第12話 生徒会役員たち

 アーネストはビアトリスと生徒会メンバーを引き合わせると、てきぱきと両者を紹介した。


「みんな、知っていると思うが、ビアトリス・ウォルトンだ。今日から生徒会の手伝いに入ってもらうことになった。トリシァ、副会長のマリア・アドラーに、書記のシリル・パーマー、会計のウィリアム・ウェッジ、庶務のレオナルド・シンクレアだ」


「ビアトリス・ウォルトンです。よろしくお願いします」


 生徒会役員たちもそれぞれ挨拶を返したが、わずかでも笑みを見せたのは書記のシリルくらいのもので、会計のウィリアムは無表情だし、庶務のレオナルドは憮然としている。副会長のマリアに至っては、露骨に睨みつけてきた。

 アーネストはビアトリスが手伝いに入ることについて「皆快く承諾してくれた」と語っていたが、具体的にどんなやりとりがあったのだろうか。


(覚悟はしていたけど、やっぱり歓迎されてない感じよね)


 彼らにとってビアトリスは、仲良し集団に割って入った無粋な闖入者なのだろう。いたたまれない気持ちになりかけたとき、ふっと今朝がたカインと交わした会話が蘇った。

 ビアトリスが不安な気持ちを漏らしたとき、カインは諭すようにこう言った。


 ――君はただ生徒会長に頼まれて手伝いに入っただけだろう。生徒会役員が不満に思ったとしても、それをぶつけるべき相手は会長であって君じゃない。もし君に対して不快な態度を取る奴がいたら、それはただの八つ当たりだ。


(そうですわね、カインさま)


 この状況を招いたのは、彼らの慕う会長のアーネストであってビアトリスではない。自分を睨みつけてくる役員は、道理をわきまえない子供なのだ。そう思っておくことにする。


「それじゃビアトリス、この書類を項目ごとに仕分けしてくれないか」


 アーネストがビアトリスにさっそく仕事を振ってきた。


「分かりました」

「それが終わったら、次はこの書類の誤字をチェックして――」


 手伝いが必要だというのは本当らしく、こまごました事務仕事が実に多い。言われるままに作業を次々と片付けていくと、書記のシリル・パーマー――細身で眼鏡をかけた青年――が「助かります」と小声で礼を言ってきた。

 彼は宰相の息子であり、本人もいずれは即位したアーネストの右腕になることを希望しているらしいので、仮にも未来の王妃であるビアトリスと敵対したくない計算もあるのかもしれない。


 会計のウィリアム・ウェッジ――小柄で童顔だが一学年上の上級生――は我関せずといった様子だったが、彼が休憩で淹れたお茶に対して、ビアトリスが「東方産のお茶ですわね」と言ったとたんに態度が変わった。


「そうなんだよ。僕が実家から持ち込んだ茶葉なんだけど、ここには味が分かる奴いなくてさ。それを一口飲んで気付くとは、いやぁさすがウォルトン家の御令嬢だね」


 なんでも彼の実家は茶葉の輸入で成り上がった大商人で、彼もお茶に対しては特別なこだわりを持っているらしい。その後は地方ごとのお茶の特徴などについて盛り上がり、多少打ち解けたところで作業内容の疑問点についていくつか提案したところ、感心したように耳を傾けてくれた。


 一方、庶務のレオナルド・シンクレア――大柄で筋肉質な青年――は終始仏頂面で、ビアトリスに対しては不機嫌な様子をまるで隠そうともしなかった。とはいえ、具体的に何を言ってくるわけでもないので、ビアトリスは気づかないふりでやり過ごした。


 そしてマリア・アドラー副会長――ストロベリーブロンドの小柄な美少女――に至っては、ビアトリスには敵意に満ちた眼差しを送る一方で、まるで挑発するようにアーネストの腕や肩に触れながら、甘くまとわりついて見せた。


「ねえアーネスト様、ちょっとこれ見てほしいんですよ、ほらこれ!」


 どういう意図があるのかは、あまり考えたくはない。

 そして色々と神経を使いながらも、その日の生徒会業務は終了した。



 自宅通学はビアトリスの他にはアーネストだけだったので、自然とビアトリスとアーネストが連れ立って馬車のところまで歩くことになった。

 既に日はとっぷり暮れており、空には白銀の月がかかっている。

 連れ立って歩く道すがら、アーネストは相変わらずの柔らかな笑みを浮かべて言った。


「今日はありがとう、助かったよ」

「いえ、お役に立てたのなら幸いです」

「シリルも感心してたよ。呑み込みが早いし仕事が正確だって。ウィリアムもさすが優秀だなと言っていた」

「それはようございました」

「レオナルドも君の手際の良さに文句のつけようもなかったみたいだな。そしてマリアは……まあ基本的には人懐っこい子だし、君ともおいおい打ち解けると思うよ」

「彼女は私がいることが気に入らないようですね」

「いやそんなことはないだろう。ああもしかして、彼女の態度から何か誤解したのかもしれないけど、俺と彼女は別に何もないよ。マリアはちょっと人との距離が近いことがあってな、俺も困ったなと思ってるんだが」

「大丈夫ですわ。私は気にしていませんから」

「そうか」


 少し、間が開いた。


「やっぱりビアトリスが俺の隣にいるのはとてもしっくりくるな。君とは行き違いもあったけど、仲良くやっていきたいと思ってるんだ。どうかこれからもよろしく頼むよ」

「……こちらこそよろしくお願いします」

「そういえば、髪型を変えたんだな」

「はい。ちょっと気分転換に」

「ふうん……結い上げてるのも似合うけど、俺はやっぱり下ろしてる方が好きだな」

「そうですか。でも私はこの髪型がとても気に入っているんですの」


 なんとなく「じゃあまた下ろすことにします」と言うのを期待されている気がしたが、応える気にはなれなかった。

 アーネストはふいと目をそらすと、「――まあ君が決めることだけどな」と呟いた。


「それじゃあ、また明日」

「はい、それでは失礼します」


 アーネストと別れて迎えの馬車に乗り込むと、ビアトリスはほうと息をついた。

 思っていた以上に消耗したのは、敵意に満ちたマリアとレオナルドのせいか、あるいは友好的なアーネストのせいか、自分でもよく分からなかった。



 色々と気疲れすることは多かったが、それから数日は滞りなくときが過ぎた。相変わらずマリアとレオナルドは敵意を隠さないものの、特に衝突するようなこともなく、シリルやウィリアムからは事務作業についてあれこれ意見を求められるようになった。

 アーネストとは帰り道にさまざまな思い出話をするようになった。相変わらずぎこちないものの、ときには二人の間に笑い声が上がることもあった。


 そしてこのまま馴染んでいくのかと思った矢先に、事件は起きた。案の定というべきか、そのきっかけとなったのは、マリア・アドラー副会長だった。

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