第3話 そうだね、お兄ちゃん……


「しかし、『わっふん!わふわふ体操』だったか?」


 上手く行ったようだな――とアーリ。

 お兄ちゃんが毎朝、私に広場で皆とおどらせているアレだ。


「はい、おどっているお姉様のお姿はとても可愛いです♥」


 フランは両頬りょうほほに手を当て、うっとりとする。

 その様子では、隠れてこっそり見に来ているのだろう。


「えっ⁉ アレになにか意味が……」


 ディオネは声を上げた後、慌てて自分の口をふさぐ。

 いけない!――と思ったのだろう。


(そうやって、普通に話せばいいのに……)


 そんな私の考えを見破ったのか、


「相手がお姫様だからだろ――」


 とイストル。


「私もお姫様だよ!」


 そう言って、彼に耳打ちすると――フッ――と鼻で笑われた。同時に、


「クタルねぇなにか違う」


 そんな事を言うイストル。


(やっぱり、優しくない!)


「アレのお陰で、住民達と教会の信者達とのみぞが少し埋まったんだ」


 とアーリはディオネに説明する。


「へぇ、そうだったんだ――ですね」


 彼女は言いなおす。


「あら、そうでしたの?」


 とはフラン。続けて、


「お姉様は気付いていましたか?」


 と聞いて来る。


「当然だよ!」


 私は胸を張って答えた。

 お兄ちゃんがなんの考えもなしに、あんな体操を考えるはずがないからね!


「教会の連中は、上層部の悪事に関与してはいない……」


 だが、分かっていても――とお兄ちゃんはゆっくり答える。


「そうですわね……今まで通り、という訳には行きませんものね」


 フランも同意した。人間の心は単純ではないようだ。

 でも、不思議なモノでもある。


 あの体操を国民全員が行う事で、一体感が生まれたらしい。


「リオルにぃの趣味じゃなかったんだね……」


 ディオネがお兄ちゃんに尊敬そんけい眼差まなざしを向ける。


(そうよ、もっと尊敬そんけいして……)


 ――わふん!


「オレは未だにずかしいけどな……」


 とはイストル。彼の所属する騎士団も毎朝、皆でおどっているらしい。

 ある意味、一部の女性陣には人気の光景だ。


(内緒にしておこう……)

 

「それより、寒くないのか?」


 アーリがお兄ちゃんに質問する。


「体内の【魔力マナ】を操作しているので問題ない――」


 お兄ちゃんの話によると、熱い所では涼しく過ごす事も出来るようだ。

 今は――水中でも苦しくないように制御コントロールの練習をしている――と教えてくれた。


「身体能力を強化したり、皮膚ひふを鉄よりも硬く出来るんだよね!」


 と私。お兄ちゃんはうなずくと――ディオネにも覚えてもらう――と言った。


「えっ⁉」 


 おどろくディオネ。恐らく、今日一番面白い顔だ。


「頑張ってくださいね」


 とフランはそんなディオネの頭をでた。


「そろそろ、時間だ」


 アーリがフランに告げる。

 あらあら――と彼女はさびしそうな表情をした。


 私としても、もう少し話していたかったのだけれど、仕方がない。

 フラン達を見送る。


「じゃあ、オレもこれで……」


 イストルが戻ろうとしたので――待て――とお兄ちゃんに肩をつかまれる。


「ディオネの特訓だ――手伝え……」


 お兄ちゃんのその言葉に、


「いや、その前にせる方が先だろ……」


 動けるのか?――とイストルはディオネを指差す。


 ――ドスッ!


 ディオネのパンチがイストルの身体に命中する。

 ううっ!――と声を上げ、その場にひざくイストル。


「ディオネは弱い――【魔力マナ】の操作を覚える必要がある」


 そんなお兄ちゃんの説明に、


「ど、何処どこがだよ……」


 お腹を押さえ、フラフラしながらイストルは立ち上がる。


ずは二人で、俺に立ち向かって来い……」


 その後はクタルと交代だ――とお兄ちゃんは告げる。


「それ、オレが一緒の意味あるのか?」


 イストルが疑問を口にすると、


「残念ながら、俺もクタルも天才なため、説明は上手くない……」


 お前がディオネに教えるんだ――とお兄ちゃん。

 そう言われ、イストルはディオネを見た。


「お前がディオネを守るんだ」


 お兄ちゃんの言葉にダメ押しされたのか、彼は後頭部をくと、


「分かったよ……」


 と返事をした。イストルは簡単にこぶしの握り方をディオネに教える。

 こういう所は、少し微笑ほほえましい。


 そして、準備が出来たのか、二人はお兄ちゃんに向かって行く。

 最初はバラバラな二人だったけれど、次第に呼吸が合ってきた。


 数分置きに私と交互に交代する。勿論もちろん、休憩のためだ。

 けれど、ただ休むのではない。


 どうやら、私とお兄ちゃんの『組手』を見て、学習しているみたいだ。

 お兄ちゃんと戦うたびに、動きが良くなってきている。


(でも、それだけじゃない……)


 イストルは考えるのが得意みたいだ。

 的確にディオネのダメな所を教え、動きの完成度を高めて行く。


「これも、お兄ちゃんの計画通り?」


 今は私がお兄ちゃんに相手をしてもらう番だ。

 り出したこぶしを簡単に受けめられてしまう。


「さぁな……」


 ととぼけるお兄ちゃん。

 どう見ても、ディオネだけじゃなくて、イストルの特訓でもある。


「一緒だから強くなれる――人間は面白いな……」


 そんなお兄ちゃんの言葉と同時に、私の天地がり返った。

 どうやら、お兄ちゃんに転ばされたようだ。


 地面が雪なので、痛くはない。

 私は、差し伸ばされたお兄ちゃんの手を取る。


 魔術師見習いの少女と騎士見習いの少年。

 二人がどう変わるのか、雪が解けて、春が来るのが楽しみだ。


 私は起き上がると、


「そうだね、お兄ちゃん……」


 わふん!――と微笑ほほえんだ。

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オオカミ令嬢と月の魔術師 神霊刃シン @AAA_michiba_sin_x

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