第49話 会談①

『じゃあ頑張りなさいよ、ベレト』

 と、エレナに背中を押されて応接室に通されたベレトは——。


「ほ、本日はご招待いただきありがとうございます。イルチェスタス伯爵のお噂はかねがね伺っております」

 緊張の面持ちでファーストコンタクトを取っていた。


「ハハハッ。よくぞ参られたベレト・セントフォード君。今日という日を待ち侘びておったぞ」

 緊張を取り払ってくれるように豪快に笑う伯爵は歩み寄り、彫りの深い目鼻立ちのはっきりした顔を微笑みに変え、手を差し出してくる。


「……」

「おや?」

「そ、そうおっしゃっていただけると、こちらとしても嬉しく思います」

 呆気に取られ、間を置いてしまったベレトだが、すぐに手を差し出して握手を交わす。

 意外だったのだ。

 知的で物静かな人物像を思い浮かべていたが、そのイメージとはかけ離れていたのだから。


「うむうむ。早速おかけになってくだされ」

「あ、ありがとうございます」

 手を離せば、丁寧に椅子を指してくれる。

 そして、両者椅子に座った時である。ピクリと眉を動かして伯爵はこう述べたのだ。


「ベレト君。堅苦しい言葉は苦手かね?」

「あ、あはは……。おっしゃる通りです」

 さすがの観察眼。ファーストコンタクトで見破られてしまう。

  

「あの、不躾で申し訳ないのですが、無礼講と言いますか……堅苦しいことを抜きにでも構わないでしょうか?」

「構わぬぞ。我としても堅苦しいことは嫌いでな。楽にコミュニケーションが取りたいというのが本音なのだ」

「助かります。では、お言葉に甘えさせていただきます」

「我の方こそ」

 こうして顔を合わせるのは初めてだが、優しい雰囲気を作ってくれるだけでなく、話をリードしてくれるために気まずさを感じない。


「そう言えば、ベレト君のご両親は元気にされているかね? 今現在は地方に出かけられているのだろう?」

「そうですね。領地の開拓を行っているそうで、たまにお手紙をいただきます」

「学生の時期でご両親が近くにいないというのは、さぞ大変で寂しかろう?」

「寂しい気持ちがないというと嘘になるんですが、仕えてもらっている人がたくさんいるので、不便はなにもないというのが現状です」

「ハハハ、ここで使用人を立てるか」

 満足そうに笑みを作ったイルチェスタス。よい返事ができたようだ。


「寂しい気持ちはあるだろうが、もう少し我慢するとよい。ご両親は君に領地を譲り渡すために躍起になっているのだからな」

「えっ」

「む? ベレト君聞いていないか?」

「は、はい」

「……」

「……」

 数秒の間が開く。


「じゃあ今の話は聞かなかったことにしてもらおうか。フハハハ! 本当すまん!」

「あ、あはは。お気になさらず」

 サプライズをバラしてしまったとすぐに気づいたのだろう。豪快に笑ったと思えば、頭を下げて謝罪される。

 権威があるだけにそう簡単に下げていいような頭ではないはずだが、これができるからこそエレナやアランは真っ直ぐに成長しているのだろう。


「コホン。では、この辺で本題に移ってもよいか? 時間もアレなのでな」

「もちろんです」

「わざわざきてもらったのにすまんな」

 と、謝りを入れ……ここで雰囲気を変えた。仕事をしている時のような真剣な顔を作ったのだ。


「まずはアランの相談に乗ってくれたこと感謝する。招待状にも書き記させてもらったのだが、今一度お礼を言わせてもらう」

「そ、そんなお礼を言われることでは……」

「謙遜はしなくてよいぞ。娘に聞いた話、まずはエレナの悩みごとを聞いた後、アランを探して相談に乗ってくれたのだろう? 自身の時間を使ってそこまでできる人間はなかなかいない」

