第26話 デブリ漁り

「そろそろ、ね」


 エレナは艦橋に浮かぶホログラムを見て言った。


 帝都宇宙港を発って一時間。宇宙地図によれば、もう少しで目的の場所に着く。


 レオンは艦橋の水晶に魔力注ぎながら、淡々と呟く。


「また……ガラクタじゃないでしょうね?」

「まさか! 今度こそ、正真正銘お宝よ!」


 何度も聞いたエレナの今度こそという言葉に、レオンは小さく「本当かなー……」と漏らす。


 冒険部に参加して一週間。レオンは放課後、こうしてエレナの指示する場所に同行しては、宝探しという名の宇宙ゴミデブリ収集に付き合う日々を送っていた。


 ギュリオンは「ぜひエレナの力になって欲しい、手伝いは来れるときに来てくれ」とレオンを送り出してくれた。


 ──力になるというか、これじゃお守りだよ。


 全長が五十メートルもない輸送用の小さな魔導船。

 レオンがそれに魔力を送り、ベルが船を操作する。転移を繰り返しデブリの近くに行けば、船のハッチを開けて色々と回収……この一週間、そんなことの繰り返しだ。


 見つかるものは、ほとんどがガラクタ。レオンの欲しい魔動船もほとんどがスクラップにしかならない廃船ばかり。とてもお宝とは呼べない物ばかりだった。


 ……まあ、それでもそれなりのお金にはなってるからいいけど。


「というより殿下……これ、宮廷なり士官学校なりにバレたらまずくないんですか?」


 恐る恐るレオンは訊ねる。皇女たる者がしっかりとした護衛も連れず、小型の魔動船で宇宙に出ているのだ。バレたらどうなるか。


「大丈夫だって。表向きには、私たち瞑想部になっているから。厳重に閉ざされた教室でひたすら瞑想するっていう」

「……バレなくても、襲われたらどうするんです?」

「その時は私がちゃちゃっと追い払うわよ。ちゃんと鎧も積んでいるんだし」


 エレナは自身満々に答えた。


 たしかにエレナの魔動鎧の操作技術は超人的だ。すでに、いくつもの戦場で何百体という鎧や艦を撃墜している。盗賊程度では相手にならない。


「それに、レオンもいるし。私たち二人だけで、警備艦隊を相手できるはずよ。だから大丈夫」

「警備艦隊に追われるなんてことは絶対にないでほしいですけどね……アーネアさんも見つかったらまずいと思いません?」


レオンの問いかけに、アーネアは宇宙地図を見ながら冷たく答える。


「その時はお前がエレナ様を連れ出したと言うだけだ。そう決めてある」

「殿下……今日限りで、退部させてもらってもいいですかね?」


 レオンは渋い顔で言う。

 しかし、エレナは手持ちの端末に夢中だった。


 ──そもそも、エレナは何を探しているのだろうか?


 レオンとアーネア、ベルだけを伴い、小さな魔動船で宝探し。


 皇女という身分。しかも、すでに多くの戦場で功を立てている。使えるお金はいっぱいあるだろうから、金稼ぎが目的とは考えにくい。


 単に、冒険という行為に憧れているだけなのかな? 

