えた聖剣】というタイトルのスレッドをネイビスに見せる。ネイビスは『ランダム勇者』という名前に驚いてその掲示板のスレッドに食らい付いた。
「どれ?」
イリスも二人のそばに来てビエラのマギカードに表示される掲示板を覗き込む。
「本当だな。『ランダム勇者』が俺達の通り名か。でも何故ランダム勇者なんだ?」
ネイビスは『ランダム勇者』というゲームと同じ名前が入っていることに違和感を覚えていた。頭にハテナを浮かべているネイビスにビエラが答える。
「乱数神ランダム様から御神託があったみたいだよ?だからじゃないかな?」
「乱数神ランダムか。そう言えばいたな」
ネイビスは今世の記憶を思い返していた。子供の頃よく教会で良い職業に就けるように乱数神ランダムにお祈りをしていたのだ。結果はノービスだったが。
この世界では人の職業は完全にランダムで決まる。ほとんどの人が見習い職以上の職業をいくつか授かり、その中で一番ランクの高い職業に就く。逆に全ての人がなれるのがノービスだった。ノービスとは乱数神ランダム様から一つも職業を授けられなかった者の末路なのだ。
「神様公認ってことね」
「そうなるな」
ネイビスは通り名が付けられた喜びとともに、一抹の不安を感じていた。乱数神ランダム……。本当に神様なんているのだろうか?もしいるとしたら何故魔王なんて存在を生み出したのか?その夜ネイビスはあれこれ考えてしまってなかなか寝付けなかった。
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