第25話 ルーナと①
『ベレト様、本日はこの刺繍の入った紺のスーツで合わせましょう』
『頭髪も整えましょう。私がお手伝いします』
『いいですか。集合場所には20分前に到着するようにしてください』
『ベレト様の
普段とは違い、キリッとした態度のシアに指示されながら見送られる自分は、社殿に付属する大時計台の側に着いていた。
「……まだルーナはきてないっぽいな」
ここが今回の待ち合わせ場所。
周りを見渡し、彼女がいないことを確認して時計台を見上げる。
現在13時10分過ぎ。
(あと20分……。予定通りと)
おおよその時間を確認し、近くに設置された
「なぜ無視をしたんですか、ベレト・セントフォード。わたしはいますよ」
「おっ!? ご、ごめん! ちょっと見えてなくて……。もう着いてたんだ?」
「はい。奥の縁台に座っていましたが、確かにここからだと見えづらいですね」
苦し紛れの言い訳に肯定してくれるルーナだが、実際のところルーナの雰囲気が大きく変わっていたことで気づけなかったのだ。
普段から二つのお団子に結んでいる彼女の青髪はロングに下ろされ、つばの広い帽子を被り、黒のワンピースに
相変わらずの声と表情、眠たげな目をしているルーナだが、清楚なファッションとその容姿に周りの視線が集まっていた。
「あのさ、ルーナはいつから待ってたの? てっきり五分前くらいにくると思っていたよ」
「今着きました」
「それ本当? 恋愛小説のセリフを借りてない?」
なんとなく言ってみたことだが、正解していた。
「よくわかりましたね。本当は一時間前に着いていました」
「え、そんなに前から!? 本当ごめん。待たせちゃって」
「気にしないでください。いつまでに着けばいいのか、その基準がわからなかっただけですから。次からは20分前にします」
「あ、あはは……。そのことも相談しておくべきだったね」
遊んだことがないと言っていたことは本当の本当なのだろう。
もっといろいろ予定合わせをしておけばよかった反省が出る。
「えっと、待ってる間……大丈夫だった?」
「なにがですか」
「声をかけられたりしなかった? その服装、ルーナにとても似合ってるし、髪を下ろした姿も可愛いから」
「……っ」
途端、つばの広い帽子を深く被るルーナ。
「10人くらいに声かけられた?」
「……そ、そんな多くないです。4人ですが、なぜか全員から舌打ちをされました。意味がわかりません」
「もしかしてだけど、なんにも反応しなかったからじゃない? ルーナが」
彼女を知っているからこそ予想できる。
一切表情を変えることなく、興味を示すこともなく無視をする、そんな姿が。
「いけない対応ですか? 名乗ることもせず、わたしも知らない相手ですよ」
「なんとも言えないところだけど、少しリアクションをするのはアリかも。首を振るとかでも」
「そうですか。悪いことをしてしまいましたね。次から気をつけます」
「まあ、重要な件があるなら先に相手から名乗るだろうし、意識して変える必要はないと思うけどね」
「そうなんですか」
二転三転してしまった発言に首を傾けたルーナ。すぐに理由を説明する自分である。
「その対応ってさ、家族やいつの日かできる恋人さんからしたら凄く安心することだから」
「誘いに乗らない、そう信じられるからですか」
「うん。それに嬉しいと思う。異性のお誘いにキッパリとNOを出してくれるのは」
「あなたもですか」
どこか食い気味に返事をしてきたルーナは、上目遣いでこちらを見つめてくる、
「それはもちろん。ルーナもそうじゃない? もし俺が異性に声をかけられて、満更でもない反応をしてたら不安になるでしょ?」
「……嫌な気持ちになりますね。あとで注意をするかもしれません」
「あははっ、だよね。だからありがと。いろいろあったのにちゃんと待っててくれて」
「お礼を言われることではありません。私はあなたと一緒に過ごすために今日出かけているわけですから」
「……どうも」
(なんか、今のルーナに言われると調子狂うなぁ……。なかなか言われない言葉でもあるし……)
イメージが違う彼女に慣れるにはまだ時間がかかりそう、なんて思ってしまう。
「って、ずっと思ってたんだけど……。喋りながらちょっとずつ後退りしてない? ルーナ」
「……そんなことありませんが」
一瞬、ビクッと肩が動いた。
「あ、もしかして自分の服装変だったりする……? 隣を歩くのが恥ずかしいみたいな……」
「そんなことありません。……か、かっこいいと思います」
また帽子を触り、深く被り直すルーナ。
「誤解させてすみません。緊張をしているだけですから。今まで待ち合わせすることも、遊ぶこともなかったので」
「ああ、なるほど」
「それに、あなたの私服姿を見るのも初めてです……から」
「まあ、大丈夫大丈夫。すぐ緊張は解けると思うから気楽にいこ」
「はい……。お願いします」
ペコリと丁寧に頭を下げるルーナは、言葉を続けた。
「あの、これからどうしますか?」
「とりあえず商店街を回ろうかなーって思ってるよ。いろいろあるらしいから、楽しめると思う」
「わかりました。ではいきましょうか」
そうして話が終わった矢先——予想していなかった彼女の行動を見ることになる。
「手……どうぞ」
「え?」
ルーナは傷一つない華奢な手をこちらに伸ばしてくる。
「お姉さまが言っていました。エスコートをされる時は必ず手を繋ぐものだと」
「……」
(そ、そんなルールがあるの? いや、ルーナのお姉さんが言うならそうなのか……)
自分の知らないことに対して『そうじゃなくない?』なんて言葉はかけられない。
「じゃあ繋ぐよ?」
「……ありがとうございます」
一声かけ、透き通るような彼女の白い手を握り、離れないようにほんのりと力を加える。
「じゃあいこっか。なにかいきたい場所とかあったらルーナも言っていいからさ」
「っ……あの、すみません。やっぱり手は離しましょう。こんなに緊張するものだとは思いませんでした」
「んん? よくよく考えたらこの方が安全だから我慢してもらおうかな」
(男爵家の令嬢になにかあったら責任取れないし、そもそも遊びに誘ったのは俺だしな……)
帽子で顔を隠しながらボソリと伝えるルーナだったが、手を繋いだことで責任感が目覚めた自分だった。
先に提案してきたのはあちらであるために、生理的に嫌がっているわけではないことがわかっているからこそでもある。
「い、意地悪しないでください……」
「まあ、『エスコートは任せる』って言ったのはルーナだから、これをやられても仕方ないよ」
「……もぅ」
「あはは」
プルプルと手を振って離そうとするが、自分の力がさらに加わったことですぐに諦める彼女だった。
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