第80話 晩餐会⑭
アリアの歌のお披露目まで15分と迫った頃のこと。
「なんか、なんか
「独り言?」
「あ、あはは……。ま、まあそんなところ」
「ふーん」
エレナは一瞥していつもの返事を。ルーナは無表情のままこちらに視線を。
そして、挨拶が終わってこちらに戻ってきたシアは、ハテナを浮かべてこちらを見た。
そんな三つの視線を向けられるベレトは、会場を見渡しながら改めてこう思っていた。
(本当、凄っごい場違い感だよな……俺)と。
周りへの挨拶、食事を兼ねた2時間もそろそろ終了の時刻。
二つのことを十分に行った夜会の参加者は、皆、余った時間で気心の知れた相手と歓談する。
無論、それは目の前の彼女らにも言えることで……今思えば初めてだった。
黒と白のエプロンドレスを着こなしている侍女のシア。
腕から肩、胸元が透けたワインレッドのスリーブドレスに身を包むエレナ。
赤紫と紫紺の二色で構成された肩出しのドレスに、黒の腰リボンを巻いたルーナ。
気心の知れた3人の淑女が——この夜会で多くの注目を浴びていた彼女らがベレトの元に集まるのは。
(やっぱり、
それぞれオーラが出ていると言えばいいのか、場違いと思うのは、こんな要素から感じてしまうのかもしれない。
やはり、この三人に太刀打ちできるのは『麗しの歌姫』と呼ばているアリアくらいだろう。
(とりあえず、視線が痛いんだよな……。恨まれてるみたいな……)
特に、男同士で集まっている貴族からの視線である。
学園に通う度に不の感情を含んだ視線を向けられ続けていたベレトだからこそ、人よりも敏感になっていた。
思わずため息を吐きそうになった矢先である。
「まあ、これくらいのことは我慢してちょうだいね」
「……え? あっ、もしかしてエレナもわかってる感じ?」
「ふふっ、痛い視線ね。可哀想に」
まるで、こうなることがわかっていたようにニヤリと笑うエレナ。そんな彼女の姿に変な想像を働かせてしまう。
「あのさ、エレナ。もしかしてだけど……こうなるように仕向けたりしてないよね?」
「失礼ね。あたしはそんな悪趣味なことしないわよ。心当たりがあるとすれば、『アリア様のお歌を一緒に拝聴しませんか?』って誘いをお断りしたくらいね」
「さ、さすがにそうだよね」
「まあ『すでに別の方とお約束をしている』とは言ったけれどね。念のために言っておくけれど、あなたのことだから」
「そっか。……ん? って、それが原因じゃん絶対……」
歌のお披露目まで、もうすぐと言うところまで迫っているのだ。
今接している相手と、との予想は簡単につくだろう。
「『嫌悪している』なんて噂を流されるのは困るのよ……。あたしは主催者側だから」
「確かにそうだけどさ」
実際、エレナとこの約束を交わした事実はない。
ベレトがそれにツッコまないのは、一緒に聴く人が欲しかったから。そんな単純な理由である。
「ちなみに、あたしを責めるのなら、急に顔を背けた二人も責めてちょうだいよ? あたしよりも露骨にやっているのは間違いないから。ベレトの名前を出して、どうのこうの〜って」
「っ!!」
「っ」
エレナが左右にいたルーナとシアの裾を握った瞬間、二人はビクッと肩を揺らした。
「え? その反応は図星ってこと?」
「——わ、私はベレト様の
「——わたしは仕方がありませんでした。お断りするにも筋の通った理由でなければ、反感を買ってしまいますから。『頼ってよい』とのお言葉も、あなたからいただいてます」
「あ、あはは。別に怒ったりはしないけどさ」
(よく噛まないなぁ……)と思うほどの早口を披露する二人。
簡単に断るための便利道具として利用されている気がするが、それで助かっているのならば、悪くはない気持ちだ。
不安なのは『脅されていると誤解されていないか』の一点である。
「一応あなたに確認しておくのだけど、ベレトは誰からも誘われていないわよね? 挨拶された数を聞くに」
「……そうですが」
もう少しオブラートに包んで欲しかったとエレナに目で訴えるが、からかうように笑われる。ルーナとシアは、ほっとしたような顔になっている気がした。
「なら、最終的にはなんの問題もないってことだから、この後はあたし達に付き合ってちょうだいね? シアとルーナの辻褄を合わせるためにも」
「もちろん。むしろ付き合ってほしいのは俺の方なんだから」
「っ……。あなたの場合、もっと言い方変えるべきよ……」
「『仕方がないなあ』って? さすがにそんな言い方したくないよ? そう思ってもないし」
「はあ。もうなんでもいいわ。なんでも」
「そんな急に投げやりにならなくても……」
「あなたが悪いですよ。今のは」
「な、なんで……」
こんなやり取りは続き、歌の披露予定時間までまで5分を切った時である。
晩餐会場の両開きの扉が
そうして、先に移動するのは大人の貴族らである。
「晩餐会場とは会場がまた別なんだ?」
「ええ。ご披露される間にお食事のお片付けを行なって、拝聴し終えたら再び戻ってくるという流れになっているわ。お部屋の大きさによって声の反響も変わってくるから」
「アリア様のことも考えてるのか」
これも広い屋敷を持っているからこそできる業だが、しっかりと配慮が行き届いている。
「……あっ、あのさ皆。そのアリア様について、今のうちに少しだけ聞きたいことがあるんだけど……」
ベレトは三人を見た後、声のボリュームを落として話を続けるのだ。
「アリア様って……家族間の中で立場が弱かったりするのかな? 例えばその、あんまり自由が効かないとか、意見できないとか」
「そのような噂、あたしは聞いたことないけれど……」
「ベレト様はどうしてそのように思われたのですか?」
「あ、ああ……。まあ、ちょっとそんな風に感じたって言うか……。いや、気のせいなんだろうけど」
外の空気を吸いに行った際、アリアだと思える相手から、そんな言葉だとは教えられない。
お互い誰だかわからない。そんな状態だったからこそ、口にした内容とも言えるのだから。
「ちなみにルーナはどう?」
「わたしもそのような噂を聞いたことはありませんが……その可能性は考えられます。公爵という第一位の爵位ですし、アリア様のご家庭は一夫多妻ですから」
「えっと……つまり?」
「一夫多妻制下の妻は基本的に互いがライバルです。相続や立場の面で優位に立てるかどうかは、出産した子どもの数や、子どもの能力、家名にどれだけの
そこまで発言したルーナは、声を弱めた。
「要するに、妻側がその手の狙いで子どもを利用することは珍しくない、ということです。公爵という家格はそれほどのものです。妻同士で競争することによって、家名の力をさらに強めるというサイクルも存在しますから」
「…………なるほど、ね」
転生してきたベレトにとってはなにも共感できないことだが、ルーナの説明は非常にわかりやすいもの。
外で話したあの内容に信憑性が増した瞬間だった。
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