第54話 シャーロットの推理
幸いなことに、メアリー・ブラウンは重い病気ではなく、単なる失神だとのこと。二階に運ばれて気付け薬を嗅がされて、すぐに意識が戻ったらしい。
「お騒がせして申し訳ありません。彼女は大丈夫ですから、どうか引き続き演奏会を楽しんでくださいませ」
フィールズ夫人はにこやかに客のもてなしを続けようとしていたが、内心は気もそぞろなのが、こちらにも伝わってくるほどだった。その後仕切り直しという形でアンブローズ・マイアルが得意曲をさらに数曲披露したあと、今日の演奏会は終了となった。
「それにしても急に失神するなんて、何かショックなことでもあったのかしら」
サロンに戻ったマーガレットが、フィールズ家特製マフィンをつまみながら首を傾げた。
「なんだか真っ青な顔をしていらしたし、心配ね」
相槌を打つビアトリスに、シャーロットが神妙な面持ちで問いかけた。
「そのことなんだけど……ねえビアトリス、メリウェザーさまって、殺された双子の弟がいらっしゃったりしないかしら」
「え、いきなり何を言い出すの?」
「実はね、私あの女性のすぐ近くにいたから聞こえたのだけど、彼女卒倒する直前に、かすれた声でこうつぶやていたのよ、『まさかそんな、生きておられたのですか』って」
「生きておられたのですかって、そう言ってたの?」
「ええ、そのあとに続けて名前を呼んでいたのだけど、ギルバートとかバーナードとかそんな響きで、明らかにメリウェザーさまの名前ではなかったわ。しかもね、生きていたことを喜ぶんじゃなくて、なんだかひどく怯えた様子だったのよ」
シャーロットは声を潜めて言葉を続けた。
「そこで私は推理したのだけど……メリウェザーさまは、あのメアリー・ブラウンがかつて殺した相手にそっくりなんじゃないかしら」
「ちょっとシャーロット、冗談にしても失礼よ!」
ビアトリスは慌ててたしなめた。シャーロットは最近探偵小説にはまっており、自分の手で殺人犯を見つけられたら素敵でしょうね、なんて物騒な夢を二人に語ったことがある。
聞いたときは微笑ましく思っていたものだが、現実に夢を叶えようとされると、なかなか笑えない状況だ。
「相手はエルマたちの親類なのよ? シャーロットにとっても縁戚じゃないの。滅多なことを口にするべきじゃないわ」
「でも……それじゃあ私が聞いた彼女の言葉は一体何だったと思う?」
「死んだはずの知り合いに似ていたってところまでは合っているんじゃないかしら。だけど彼女がその相手を殺したっていうのは、さすがにちょっと飛躍しすぎだと思うわよ」
「そうね、死んだはずの相手を怖がる理由なんていくらでも考えられるわよね」
マーガレットも同調する。
「借金をしていた相手が死んで、これで返さないで済むとほっとしていたのかもしれないじゃない」
「そうなのかしら。なんだか夢のないお話ね」
「貴方の夢は物騒すぎるわよ」
「分かったわよ。推理はやっぱり小説で楽しむしかないっていうことね」
ようやく引き下がったシャーロットに、ビアトリスはほっと息をついた。
察するに、メアリー・ブラウンはクリフォードのかつての知り合いなのだろう。死んだはずの第一王子が実は生きていたとなれば動揺するのは当然だし、「まさかそんな、生きておられたのですか、クリフォードさま」と漏らしたとしても違和感はない。
もっとも単に驚いたのみならず、怯えていた、というのは少々気になるところではある。
(ブラウン姓のこともあるし、やっぱりカインさまに相談すべきよね)
マーガレットたちが知り合いの夫人に捕まったのを機に、ビアトリスはそっとその場を抜け出して、カインのことを探しに行った。
カインはほどなくして見つかったが、あいにくなことに一人ではなかった。
「メリウェザーさまって本当にすごいんですね。あのアンブローズ・マイアルと一緒に弾いても全然引けを取らないんですから」
「いや、あれは単なる余興だし、彼の方がこちらに合わせてくれたんだよ」
「それでもすごいです。それにあの後の曲も本当に素晴らしくて、もっと聞いていたかったです」
「ありがとう」
フィールズ家の双子の妹、エルザが目を輝かせてカインのことを見上げている。対するカインも優しい眼差しでエルザのことを見つめていた。
「私は子供のころから練習しているのに全然だめで……あんな風に弾けるなんて羨ましいです」
「そんなことはないだろう。君たちの演奏は素敵だったよ」
「本当ですか。いえ、お世辞でもすごく嬉しいです。いつか機会があったら、私もメリウェザーさまと」
(……会話の邪魔をしては申し訳ないから、お伝えするのはあとにしましょう)
結局ビアトリスは声をかけることなく、無言でその場を立ち去った。
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