第6話 タルト専門店にて

 週末のタルト専門店行きに参加したのは総勢五人。もとは女子三人で行く予定だったのだが、マーガレットが「兄も一緒でいいかしら」というので喜んで了承したところ、なんと彼に連れられてカインまでもが現れたのである。


「前にマーガレットに頼まれて伝言を伝えたことがあっただろ。それがきっかけで話すようになったんだが、こいつイケメンの割にいい奴なんだ」


 熊のような巨漢のチャールズ・フェラーズはカインの背中をばしばしと豪快に叩きながら言った。


「兄がご迷惑かけてすみません、メリウェザーさま」

「いや、面白そうだから便乗させてもらったんだ。俺も甘いものは嫌いじゃないしな」

「ここのタルトは絶品だぞ。ちなみにブルーベリーがお勧めだ」

「じゃあ俺はそれにするよ」

「あらお兄さま、杏の方が美味しいわよ」

「じゃあ私はそれにするわ。ビアトリスはどうする?」

「そうね、私もマーガレットお勧めの杏にするわ」


 結局女性陣は杏のタルト、男性陣はブルーベリーのタルトに決まり、ほどなくして紅茶とともに注文の品が運ばれてきた。

 ビアトリスが宝石のようなタルトをひとくち食べると、甘酸っぱさと独特の爽やかな風味が口腔内に広がっていく。確かにこれはちょっと癖になりそうな味わいだ。


「美味しいわ……!」

「そうでしょう、そうでしょう」

「マーガレットったら、なんで貴方が得意げなのよ」

「いいじゃない、シャーロットだって自分が紹介した本が面白いって言われて得意がっていたくせに」

「あれは……だってそういうものでしょう? 好きな作品が褒められると本好きとしては嬉しいものよ」

「甘味だって同じことよ!」


 二人の掛け合いに笑いが漏れる。

 ビアトリスは甘味を堪能しながら、ふと正面に座るカインに目をやった。

 タルトを食べる彼の所作はとても綺麗で、市井で育ったとは思えないほど洗練されている。なんとはなしに見とれていると、ふいにカインと目が合った。


「なんだ?」

「あ、いえ」

「もしかしてこっちも食べたいのか?」

「え、ち、違います!」

「遠慮するな、ほら」


 止める間もなく、カインは自分のタルトを切り分けてビアトリスの皿に移してしまった。食い意地の張ったはしたない女だと思われたろうか。


「どうだ?」

「……美味しいです」

「それは良かった」


 カインの慈しむような微笑みに、ビアトリスは泣きたくなるような懐かしさを覚えた。以前にも感じた、これは一体なんなのか。もし「以前にもお会いしたことはありませんか?」と尋ねたら、彼はなんと答えるだろう。

 ビアトリスがカインさま、と口を開きかけたとき、ふいに甲高い声が響いた。


「ね、アーネストさま、すごく美味しかったでしょう?」

「ああ、なかなか美味かったよ」

「僕には少し甘すぎましたね」

「そんなこというならシリルはもう誘わないからね!」

「俺は美味かったぜマリア」

「ふふっ、ありがとうレオナルド」

「うん、僕もこういうのは好きだな。マリアはいいお店知ってるね」


 わいわいと店の奥から現れたのは、アーネスト率いる生徒会のメンバーだった。

 彼に腕を絡めてはしゃいだ声をあげているのはマリア・アドラー。アーネストが選んだ副会長だ。


 去年の春、生徒会長に選出されたアーネストがビアトリス――成績上位者で高位貴族でなおかつ会長の関係者――ではなく、平民であるマリアを副会長に指名したときは、学院内で随分と騒がれたものである。


「ビアトリスさまったら、よっぽどアーネスト殿下に嫌われているのね」と嘲る者もいれば、「ビアトリス嬢は人間性に問題があるから、生徒会にふさわしくないと判断されたのだろう」と訳知り顔に言う者もいたが、いずれにせよ当時のビアトリスにとって、それは「欠陥品」の烙印を押されたに等しい苦しみだった。その後もアーネストの隣にいるマリアを見るたび、まるで自分の居場所を奪われたような胸の痛みを覚えたものである。


 今も一緒にいる二人を目にすると、じくじくと胸が痛むのを感じる。しかしそれ以上に強いのは、友人たちとの温かな時間を壊されたくないという感情だ。彼らの前でアーネストに邪険にされて、気まずい雰囲気になるのは嫌だった。


(どうかこちらに気付かれませんように)


 ビアトリスはうつむいて彼らをやり過ごそうとした。ところが間の悪いことに、顔を伏せようとした瞬間、アーネストがふいにこちらを向いた。

 二人の視線が交差する。

 彼はビアトリスの存在に驚きの表情を浮かべてから、次に向かいに座るカインに目をやり、再びビアトリスに視線を戻すと、鋭い目つきで睨みつけた。まるで親の仇でも見るような、怒りに満ちた眼差しだ。


(なんなの一体、なんでそんな目で見られなきゃならないの?)


 仲間と楽しく過ごしている週末に、大嫌いなビアトリスなんかを目にしたことに対する怒りの眼差しだろうか。その気持ちは分からないでもないのだが、それをビアトリスにぶつけてくるのはいくらなんでも理不尽すぎる。


「どうかなさったんですか? アーネスト殿下」


 立ち止まったままのアーネストに、書記のシリル・パーマーが声をかけた。宰相の息子で、いつもアーネストと首位争いをしている秀才だ。


「いや……なんでもない」

「早く行きましょうよアーネストさま、この後はみんなでお芝居を見るんですからね!」

「ああ、そうだなマリア」


 ようやく一団が立ち去ったあとも、ビアトリスの心は晴れなかった。

 アーネストの、怒りに満ちた眼差しが頭から離れない。


(なにか面倒なことにならなければいいけれど……)


 ビアトリスはそう祈らずにはいられなかった。

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