 小学部の部活動は、必ず教員の監視下にあったと聞く。こうやって生徒たちだけ活動はできなかったのだ。とても、冒険やらお宝探しはできなかっただろう。


 あるいは周囲には知られてほしくない物を探しているのかも……そうだとしたら、何かに巻き込まれないか心配だ。


 そんな中、操舵を担当するベルが呟く。


「見えてきましたよ! ここも見事なゴミの山ですね!」

「ありがとう、ベル。しかし、本当に操船が上手いな」

「従者が受けられる講習で操船課程があったんで挑戦してたんです。一人ですいすい動かせるので、一発合格でしたが」


 ベルはシールドディスクの操作もすぐこなしてみせた。また、魔法の心得もあり、魔力もそれなりに集められる。器用なやつだと、レオンは素直に感心する。


「へえ、すごいじゃないか」

「ギャンブルばかりに現を抜かしていると思いましたか? こう見えて、私ゆーしゅーなんです」


 ベルは誇らしげな表情で呟いた。


そんな中、先ほどから会話を聞いていたアーネアは何か言いたげな顔をする。だがすぐに宇宙地図のほうに顔を戻した。


「……ここで間違いない。しかしこの周辺は魔力が濃い。エレナ様、ここは私が」

「いえ、アーネア。ここは私が行くわ。レオンも付いてきて」

「え? しかし俺は自分の鎧は」


 この船には、エレナの鎧しかない。


「だから、あんたも私の鎧に乗るの」

「反対です」


 即答したのはアーネアだ。


「え? じゃあ、アーネアも一緒に乗る?」

「どちらにしろ、レオンは除いてください。二人っきりにしたら、何をしでかすか」


 じいっとアーネアはレオンを見た。


「な、何もしませんよ。でも、どうして俺を?」


 エレナは端末を見て呟く。


「ここにあるはずの宝は、魔導具の箱に入っているはず。それに強力な施錠魔法が掛かっているわけ」

「なるほど。俺の魔力が必要だと」

「ええ。みだりに動かせば、自爆するようになっているかもしれないし。その場で開けたい。それで、申し訳ないけど今回はアーネアじゃ難しいかなって」


 エレナが言うと、それはとアーネアは言葉に詰まる。


 エレナとアーネアの魔力を集める力では、鎧で魔道具を開けられないということだろうか。


 少しするとアーネアは諦めるようにハアと息を吐き、レオンを睨む。


「え、エレナ様に何かしたらただじゃおかないぞ!」

「それは大丈夫ですって。そんなことしたら、一族はもちろんヴェルシアが大変なことになります」


 エレナもうんうんと首を縦に振る。


「そうそう。アーネアは心配しすぎよ。このレオンに、そんな度胸があると思う? ……それじゃあ行くわよ、レオン」


 レオンは艦橋から格納庫へ向かうと、エレナと共に鎧に乗り込んだ。


 白が美しいエレナの鎧だったが、今は作業用の鎧がよく使うオレンジ色に塗装されている。


 エレナが前に立ち、レオンが後ろに立つ。


 目に入るのは、エレナの後ろ姿。


 今日のエレナの恰好は詰襟の制服。ボディスーツではないが、ミニスカートなので目のやり場に困ってしまう。かといって視線を上げれば、揺れる銀のツインテールと綺麗なうなじが目の前に映る。


 目を瞑らないと、なんかよからぬことを考えてしまいそうだ。レオンは目を瞑った。


 そんな中、エレナは格納庫から宇宙に出ると、デブリを避けながら目的の場所に鎧を進めていく。


エレナが後ろに振り返る。


「こんな美少女と二人っきりなのに、本当に奥手ね」

「自分で美少女って言っちゃいますか……」

「事実でしょ? 私ほどの女よ。普通、年頃の男なら何かを期待して、ボディタッチでもしてくると思ったけど」

「ま、まさか……って殿下、危ない!」


 レオンはすぐに前方へウォールを展開した。


 がんっという音が響くと、衝撃でエレナがレオンの胸元に飛ばされる。


 とっさのことに、レオンはエレナを抱き抱えてしまった。服越しに柔らかで華奢な体つきを感じるが、すぐにレオンは離れる。


「で、でで、殿下! 失礼を! お怪我は!?

「ふっ、分かりやすい男ね」

「え?」

「こっちの話よ……それよりもこの鎧があんなのにぶつかったぐらいで壊れるわけないでしょ」

「そ、それはそうでしょうけど」


 ──何が分かりやすかったのだろうか……? 思わず鼻の下でも伸ばしてたかな?


 そんなことを疑問に思っていると、エレナはついにデブリの中に浮かぶ、黒い四角形を発見する。


「あったあった! あれで間違いないわ!」

「おお。たしかにお宝っぽいですね」

「早速開けてみるわね……」


 エレナは四角形の物体に近寄り手をかざすと解錠魔法をかけた。


 そのおかげか、すぐに四角形はぱかりと開かれ、中の白銀の金属を露にした。


「お、これはたしか……ミスリルじゃないですか!」


 魔吸材の一つで、オリハルコン同様Aランクの魔導鎧によく使われる素材。


「この量なら、普通の魔動鎧は十体以上は買えちゃいますね! ……あれ、殿下?」


 レオンが声をかけるが、エレナはじっと端末を覗いていた。

 後ろからなのでその顔は分からない。しかし、落胆のようなものをレオンはエレナの背中から感じ取った。


 だがしばらくすると、エレナはレオンに笑顔を向ける。


「ええ、ミスリル! 冒険部創立以来、一番のお宝よ! 今日はなんか帝都で美味しい物でも食べよっか?」

「そ、そうですね……いや、そうしましょう!」


 レオンの声にエレナはうんと元気な声で頷くと、鎧を魔動船に進ませる。


 そんな中、レオンは訊ねる。


「……エレナ様」

「なに、レオン?」

「失礼であればお許しください。エレナ様は何を探していらっしゃるのです?」


 レオンの問いに、エレナは数秒沈黙する。


「別に。とにかくお宝が欲しいだけ」

「そう、ですか。ならもっといっぱいお宝をゲットしましょう。エレナ様が飽きるまで、お付き合いしますよ」


 その言葉に、エレナは再び一呼吸置く。


「レオン……ありがとう」


 エレナは前を向きながらそう言うのだった。

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