第57話 カインとエルザ
「カインさまと?」
「はい。あの子ったらこの前の演奏会以来、メリウェザーさまと頻繁に会っているようなんです」
「まあ、そうなの」
あのときのエルザの熱っぽい眼差しと、カインの優しげな微笑がビアトリスの脳裏によみがえる。二人があのあとも会っていたなんて、ビアトリスはまるで知らなかった。
「あの、すみません。メリウェザーさまはビアトリスさまの……なのに」
「まあエルマったら、一体なにを言っているの。私とカインさまはただのお友達だもの。気を使っていただくことなんて何もないのよ」
ビアトリスはさもおかしそうに笑って見せた。
「それじゃあ申し訳ないけど、エルザが帰ったら、もし生徒会に興味があるなら、私か他の生徒会役員に連絡するように伝えておいてもらえるかしら。やっぱり無理だということなら、そのまま放置してしまって構わないから」
ビアトリスはそう言付けて、彼女らの教室を後にした。
なんとなく教室に戻る気になれず、ビアトリスはそのまま校舎内を歩き続けた。
おそらく二人はこの前の演奏会をきっかけにして親しくなったに違いない。
フィールズ伯爵家は双子の姉のエルマが継ぐ予定だから、妹のエルザはいずれどこかに嫁ぐことになる。エルザは可愛らしい上に優秀だし、カインとはピアノという共通の話題もある。客観的に見て申し分のない組み合わせだと言えるだろう。
(カインさまとはお友達のままでいたいと願っていたくせに、いざそれが叶いそうになったらこんな風に落ち込むなんて、最低ね、私)
己の中で荒れ狂っている、これは子供じみた独占欲などではない。そんな生易しい感情ではない。これは嫉妬だ。間違いなく。
いつの間にやらカインがそばにいて、支えてくれるのが当たり前になっていた。
カインと一番親しいのは自分だとうぬぼれていた。
そのしっぺ返しがきたのだろう。
いやむろん、先ほど得た情報だけで二人が付き合っていると決めつけるのは早計だ。
(だけどもし……もし本当に付き合うことになったとしたら)
もし本当にカインとエルザが付き合うことになったとしたら、自分は彼らに変な気を使わせないように、笑顔で彼らを祝福しなければならない。
ビアトリスは己にそう言い聞かせた。
その後なんとか午後の授業をやり過ごしたビアトリスは、公爵邸に帰宅した後は自室で思う存分に落ち込む予定だったのだが、なぜか早々に父に呼び出される羽目になった。執務室に来たビアトリスに対し、父は改まった口調で言った。
「ビアトリス、実はお前に縁談が来てるんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます