11 朝の一幕

 ダンジョン都市イカルにはFからSランクまでのダンジョンが一つずつある。攻略されているのはBランクダンジョンまでの5つ。今人類はAランクダンジョン『ドラゴンの巣』攻略に向けて大いに盛り上がっている。なぜなら勇者こそいないものの上級職が多く奇跡の年と呼ばれている勇者学院141期の卒業生達がダンジョン都市に辿り着き活躍し始めていたからだった。


 ネイビスはこのことを掲示板で既に知っていた。というか書き込みまでしていた。というのも、イリスとビエラに挟まれて全く眠れる気がしなかったため、寝るのは諦めてマギカードの掲示板で今のダンジョン都市の情報を手に入れようと調べていたからだった。


 結局のところネイビスは夜中の3時くらいまで起きていたが、流石に眠気に負けて眠りに落ちた。


 翌朝、寝不足のネイビスが一番遅くまで寝ていて、早く起きていたイリスとビエラに叩き起こされる。


「うう。まだ寝る」

「ダメよ起きなさい!」

「眠い……」


 ネイビスはただでさえ朝に弱い。そこに寝不足が合わさればどうなるか答えは簡単だ。ネイビスは強引にイリスを引き剥がして再びベッドにダイブした。


「ネイビス君。起きないとイタズラしちゃうよ」

「いいよー。俺は寝る」

「もう!ビエラ。こんな男ほっておいて私たちで先に朝食食べに行きましょう」

「ダメよ、イリスちゃん。今からイタズラするんだから」

「イタズラ?イタズラって何するのよ?ペンで顔に落書きとか?」


 ビエラは首を傾げて考えるイリスにネイビスに聞こえないようにこしょこしょ話でイタズラの内容を教える。


「えー!それはちょっと大胆すぎない?」

「いいのいいの。いつかするんだから、それが今日になっただけ」

「ビエラ、あのナンパ男の影響受けすぎじゃない?」


 ビエラが考えたイタズラは目覚めのキスだった。ネイビスにとってはもはやイタズラでもなんでもなくて、ただのご褒美になるだろう。当の本人であるネイビスはそんなことをつゆも知らずにスースーと眠っていた。


「いいの?イリス。私が先にネイビス君とキスしちゃうんだよ?」


 ビエラがイリスを挑発するとイリスは「それは嫌だわ……」と本音を吐く。


「ビエラがキスしなきゃいい話じゃない」


 イリスはキスをしない方向に話を持っていこうとした。イリスはガツガツ行きそうなタイプに見えて、恋愛に関しては弱腰だったりする。対してビエラは一見大人しそうな性格に思えるが、誰かさんに触発されて乙女心に火がついていた。


「なら二人で同時にキスすれば解決ね」


 ビエラの奇想天外なアイデアにイリスは目を見開いて驚く。


「何でそうなるのよ!もういいわ。『スラッシュ』で起こす」


 イリスのその言葉をネイビスの耳は確かに捉えた。ビクンと一度震えるとネイビスは体を起こして敬礼のポーズを取る。


「イリス隊長!今起きましたであります!なので『スラッシュ』だけは勘弁してください!」

「よろしい。では朝食に行くわよ」

「はいであります!」


 ネイビスは恐怖という感情の到来により眠気が消え去り、スッキリ起きることができた。イリスの後ろでビエラが「私のファーストキスが……」としょんぼりしている。そんなことを知らないイリスがビエラに声をかける。


「ビエラも、行くわよ!」

「うん、わかった……」


 三人は朝の町に朝食を食べに出かけた。町は喧騒に包まれて賑わっていた。所々から「勇者がね……」「勇者は……」と勇者に関する会話が聞こえてくる。


「なんかやたら賑やかね」

「勇者が来たらしいよ。しかも掲示板の情報によるとSランクなんだって」


 イリスの呟きにビエラが応える。ビエラは今朝、ネイビスが寝坊している間にダンジョンに関するいくつかの掲示板を見ていたのだ。


「ふーん。Sランクなら俺らは一週間もあれば追いつくな」


 ネイビスは易々とそう断言する。それを聞いたイリスは呆れ顔だ。イリスはすかさず聞き返す。


「はい?あなた嘘でしょ?」

「いや、本気だ」


 ネイビスが一ミリも臆せずにそう言うとイリスはジト目でネイビスを見つめた。


「また爆弾投下するんじゃないでしょうね」

「いやいや。今回は真面目だぞ」


 手をひらひらと振ってネイビスは応える。


「じゃあ一体どんな手を使うのよ?また隠しエリアとか?」

「そんなわけあるか。一日に何周もダンジョンを周回するんだよ」


 ネイビスがさも当然のように言うとイリスとビエラは驚愕する。


「ダンジョンは一日に一回までって常識よ?」

「うんうん」


 イリスとビエラの言葉を聞いて今度はネイビスが驚き呆れる。


「なら、その常識がおかしいんだ」


 ネイビスの前世の記憶では一日に何十回も同じダンジョンを周回していたこともあった。ノービスなら上級職のレベルカンストまでに5回もレベル1から99までの育成を繰り返す必要がある。当然途方もないプレイ時間がかかり、その分『ランダム勇者』のやりがいにも繋がっていた。


「いいか。今の俺たちは弱い。弱いなんてもんじゃない。すこぶる弱い。最弱と言っても過言じゃない」


 弱い弱いと連発するネイビスの言葉にイリスは少し不機嫌になって言い返す。


「でも私達もうDランクよ。弱くなんかないわ!」

「あのな。今の俺はレベル24だが、ステータスだけ見ればレベル9の勇者よりも弱いんだ。ランクなんて当てにしたらダメだ」

「それはそうだけど……」

「私もネイビス君が正しいと思う」


 ネイビスの説得を受けてイリスはぐうの音も出ない。


「まぁ、俺について来い。そしたら直ぐにSランクにしてやるよ」

「分かったわ。今日は早速ダンジョンに潜るんでしょ?」

「どこのダンジョンに行くの?」

「Fランクダンジョンの『ウサギパラダイス』だな」


『ウサギパラダイス』通称ウサパラは文字通りウサギしか出て来ない。だが角が生えているウサギなので結構危険だったりする。


「えー!せっかくだからEランクとかDランクのダンジョンに行きましょうよ。その方がレベル上げできるわ」


 イリスは一番下のFランクダンジョンは不服だった。


「こればかりは仕方ないな。一つ下のランクのダンジョンクリアをしないと次のダンジョンには挑めないようになってるらしい」


 どういう仕組みなのかダンジョンを制覇するとマギカードやギルドカードに記録が残るそうだ。ネイビスは過去の掲示板を見てこのことを学んでいた。

 ちなみにギルドカードとマギカードの違いはあまり無く、後者に掲示板機能があるくらいだ。

 逆に言えばマギカードを持っているということは勇者学院の卒業生を意味し、一つのステータスにもなる。


「なら仕方ないわね。さっさと朝食を食べて『ウサギパラダイス』にいきましょう!」


 三人はゲン担ぎにこの町名物の兎肉のシチューを食べるのだった。

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