第13話 理解と許容
それはアーネストが院長室に呼ばれて席を外しているときのことだった。
「ねえねえ、今度の週末はサーカスを見に行かない? 西方一のサーカス団が来てるんだって。魔獣の曲芸がすっごく面白かったってお友達も言ってるの」
マリアが甘ったるい声で生徒会室を見回しながら言うと、レオナルドが「おうサーカスか、面白そうじゃねぇか」と賛同の声を上げた。
「僕たちは月に一度くらいは、親睦のために一緒に出掛けてるんですよ」
シリルが横からビアトリスに説明する。
「残念ながらアーネスト殿下は次回は参加できないんですが、もしそれでも良かったら――」
「あ、ウォルトンさんはお留守番をお願いしますね!」
マリアが笑顔でこちらに振り返って言った。ハシバミ色の目が意地悪そうに輝いている。
「マリア、生徒会の親睦を深めるのが目的なんだから、入ったばかりの彼女こそ誘うべきなんじゃないの?」
ウィリアムがおっとりと指摘した。
「そうですよ。ビアトリス嬢も生徒会の一員なんですから、こういうところで疎外するのは良くありません」
シリルも彼に加勢する。
「あの、私は別に構いませんから」
週末はマーガレットとシャーロットと三人で美術展に行こうという話が出ている。シャーロットの知り合いが出展しているということだし、できればそちらを優先したい。
「ほら、ウォルトンさんもこう言ってるでしょ。この人のお目当てはアーネストさまだけなんだから、私たちと親睦を深めたって意味ないのよ」
「お目当て?」
「あら、とぼけなくてもいいんですよ。ウォルトンさんはアーネストさまの傍にいたいから、雑用係でいいから生徒会メンバーに入れてほしいって強引に頼み込んだんでしょう?」
「よしなさいマリア」
「止めないでシリル。こういうことははっきり言った方がいいのよ」
「待ってください。私が強引に頼み込んだと、アーネストさまがそうおっしゃっていたんですか?」
「はっきりとは言ってないけど、それくらい考えれば分かります!」
「……アーネストさまは私の加入について、具体的にはなんとおっしゃっていたんですか?」
ビアトリスがシリルに問いかけると、彼は「殿下はただ、ビアトリスに手伝いをやって貰うことになったとだけおっしゃってましたが」と困惑した様子で言った。
「みんなも不満はあるだろうが、彼女と上手くやって欲しい、とも言ってたね」
ウィリアムが横から言い添える。
ビアトリスはため息をついた。マリアの無礼な態度は不快極まりないものだが、彼女がそういう考えに至る経緯は十分に理解できることだった。これはきちんと説明しなかったアーネストの責任だろう。
「私はアーネストさまに頼まれたので、手伝いをお引き受けしたんです。私の方から手伝わせてほしいと申し上げたわけではありません」
「なにを白々しいこと言ってるんですか? 貴方が生徒会の手伝いをやらせてくれってアーネストさまにしつこく頼み込んでたことなんて、学院中が知ってますよ?」
「確かに以前はお願いしたこともありました。しかし断られたので諦めましたし、今は特に興味もありません。繰り返しますが、アーネスト様からご依頼があったので、私でお役に立てるならとお受けしただけです」
「そんなこと、誰も信じねぇよ」
ぼそりと言ったのはレオナルドだ。
「そうかなぁ、手伝いが欲しいってのは前からみんな言ってたんだし、殿下が知り合いに頼むのもそんなに不自然じゃないんじゃないの」
「なに言ってるのよウィリアム、単なる知り合いじゃあないでしょう。ウォルトンさんは優しいアーネスト様が唯一苦手にしている相手なのよ? 苦手な相手にわざわざ頼むなんてどう考えたって不自然じゃないの」
「みんな、一体なにを揉めてるんだ?」
戻ってきたアーネストの声に、皆が一斉に振り向いた。
すかさずマリアが駆け寄って行く。
「アーネストさま、ウォルトンさんが変なことを言うんです! アーネストさまが『頼むから生徒会の仕事を手伝ってほしい』って、自分にお願いしてきたって」
「……トリシァがそんなことを?」
「ほら、やっぱり嘘なんじゃないですか!」
「アーネスト殿下、実際のところ、手伝いの話は殿下とビアトリス嬢のどちらが言い出されたことなんですか?」
シリルがためらいがちに問いかける。
「それは……そんなことどうでもいいだろう。もう決まったことだし、今さらごちゃごちゃ言うことに何の意味がある。現に今トリシァは役に立っているんだろう?」
「はい、それはもう」
「それなら何の問題もない」
「そうやってアーネスト様が優しくするから、ウォルトンさんがつけあがるんじゃありませんか?」
「マリア、もうやめとけ」
「レオナルドまでそんなこと言うの?」
「俺だって納得いかねぇよ。でもここで殿下を困らせても仕方ねぇだろ」
「分かったわ……」
マリアは悔し気に唇を噛んで黙り込んだ。
これは一体なんの茶番か。
アーネストの方を見やると、彼は明らかに安堵の表情を浮かべていた。
(ああ、そういう――)
ビアトリスはアーネストの心情がなんとなく理解できた気がした。
何がきっかけかは知らないが、アーネストはビアトリスとの関係改善を望んでいる。それはまず間違いのないことだろう。ビアトリスを生徒会に誘ったことも、おそらくはその一環だ。
ただ彼は、自分が関係改善に動いていることを他人に知られるのは嫌なのだ。関係改善を望んでいるのはあくまでビアトリス・ウォルトンの方で、「お優しい王太子殿下」であるアーネストは、必死にすがりつく婚約者を無下にできずにほだされた、という形にしたいのだ。
思えばアーネストが積極的に話しかけてきたのはいつだって、ビアトリスと二人きりのときだった。
今まであれだけ邪険にしてきたビアトリスに、手のひらを返して擦りよっていくのは、虫が良すぎてみっともない。それを他人に知られるのはきまりが悪い。それくらいならビアトリスに泥をかぶせた方がいい。今さらビアトリスの悪評が一つや二つ増えたところで、どうということはないのだし!
そう、彼の心情は十分に理解できるものだった。
とはいえ、ビアトリスがそれを許容できるかは別問題だ。
「私はアーネストさまのご依頼を受けて、手伝いに参っただけです。必要ないとおっしゃるのなら帰ります」
「トリシァ、もう終わった話を蒸し返すな」
アーネストが苛立たしげに言った。
以前ならば、ビアトリスはそこで口をつぐんでいただろう。彼の機嫌を損ねるくらいなら、自分が泥をかぶった方がいいと。そうやって己をないがしろにし続けた結果、一人あずまやで泣く羽目になった。
「なにも終わっておりません。アーネストさまが私の手伝いをご所望なら、それをはっきりと役員の皆さんに示してください。私の希望ではなく、あくまでアーネストさまのご希望であると。示していただけないのなら、これ以上のお手伝いはいたしかねます」
ビアトリスは静かにそう言って、相手の出方を待ち受けた。
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