第28話 暴走

 士官学校の訓練場に今、二つの鎧が互いに向き合って立っている。


「アレン様、あんなのぶっ殺しちゃってくださいね!」

「本当にムカつく! アレン様に舐めた口ききやがって!」


 観衆の女子生徒たちは口々にレオンを罵った。


 アレンの試合だからか、非常に多くの観衆で訓練場は溢れている。


 ──アウェイもアウェイだな……


 もちろんレオンを応援する者などいない。アレンを応援するか、興味本位で見にくる野次馬しかいない。


 唯一、ヒュルカニア公の娘のルアーナだけは、真剣な表情をレオンに向けていた。


 ──しかし、まさかここまで目立つことになるとは。


 ともかく計画通り事を進めていくだけだ。


 そんな中、アレンは観衆から投げられた花束を受け取る。


 それを見た女子生徒たちはズルいと騒ぐ。

 失礼な行為だとか、誰が渡したのかという声も聞こえた。


「皆、どうか責めないでくれ! 戦に出る貴族の足元を、花で彩るのは何もおかしなことではない!」


 甘い声でアレンが言うと、皆きゃあと声を上げる。


 アレンは優雅な顔をして花束の匂いを嗅ぐ。


「すうっ……なんと香しい! 私の勝利を祝福してくれているかのようだ──ごほっ」


 喋っている途中でむせてしまったのか、アレンは取り巻きにその花束を渡し、レオンを睨んだ。


「れ、レオン!! さっきの約束、忘れてないな!?」

「もちろんです、アレン様! 弱輩の身ですが、どうかよろしくお願いいたします!」


 アレンはちっと舌打ちすると、颯爽とその長い髪を靡かせ鎧に乗り込もうとする。


 しかし、黄色い声が上がる中、アレンは鎧の手に乗る際にずっこけてしまった。


 急に周囲が気まずい雰囲気になる。


 駆け寄る取り巻きに、アレンは大丈夫だと手を突き出した。それから、ちゃんと整備士が磨かないからだとか、クビにしてやるなどと怒声を上げる。


 それからアレンはすぐに鎧に乗り込むと、観衆はやはりアレンを称えだす。


 レオンも鎧に乗り込み、アレンに対峙した。


 アレンの鎧は、アイスブルーの装甲に金の装飾が施されている。レオンやエレナの鎧同様、パーツが細い。

 格付けはエレナの鎧と同じAランク。士官学校でも所有者は五十名もいないランクの鎧だ。


 ──さらに上にSランクもあるようだが、学校にはない。つまりは、アレンの鎧は帝国最強クラスといって差し支えない。


 アレンは近くに立てかけられていたランスを持って叫ぶ。


「カウントを──ごほっ」


 せき込むアレンに、レオンは声をかける。


「アレン様? 調子が優れないのですか?」

「そんなことはない!! お前が……お前が大声を上げさせたせいだ! 私は、お前が憎い!!」

「も、申し訳ございません。ですが、本当に調子が優れない様子」

「ああっ、ムカつくっ! ──ムカつくムカつく!! さっさとカウントを始めろ!!」


 アレンは声を枯らして叫んだ。


 ──なんか、滅茶苦茶怒ってる?


