第五章 旅の終わりと始まり

第51話 絶望しかないよ……


 ――そ、そんな!


 兄が優しいのは、私の事が本当に『好き』だからではないらしい。

 その好意は、最初から決められていた事だったようだ。


(絶望しかないよ……)


「大丈夫ですか?」


 とフーラ。私は立つ気力さえ失い、その場に崩れ落ちていた。


(精神アストラル体だけど……)


 彼女が悪い訳ではないのは分かっているけど、私はついにらんでしまう。


「フーラには、私が大丈夫に見えるの?」


随分ずいぶん、やさぐれてしまったようですね……」


(誰の所為せいよ! 誰の……)


「世界なんて、滅びればいい――」


「我々が言うと冗談では済まないので、その言葉は口にしない方がいいですよ」


 とフーラ。


(結構、本気だったのだけれど、まぁいい……)


 私がどんなにお洒落をしても、可愛らしく振舞っても、意味のない事だったのだ。

 私がどれだけ兄の事を思ったとしても、その心にはひびかないのかも知れない。


 だって、最初から答えは決まっていたのだ。

 【守護者ガーディアン】――兄は最初から、私を守るためだけに存在する。


つむいだ言葉も、重ねた想いも、つないだきずなも――すべて嘘だったのかな……)


「お兄ちゃんは、私の頭をよくでてくれるんだよ……」


 思わずつぶやいた私の言葉に、


「【守護者ガーディアン】であれば、【主人マスター】であるクタルを気遣きづかうのは当然です」


 とフーラ。


(悪気はないんだろうけど……)


 ――ひどい!


「お兄ちゃんは、私の耳と尻尾が大好きなの……」


「本来であれば、【人間】は自分と異なる存在を恐れますが、【守護者ガーディアン】であれば当然の反応です」


「お兄ちゃんは、いつも私の事を一番に考えてくれるの!」


「【守護者ガーディアン】であれば当然です」


 どうやら、優秀な【守護者ガーディアン】が居るようですね――とフーラは満足気だ。

 だけど、私にとっては、それらがすべて決められた事だというのがえられない。


 ――人間として……うんん!


(一人の女の子として、見て欲しいだけなのに……)


「絶望しかないよ……」


 私はひざを抱えて座り込む。


(そりゃ、人によっては、それで満足だと思うかも知れない……)


 ――でも! 『好き』しかないなんて、絶対、間違っている。


「世界なんて、滅びればいい――」


「ですから、その発言はめてくださいと……」


 フーラはそう言い掛けて、私の耳に届いていない事をさとったのだろう。

 溜息をいた。


(精神アストラル体なのに、変なの……)


 フーラは――コホンッ――と咳払せきばらいをすると、

 では、聞くだけ聞いてください――と告げる。


 どうやら、自分に与えられた職務とやらをまっとうするようだ。

 私としても、この国の人々を助けたいので、黙って聞く事した。


「まず我々は――この星の生まれではありません」


 ――なんと!


 最初から意味の分からない事を言うモノだ。


 ――いや、理解は出来る。


(お兄ちゃんが調べていた事を、こんな形で知る事になるなんて……)


 兄に教えたら、おどろくのだろうか? それともくやしがるのだろうか?

 そんな事を想像して、ワクワクしてしまう。


 すると、つい尻尾が反応してしまった。フーラの視線が動く。


「心当たりがあるようですね」


 説明の手間がはぶけます――彼女は苦笑した。


「私達は月から来たの?」


 私の質問に――いいえ――彼女は首を左右に振ると、


「もっと、遠い場所からです」


 と答える。フーラの話によると、私達はそもそも精神アストラル体で、宇宙を旅していたらしい。そして、知的生命体が存在する星を見付けると、移住を開始する。


 また、その際、住みやすいように星を改造するそうだ。


「そのための装置が【石碑せきひ】なの?」


 私の言葉に、フーラは瞳を大きくする。


(あっ! これ、知ってる……)


 ――お兄ちゃんと同じ人種だ!


「中々、話が分かるようですね」


 何故なぜか、すごく喜んでいる。


(話が長くなるんだよね……)


 兄の話なら、ずっと聞いていられるが、それ以外の場合は遠慮したい。

 しかし、お構いなしに、フーラは語り始めようとする。


「あ、あのっ! い、急いでいるから……」


 と私は断る。経験上、取り返しがつかなくなる事を理解していた。

 そうですか――と彼女は少し残念そうな表情を浮かべる。


 ――でも、ここで同情してはダメよ!


 フーラは姿勢を正すと、改めて語る。


「本来は世界の壁を超えたり、別の宇宙を旅したりしているのですが――」


 ――なんだろう?


 私は耳を――ピコピコ――と動かす。


「異なる精神アストラル体と出会う事があります」


 フーラのその言葉に――出会ったのね?――と私。

 彼女は静かにうなずくと、


「我々は――【異端】ヘレティック――と名付けました」


 と語る。


「それでどうしたの?」


 私の問いに、


「監視する事にしました」


 とフーラ。どうやら、彼女の話によると――【異端】ヘレティックをこの星に閉じ込め、様子を見る事にしたそうだ――そして、


「ワタシ達は彼らに【人間】という器を与え、共に旅をするのに相応しい存在か、見極みきわめているのですよ」


 と語る。どうやら、グリムニルが【人間】を家畜と言って意味が分かってきた。


「フーラ達は神様なの?」


 私の言葉に、彼女は首を横に振ると、


「我々【地獄ヘルズ】は魂を管理する法です。そのため、この地に受肉する事は滅多めったにありません」


 と答える。推測するに【魔力マナ】を循環じゅんかんさせるための装置システムなのだろう。

 そして、教会にそれを管理させている――というところかな?


「問題なのは【不死】ノスフェラトゥですね。彼らは不死身ゆえに、退屈を嫌い、快楽を優先します」


 今回の事件は、彼らが【人間】を試したのでしょう――と告げた。


「試す?」


 私が聞き返すと、


「建前ですよ。そう言って、【人間】の世界に介入するのです」


 再び、困ったモノです――と首を左右に振った。私は、


「そんなの、止めさせて!」


 と言うと、


「ですが、たまにクタルのような存在が生まれるのも確かなのです」


 とフーラ。なんの事だろうか?

 これ以上、聞いてはいけない気がする。だけど、


「おめでとうございます。クタル――貴女あなたは我々と共に旅をする権利を得ました」


 彼女はそう言って微笑ほほえみ、私に手を差し伸べるのだった。

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