「あ……」

 すぐに頭に浮かぶ言葉は『偶然』。すぐに指摘をしようとしたベレトだが、そのタイミングが作られることはなかった。


「一人の父親として本当に感謝する。仕事柄、娘息子に構う時間がなかなか取れなくてな」

 先に謝辞を言われてしまったのだ。


「そして話を戻すのだが、アランが相談したこと。そして、君がどのようなアドバイスをしたのかを聞いている。今日はその件についてもっと深く会話をしたいと思っていてな」

「深い話とおっしゃいますと」

「うむ。やはりいろいろ気になったのだ。……あまりにも的を射ている、と。もう察しているだろうが、今日は君を試させてもらうつもりだ」

「……」

『察してなかったです……』そう伝える無言だが、伯爵には伝わっていなかった。

『いつでもどうぞ』と誤解されたように言葉を続けられるのだ。


「まず、アランは食材の廃棄を減らすことを目標にしていただろう? 食事に困っている方に無料で提供したい、と。要するに両者が損を減らすようなコンセプトを立てていた」

「そ、そうですね」

 さすがは経営者。話の道筋を立ててわかりやすく説明してくれる。


「で、君はしっかりとリスクを指摘したそうだな。無料で提供した食材のせいで体調が悪くなったらどうするのか、と。でっち上げられたらどうするのか、と。『相手の狙いはお金で、無罪だと戦ったところで悪い噂が必ず流れてしまう。店にとってマイナスの結果になってしまう』と」

「は、はい」

「さらには、我らが食材を無駄にしてでも廃棄している理由まで説明できていたのだろう? 『私利私欲のために善意を利用する人間はたくさんいる。この世はいい人ばかりじゃない』と。『その店が繁盛しなければ、働いてくれている従業員の生活を守ることができないから』と」

「で、ですね……」

 詳細な情報に驚きに包まれるベレト。

 ここから考えられることは一つ。アランが相談内容をしっかり覚えていて、その全てを父親に伝えたということだ。


「経営を齧っているアランを納得させ、ここまで意見ができる学生は一握りだろう。間違いなく言えることは、君が優秀であるということだ」

「あ、ありがとうございます……」

(前世の記憶を持っているからだって言えないよなぁ……)

 優秀だと思われるのも当然である。


「そんな優秀なベレト君に質問をさせてもらう。君はアランのコンセプトを聞いて『難しい』と判断したようだが、『無理』だとは言わなかったのだろう? つまり、打開策があったが、考える機会を与えるためにあえて黙っていたのではないか。と予想しているのだが、どうだろうか」

 もう感じない。顔を合わせた時のフレンドリーな雰囲気を。

 圧迫面接をされているような感覚であった。


「……お、おっしゃられた通りです。が、イルチェスタス伯爵と同じような考えだと思います」

「続けてくれたまえ」

「彼のコンセプトで一番大事にするべきことは、善意を裏切らない相手に廃棄されそうな食材を渡す、または料理を振る舞うことです。この問題さえクリアすることができれば、大きな問題点はなくなると思います」

「ふむ」

「そのために……自分ならば、提供する相手を厳選します」

「理想を求めるアランには言いづらいことだな」

「はい」

 首を縦に振ってベレトは頷く。だが、これをするだけで食材の無駄は減る。人を救うこともできるのだ。


「話が逸れたな。で、その相手は?」

「自分は孤児院を選びます」

「その理由を教えてもらおうか」

「善意を裏切らない相手を挙げれば、善意を裏切るメリットがないような相手でなければなりません。孤児院は貧しくもありながらも子どもが一人一人大切に育てられている場所です。食材が提供されるメリットを蹴ってまで裏切りに走るスタッフがいるとは考えられません」

「ふむ」

「すみません。当たり前のことしか言えず」

 完全に受け身に走っているイルチェスタス。こちらの言い分を、考えを聞く目的なのだろう。

 本当に試されているのだと実感する。


「なにを言うか。完璧な答えだ。完璧な答えだからこそ深く問おう。……その保険を立てたところで裏切られるリスクは必ず生じるものだ。君ならリスクを背負ってまでの見返りをなんだと見るかね」