 だが、レオンからすれば好都合だ。

 もしアレンが勝てなくても、躓いて咳き込んだ姿を見た観衆はアレンの調子が悪かったと考えるはず──


 その上、アレンはレオンにハンデを与えている。これではアレンが勝てなくても仕方ない。


 レオンは更に肩が軽くなるのを感じた。


「三、二、一、はじめ!!」


 カウントしていた生徒の声が、拡声器を通じて響く。


「では──なっ!?」


 レオンはアレンの行動に目を疑った。


 アレンはランスの先に眩い光を宿していたのだ。


 いきなり飛び道具だと? しかも、相当な魔力を込めた光だ。


 自分がどうというよりは、このままでは周辺の観客が危ないかもしれないとレオンは焦りだす。


 周囲の観衆たちも危険を察知したようで、どよめきだす。やがて、光が大きくなるにつれ、さすがに校舎に逃げ出した。


 レオンも光の魔力が尋常でないことを感じ取る。


「アレン様!? やめてください! 周囲の生徒が危ない──くっ」


 レオンの声に何も答えず、アレンはずっとランスを向けていた。


 これでは観衆が巻き込まれる……レオンはとっさにシールドディスクを観衆のほうに展開した。


 そして自身は盾を前面に構えながら、空中に飛んだ。そのまま、山が背になるように横へずれていく。


 刹那、アレンのランスから極大の光線から放たれた。


「死ねっ! 死ねぇえええええっ!!」


 レオンは光線が細切れではなく、ずっと連なったものだと確認する。一度光線を避けると、その場で円を描くように回避行動をとり始めた。


 アレンはランスの矛先をレオンに向け、光線を放ち続けた。


「おいおい、俺を殺すつもりか!?」


 レオンは外には漏れないようにして、声を発する。


 アレンの光線は、大異形軍の円盤と戦った以上の魔力を宿していた。


 如何にオリハルコンの盾と言えども、まともに受けたら数秒も持たないだろう。そんなクラスの魔力だった。


 ──舐めていたな。これが、Aランクの鎧の攻撃か。


 ただ避け続けるだけなら、レオンも難しくない。


 しかし、観衆の避難が遅れている。

 彼らを守るためシールドディスクを操作しているので、回避に集中できないのだ。


 シールドディスク自体は、光線から飛び散る粒子や火の粉を観衆をしっかり守ってくれた。


 だがいつまでこんなことが続けられるか……


 レオンは再びアレンの説得を試みる。


「アレン様! 負けなら認めます! ですが、他の生徒たちに気付いてください」

「殺す殺す殺す──憎い憎い憎い──死ね死ね死ね!!」


 アレンは狂ったように怒声を上げていた。


「……アレン様?」


 レオンはアレンの言動に異変を感じた。


 だがやがてアレンのランスから光線が、ぷつりと途切れる。


 どうやら魔力切れを起こしたらしい。


「アレン様!! どうか、落ち着いてください! 無礼なら──くっ!?」


 アレンは一気に飛翔すると、ランスを力任せにブンブンとレオンに振るう。


「死ね、死ね! エレナを……私のエレナをたぶらかしやがって!!」

「そんなことは何も!」

「御託はいい! お前も剣を振るってみろ! さっきからコソコソ何を守っているのだ!? ……あれは、魔物どもっ!?」


 アレンは地上を見て声を上げると、一瞬沈黙する。


 地上にはシールドディスクで守られながら、逃げる観衆がいる。


 ──何を言っているんだ? あそこには人間の生徒しかいない。


 困惑するレオンに追い打ちをかけるように、アレンは意味不明な言葉を叫ぶ。


「なんで、こんな場所に魔物がいる!? しかも、たくさん……学校の外にもいるじゃないか! ……殺さないと!! 殺して、帝国を守らなければ!!」


 アレンはランスの切先を、レオンから観衆に向け直す。


 ──アレンの目には、人間が魔物に見えているのか? 何らかの幻覚を見ているのかもしれない……とにかくこのままじゃ! 


「アレン様!! おやめください! あれは人間です!」


 とっさにレオンは、ランスの矛先に躍り出た。


「死ね、死ね、死ねぇええええ!」

「──ウォール!!」


 レオンは防御魔法を展開すると、アレンの光線を見事に防ぐ。

 

 だがレオンはその場で留まるのに精いっぱいだ。


「っ……なんて魔力だ」


 すでにシールドディスクを展開する必要はない。ただし、レオンがやられれば、観衆も校舎も簡単に焼き払われてしまうだろう。


「アレンの魔力と鎧を舐めていたな……」


 戦いを挑んだことを後悔するレオン。


──錯乱してしまうとはとても予想がつかなかったが。誰かに魔法でもかけられたか?


 ともかく、自分が耐え抜くか、それとも耐えきれず後方の生徒たちと共に仲良く死ぬかの二択だ。


 あるいは、死刑覚悟でアレンの鎧を破壊するか……シールドディスク一枚ならなんとか動かせる。それで後方から光線で破壊すればいい。


 だが少しでも魔力を動かせば、このまま耐えきれなくなる可能性もある。俺が死んでもいいとしても、なんとか相打ちに持っていかなければいけない。


 見ず知らずの帝国人なんてどうでもいい。このまま横に逸れてしまえ──そんな声も頭に響く。


 しかし、あの校舎や帝都にはフェリアがいる。エレナやギュリオンなど世話になった者もいる。


 ──ここで退くわけにはいかない。死んでも守ってみせる。


「──レオン!!」


 ふと、フェリアの声が聞こえた気がした。

 死を前にした幻聴だろうか?


 だが、フェリアの声はずっと強くなってきた。


「レオン!! 私が後ろから魔力を送る!!」

「フェリア……」


 フェリアの声に、レオンは膨大な魔力が鎧に集まってくるのを感じる。


 なんて魔力だ──これならいける! ウォールで光線を押しのける!!


