第79話 晩餐会⑬ Sideルーナ

 彼が居なくなったことに気づいて何十分が過ぎただろうか。

(あ……)

 晩餐会場に戻ってきたベレトを見たルーナは、トコトコと早足で近づいて声をかけるのだ。

 ——それは、誰よりも早く関われるように。取られないように。


「どこへ行っていたのですか」

「ああ、ちょっと外の空気を吸いにね。恥ずかしい話なんだけど、手持ち無沙汰になっちゃって」

「一人で、ですか。一人にしては少し遅いような気がしましたが」

「あはは……まあ一人だよ。挨拶の時間に誰かを外に誘うのはマナー違反だから」

「そうですか」

 夜会に参加したことのないルーナだが、常識的に考えてそれくらいは理解している。

 しかし、理解した上でも思うのだ。


「……それでも、連絡の声をかけて欲しかったです。女々しいことを言いますが」

「あっ、もしかして誰かに変な絡まれ方……されたりした? 挨拶中に」

「……」

 そのようにアピールしてもらえることは、嬉しくないわけではない。

 しかし、どうしてそのような思考になるのだろう? と思う。

 侯爵家嫡男の彼が、男爵家三女の用心棒を請け負うなど、フィクションでも見ない話。

 当たり前に否定しなければならないところだが、ルーナは自身が変わったことを……いや、彼によって変わらされたことを改めて実感する。


「……否定はしません」

「ッ」

 こんな嘘をつくのだ。

 気にかけてもらえたら……。なんて願望を叶えられるように。


「そ、それは本当ごめん。間に入れなくて」

「謝罪の必要は一切ありませんよ。あなたに非はなにもありませんから」

 騙した罪悪感を払拭するように、大きなフォローを入れる。そして


「ですが、少しでも思うことがあるのなら、わたしに構ってください。ご挨拶も落ち着いてきたところなので」

 彼の優しさに甘える。

 このような頭の使い方は当然正しくない。それがわかっていても、仕方がないのだ。


「えっ? たったそれだけでいいの? むしろ俺の方がお願いしたいくらいで」

「はい」

「そっか。ありがとうね、本当」

「お礼を言うのはわたしの方ですよ」

「絶対嘘だ。『手持ち無沙汰になっちゃった』って俺が言ったから気を遣ってくれたからでしょ?」

「嘘ではありませんよ」

「いやぁ……。じゃあ、そう思うように頑張る」

「ありがとうございます」

『信じてもらえない』のは当たり前。

 男爵家三女というルーナの身分は、貴族からしてみれば低すぎるのだから。

 周りの貴族からすれば、気遣われるのが当たり前と思われるような立場。


 しかし、彼と場合は違う。

 彼は偉い身分であるにも拘らず、『気遣いをされる』ことが当たり前だとは思っていないのだ。本気で思っていないのだ。


 本当に凄いことで、挑戦的だともルーナは思う。

 このような考え、立ち振る舞いは舐められる原因にもなる。下に見られやすくもある。

 本人もそれは理解しているはず。侯爵家の出となれば、それ相応の教育を受けているに決まっているのだ。……が、その教育通りにしていないのは『自分で自分のレールを敷いて、それが正しい道だと歩んでいる』から。

 彼は本当に尊敬に値する人物だ。


「いきなりで申し訳ないのですが、わたしは……あなたと知り合えて本当によかったと思っていますよ」

「あはは……。本当にいきなりだね。なにか思うところでもあったの?」

「はい」

「そっか。俺もルーナと知り合えてよかったよ」

 横目で彼を見れば、どこか恥ずかしそうに視線を向けてきて微笑んだ。


「……」

「え? 無視!?」

「あなたの場合は、気持ちを入れ過ぎです」

「そ、そんなこと言われても……」

 ルーナはふいっと視線を正面に向ける。


「仮にそのようにするならば、二人きりの時にしてください。周りに人がいない時に」

「逆にその方が恥ずかしくない? 気持ちを込めたって自覚はなかったから、対処のしようもないんだけどさ」

「わたしは……良いと思っています。二人きりならば、どのような恥ずかしいことが起こったとしても」

「……ま、まあ」

「……すみません。言い過ぎました」

 もう少し抑えなければ、なんて反省をした瞬間。


「イチャイチャして楽しそうねー、あなた達は」

「っ」

「ッ! ビックリさせないでよエレナ……」

 ちょうど挨拶が終わったのか、彼女が眉をピクピク動かしながら出てきた。


「しっぽりするような雰囲気を出して、近くにきたことにも気づかないあなた達が悪いでしょ? せめてもう少し待ちなさいよね」

「エレナ嬢。わたしは被害者です」

「へっ!?」

 小さく挙手するルーナは、チラッと彼を見る。すると、『なんで!?』との表情を浮かべている。

 味方彼女だからこそ、わかってくれるはず。


「……はあ。コイツのせいなのね。そうだとは思ったけど」

「いや、ちょっと……そんな一方的な……。俺の話も聞いてくれても……」

「ルーナが嘘をつくよりも、あなたが嘘をつく可能性の方が高いと思うのだけど。評判から見ても」

「それは正論だけど、そうじゃないって言うか……! とにかく俺、悪いことはしてないんだよ……」

「はいはい。なら少しだけ信じてあげるわ」

「絶対少しも信じてないじゃん……」


 綺麗な流し目でこちらを見てくる、どこか呆れたような彼女。

『アイツが無意識に変な空気作ってきたんでしょ? どうせ』

 そんなアイコンタクトを受け、大きく頷いた。

 本当に良き理解者で、勇気を出させてくれた彼女には感謝しきれないほどの恩がある。


「エレナ嬢」

「ん? なに?」

「彼にも同じことを言いましたが、わたしはエレナ嬢と知り合えて本当によかったと思っています」

「なっ、なによいきなり……」

「照れた照れた——ンガッ」

(よせばいいものを)横からボソリとからかう彼。そんな彼の脇腹にノーモーションで肘打ちをしたエレナ。

 周りに気づかれないように、一瞬だけ密着して。

 そして、くの字になった彼に対して『どうしたの?』と上手な演技で気遣っている。


「ふふ……」

 そんな姿を見て、ルーナは小さく微笑む。

 ここに彼の専属侍女、『完全無欠』のシアがいたらどんな反応をしていただろうか。


 そんな想像を働かせるルーナは思っていた。

 今、図書室で読書をする時よりも居心地がよいものだと……。



 ∮    ∮    ∮    ∮



 その頃。

「ねっ、サーニャ。今回の晩餐会の参加者に、寛容で……高い身分の男性の貴族に心当たりある?」

「いきなりどうされたのですか。高い身分と言ってもさまざまですし」

 不便なくウォーミングアップができるように、とルクレール家から特別に用意された一室で、アリアはこんな言葉を発していたのだった。





 

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