「え、えっと……」

 言葉が詰まるのも無理はない。

 これはもう投資のような考え。経営者が一番に考える話になっているのだから。


「……」

 ベレトは必死になって頭を働かせる。

 そして、考えをまとめること数十秒。口を動かすのだ。


「一つは孤児院の子ども達が大きくなった時、労働力をいただける可能性があります。食材を提供するという恩を売っているだけに不貞は働きづらいと思います。そして、孤児院に支援していると情報が広まった時、地域住民からの信頼をさらに得ることができると考えます」

「それでは見返りが弱いとは思わないか? こちらは店を失うリスクがかかっているのだよ」

 眉間にシワを寄せ、ここで初めて意見を出される。

 恐らく、これが最後の深堀りだろう。

 圧のある目線を向けられるが、ベレトはその瞳を見てしっかりと返した。


「……自分はそう思わない、と答えさせていただきます」

「ほう」

「自分で言っていてなんなのですが、労働力でのメリットは弱いと思います。ですが、信頼はそうではありません。お金で買うことができないものだと思いますし、信頼は集客力に繋がります。その結果、困った時には手を差し伸べてくれると信じています。長い目で見れば、大きな見返りになると思います」

「……ふむ。素晴らしい。反論の余地はなしである」

 その言葉を口にした瞬間である。

 白い歯を見せるイルチェスタスは、圧のある雰囲気を霧散させた。

 顔を合わせた時のような、親しみやすい雰囲気を持ってこう投げかけてきたのだ。


「一つ聞きたい。君は察しているだろう? 我もその考えに至っていることに」

「もちろんです」

 これは謙遜ではない。

 今、話をしている相手は飲食店を発展させ続けている名将。

 このような考えを持ち合わせいないわけがない。


「では、対策案を実行せず、食材をあえて無駄にしている我を愚かに思っていたりするかね? 無礼講だ。素直に教えてほしい」

「愚かだなんてそんな……! こんなことを自分が言うのはおこがましいのですが、とてもカッコよく思います」

「カッコよいと?」

「はい」

 予想していなかった言葉だったのだろう。訝しそうな表情を向けられる。


「『お店や従業員を守りたい』との信念が強く見えます」

「……」

「それに、これだけの飲食店を発展されていれば、お店を潰すようなリスクを負うのは正しい選択だと思いませんから」

「フッ……ガハハッ! そうかそうか」

 最後まで言い終えた時、吹き出すように豪快に笑ったのだ。


「気に入った! 本当に大したものだ。今すぐにでも君をアランの補佐についてほしいと思っているのだが……どうだ!? 謝礼は十分弾ませてもらうぞ?」

「えっ!? いや、自分では力不足ですから」

「そんなことはないだろう。君が誰よりもアランのことを考えたアドバイスをしたことはわかっている」

「……」

「『貧しい人々を助けても見返りはないに近い』そう言ったのは君だろう? それなのにも関わらず、見返りをしっかりと提示できていた。全てのアドバイスはアランに考えさせるものだと知るには十分だろう」

 一本取ったようにニヤリと笑う伯爵に、ベレトは苦笑いである。


「あ、あはは……。あの、ずっと思っていたんですが、相談した内容って詳細に伝えられているんですね……」

「うむ。君ほどではないが、アランもまた賢いのだ。言われたことは忘れないほどにな」

「な、なるほど」

 なかなかに信じられないことだが、ここまで伝わっているとなると、信じる意外にない。


 そして、難しい話が終わった時。

『コンコン』

 外から会話を聞いていたのか、タイミングがよいところで応接室にノックがされる。


「お父様、紅茶のご用意ができました」

 聞こえるのはエレナの声だった。


 箸休めのような空気が作られ、小さな息を漏らすベレト。

 その男は緊張で抜けていた。


 招待状に書かれていた内容の、もう一つのことを。

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