 レオンは両手を前に向けると、ありったけの魔力を前面に押し出した。


 すると徐々に光線を押し返しながら、レオンの鎧は進んでいく。


 アレンは声を上げる。


「なっ!? わ、私のランスが!? ──ひっ、ひいっ!!」


 レオンの鎧はついにアレンのランスの眼前まで進んだ。


 その瞬間、光線を放てなくなったアレンのランスが光を帯びて爆発した。


 レオンは周囲にシールドディスクを展開すると、アレンの鎧を抱き抱えて地上へ降りようとする。


 しかし魔力切れ。

 レオンはそのまま姿勢を維持できなくなり、落下する。


「地上に落下するまで、魔力を回復させないと……うん?」


 そんな中、下から見覚えのある白銀の鎧が現れる。


「レオン! 遅れてごめん!」

「エレナ様!?」


 鎧はエレナのものだった。

 エレナはレオンとアレンを抱えると、ふわりと地上へと降り立った。


 すぐに、近くで待機していた数体の鎧がアレンの鎧に水魔法を放つ。


 幸い、本体の爆発は免れたようだ。


 レオンはすぐに外に出て、アレンの鎧の操縦席に走る。


 解錠魔法を放ち、そのまま操縦席を開けると、ぐったりとしたアレンを発見した。すぐにレオンは回復魔法を向ける。


「アレン様! 大丈夫ですか、アレン様!?」


 他の生徒も集まって心配そうに操縦席を覗き込む中、アレンは目を覚ました。


「……こ、ここは? ──ひ、ひいっ!? ま、魔物がこんなに!? やめろ! 私は美味しくない! やめろやめろ!!」


 アレンは操縦席の奥に引っ込むと、体を丸めて悲鳴を上げる。


 命に別状はない……しかし精神的に相当まずそうだ。


「お前たち、どけ!! アレン様!! すぐに医務室へ!!」


 教員がレオンを押しのけ、アレンに手を差し伸べる。


 しかし、アレンはその手をぱしんと叩く。


「触るな!! 医務室だと!? 下等な魔物め! 私を実験台にするつもりか!?」

「あ、アレン様? と、とにかくお前たちは校舎に戻れ!! ここで見たことは口外禁止だ!!」


 その声に、レオンと周囲の生徒たちは立ち去っていく。


 レオンの奮闘もあって、生徒に死傷者は出ていないようだ。校舎も無傷。


 レオンは担架で運ばれていくアレンを遠くから見て、声を漏らす。


「何が……」

「まさか、こんなことになるなんてね……」


 レオンの隣で、エレナも唖然とした様子で言った。


「エレナ様! いったいこれは」

「ご、ごめんごめん。私もこれは予想外だったわ……教室のやりとりも遠くから聞かせてもらっていたけど、やっぱりレオンは上手いことやるなあって思ってたのよ。だから任せたんだけど」

「何故かこうなったと……確かに予想外でしたね。ですが、これは後々」

「大丈夫。あなたに責任がくるようなことには絶対にさせないから。おかげで、アレンはしばらく私に声かけるどころじゃなくなるし。ともかく、あとは任せて」

「お願いします……しかし本当に冷や冷やしました。大異形軍と初めて戦ったとき以来です、こんなこと」


 それはそれとしてと、レオンはエレナに頭を下げる。


「先ほどはありがとうございます。救っていただいて」

「いえ……単に抱えただけじゃ助けたなんて言えないわ」

「いや、その抱えてくれたのもそうなんですが、それ以上に俺に魔力を送ってくれたじゃないですか。あれのおかげで、形勢逆転できたんです」


 光線を防いでいる時、突如膨大な魔力が後方から供給された。あれはエレナのものだったのだろうとレオンは察した。


 しかしエレナが首を傾げる。


「え? あんた、あの声が聞こえなかったの?」

「声?」

「ずっと、名前を呼ばれてたでしょ。ほら、あれ」


 エレナが顔を向けるほうには、格納庫のほうに飛んでいく金色の鎧が。


「あれは……あっ。あの鎧の方が魔力を送ってくれたんですか?」

「ええー。まあ、鎧は変わっちゃったから仕方ないとして。レオンって何度も呼ばれているのが聞こえなかったの? 急いであんたに向かう私を追い抜きながら、ずっと叫んでいたわよ」

「誰が?」

「あんたの最愛の人」

「……フェリア、様ですか?」


 こくりとエレナは頷くと、レオンをニヤニヤと見る。


「あらら。まさか、もうフェリアちゃんの声忘れちゃってた? そりゃまあ、ずっと私といれば、私の声だと思っちゃうよね。どうしよー、私レオンにそんなふうに」

「勝手に盛り上がらんでくださいよ……しかし、フェリアが」


 自分を助けてくれた。しかも名前を何度も呼んで……


 もちろん、フェリアの声は聞こえた。幻聴だろうとは思ったが。


 レオンは思わず、鼻の下が伸びるのを感じる。


「フェリアが、俺を見てくれた。名前を呼んでくれた……ふふ」

「うわぁ……しっかしまあ物騒ね。きっとアレンは毒か魔法でやられたんだわ」

「明らかに様子がおかしかったですからね。もしかしたら、さっきの花束」

「ええ。毒を含ませていたのかも。これは冒険部だけじゃなくて、探偵部も立ち上げる必要があるかもね……」

「それは、独自の機関か何かがやってくれるのでしょう? あれだけ目撃者もいるんです。すぐに見つかるでしょう」


 花束を渡した者を誰かしら見ているはずだ。


 エレナは腕を組んで続ける。


「だといいけど。入学式のときの犯人と関係者かもしれないからねえ。そうなると、また迷宮入りになるかも。ま、貴族が死ぬ分には別に」

「え?」

「……なんでもないわ。それよりも、早く格納庫に戻りましょ。フェリアちゃんにお礼言いたいでしょ?」

「そうだ」

「フェリアちゃんのこととなると、ほんと顔色が変わるわね……」


 それからレオンたちは、格納庫へと鎧で向かった。


 そこにはもうフェリアはいなかったが、しばらくレオンは上機嫌なのであった。

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