第56話 生徒会の誘い

「お願いです。どうか助けると思って、生徒会に入っていただけませんか?」


 のっけから無茶な要求を突き付けてきたのは、現生徒会長、マリア・アドラーその人だ。なんでも前会長のアーネストが抜けたことで、生徒会業務がかなり滞っているらしい。早く新メンバーを入れたいのだが、適当な人材が見つからないとのこと。


「生徒会のバランスから言って、新メンバーは伯爵以上の高位貴族で、なおかつ成績優秀者が理想なんです。だけど私やウィリアムの知り合いは平民ばかりだし、レオナルドの知り合いは騎士団系の脳筋ばかりだし、シリルは一応秀才で名門侯爵家ですけど、人望がゼロを通り越してマイナスに振りきってますから、以前の知り合いからも徹底的に避けられているみたいなんですよ」

「そうなんですか……」

「ええそうなんです。あの眼鏡、ほんっとうに使えないったらないですよ!」


 シリルに対してやけに辛辣なのは、以前マリアが怪我をしたときの一件が尾を引いているのかもしれない。


「そういうわけで、ぜひ公爵令嬢で学年首位の! ウォルトンさんにお願いできないかと思った次第です。以前手伝っていただいた以上、即戦力でもありますし!」

「申し訳ありませんが、お断りします」


 ビアトリスが即答すると、マリアはがっくりと肩を落とした。


「そうですか……そうですよね……。ええ、分かってたんです。私がウォルトンさんにこんなこと頼むのは図々しいって」

「いえ、そういうことではなくて、アーネスト殿下が生徒会をやめた原因である私が、入れ替わりで生徒会に入るというのは、色んな意味で差しさわりがあると思うので」


 ビアトリスは慌てて「マリアが不快だから断っているわけではない」ことを強調したが、マリアは力なく項垂れたままだった。愛らしい目元にはうっすらと隈ができており、トレードマークのストロベリーブロンドも心なしかパサついているように思われる。


「あの、生徒会長のお仕事ってそんなに大変なんですか?」

「想像以上に大変です。私は特待生として成績を保たなきゃまずいのに、こんなに忙しいんじゃ奨学金を返上する羽目になるかもしれません」

「それは困りましたね……」


 言いながら、ビアトリスはかつて生徒会を手伝ったときのことを思い返した。

 当時生徒会長だったアーネストは、笑顔でてきぱきと各自に仕事を割り振って、一人ひとりに合わせて細かく指示を出しながら、自身も多くの書類仕事を片付けていた。

 アーネストは優秀な青年ではあるが、けしてカインのような天才ではない。そんな彼がシリルと首位を争いながら、生徒会長としての業務を行い、王太子としての公務もこなしていたのである。いつも涼し気な笑みを浮かべていた陰に、どれほどの苦労があったのだろう。


(そういえば、あの方は昔からとても努力家だったわね)


 ビアトリスへの態度は褒められたものではなかったにせよ、ああいう真摯な姿もまた、間違いなくアーネストの真実ではあるのだろう。



 結局見かねたビアトリスが「私はお引き受けできませんが、一応他の方に声をかけてみることにします」と約束すると、マリアは礼を言って自分の教室に帰っていった。

 とはいえこの間まで孤立していたビアトリスも、学内に友人などろくにいない。

 伯爵令嬢で前回十一位のシャーロットに聞いてみたところ、「え、嫌よ」とにべもない言葉が返ってきた。同じく伯爵令嬢で前回三十二位のマーガレットからは「私は成績優秀者ってほどじゃないもの」と固辞された。


 そこでビアトリスは最後の頼みの綱とばかりに、フィールズ姉妹が所属しているクラスの教室へと赴いた。妹のエルザは姿が見当たらなかったが、幸い姉のエルマは教室にいて、他の女生徒と談笑しているところだった。


「まあ、私が生徒会に?」


 エルマはビアトリスの言葉に一瞬目を輝かせたものの、すぐに「すみません。放課後はピアノの練習があるので、やっぱり無理だと思います」とうつむいた。


「せっかく誘っていただいたのに、申し訳ありません」

「いいえ、忙しいのは分かっていたのに、私の方こそ無茶なお願いをしてごめんなさい。一応確認しただけだから、どうか気になさらないでちょうだい。ところでエルザにも一応確認したいのだけど、今どちらにいらっしゃるのかしら」

「えっと、それが」


 エルマは困ったように視線をさまよわせてから、ひどく気まずそうに口を開いた。


「あの……エルザはメリウェザーさまとご一緒だと思います」


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