第18話 シアとの下校時間

 それから午後の授業も終了し、帰宅に向け侍女のシアと共に学園を出た際のこと。


「ふんふんふん〜」

 足取りを軽そうにしながら、上手……とはあまり言えない独特なリズムの鼻歌を口ずさんでいる彼女。


「……シア、どうかした? なんだかご機嫌そうだけど」

 そんなシアと肩を並べて歩く自分は、当たり前の質問を飛ばす。


「あっ、わかりましたかっ!?」

「うん……」

(さすがにその姿を見てわからない人はいないと思うけど。周りの生徒も『なにかいいことがあったんだなぁ』って暖かい目で見てるし)

 自身がどのように見られているか考えていなかったのだろう……。本気で驚いている。

 もしかしたら無意識で鼻歌を鳴らしていたのかもしれない。


「で、どんないいことがあったの?」

「私の元にベレト様への謝辞しゃじをいただいたんですっ!」

「謝辞?」

「はい!」

 カァッと、まあるい青の瞳を大きくして興奮混じりに伝えてくる。小さな顔を近づけてくる。


「あ、えっと……その謝辞について掻い摘んでですが、『ご相談の件、今一度ありがとうございました』。そうお伝えください、と!」

「あ、ああ〜」

「私はもう誇らしくてですね……えへへ」

「そ、そっか……」

 口元に手を当ててニヤニヤを隠している彼女を見て、微笑ましい強い気持ちになるよりも焦りが出る。


 相談の件で当てはまる人物と言えば一人しかいない。

 そして、自分は名前も知らない彼のことをシアは知っている口ぶり……。


『権力の振れ幅が大きい伯爵ですが、彼の一家はトップですよ。それを知らないあなたではないでしょう』

 侍女が知っているくらいなのだ。ルーナが口にしていた言葉に強さが増す。

 であれば、素直に素性を聞くよりも、自然な流れで名前を聞き出す方法を取ったほうがいいだろう。

『誇らしい』とまで言ってくれたのだから。


「ちなみに、誰に謝辞をもらったの?」

「アラン様ですっ」

「ああー彼か! あの赤髪をした?」

「はいっ!」

「で、目は紫の!」

「はいっ!! エレナ様の弟御様です」

「うんうんへッ!?」

 次々に情報を得ることができた。作戦通りに事を進められ、ノリノリになったところで足を掬われてしまう。

 それくらいに衝撃的な発言で、思わず足を止めてしまう。


(マ、マジか……!? 確かに似てるところはあったけど、あれがエレナの弟さんだったのか……)

 つまり、ランチ中に弟が悩んでいることをエレナから聞き、その後すぐに弟の相談に乗ったことになる。

 いくらなんでも偶然が過ぎる。なんて追加の驚きが出る。


「ん? ど、どうしてベレト様が驚かれるんですか? もしかしてご存知ではなかったです?」

「いや、知ってたよ。もちろん……」

「で、ですよねっ! 変なことを言ってしまってすみません。そのくらいのことは当然お知りですよね」

「う、うん……」

 嘘をついた代償か、意図していない皮肉を言われてしまう。

 普段怒らない人が怒ったら怖いように、普段から優しく、真摯に支えてくれるシアの皮肉はグサリとくるダメージがある。


 この話が続けばもっと心に傷を負うかもしれない。自衛のためにも早く話題を切り替えた。


「そ、そう言えばさ、近々遊ぶ予定ができるかもしれないんだけど……シアがオススメする場所ってどこかある? 俺あんまり詳しくはなくて」

「お遊びする場所ですか? いろいろありますけど、お相手の人数はいかほどでしょうか」

「遊びにいくとしたら二人で、ルーナって子と一緒に」

「え……」

 この名を口にした瞬間である。今度はシアが足を止めてしまった。動揺を露わにした顔でこちらを見つめてくる。


「あ、あのルーナ様ですか? 男爵家の三女で、学園で唯一図書室登校をされていらっしゃる……」

「そうそう」

(名前を聞いただけでそんな情報まで出るなんて……。さすがだなぁ)

 なんて感心した矢先、視線を下に向けたシアから思いもよらぬことを聞いてしまう。


「残念ですが、ルーナ様はお遊びになられないかと……」

「えっ? どうして?」

「簡単にご説明しますと、お遊びになられるよりも読書を好まれる方だからです」

「あ、まあ……確かにそうかもだけど……」

 普通なら納得しない理由だが、彼女だからこそ納得できてしまう。


「だけどさ、誘ったら断ることはないんじゃない? さすがに」

「事実として、『読書に勝るものはありません』と全ての方のお誘いを断っておられますよ……?」

「そうなの!?」

「はい。特に男性には『あなたと遊ぶ時間はもったいないです』と、突き放すような言動もあるらしくて……。おそらく何度断ってもしつこくお誘いを受けたからだとは思いますが……」

 形のよい眉を八の字に困り顔をしているシア。


「ルーナ様はご自分の時間を一番大事にされている方でもありますから……。ちなみにお誘いをしたのはベレト様からですよね?」

 疑問符を浮かべながら、『ルーナ様は自身からお誘いすることはありませんから』と言うような促し。


「だ、だね。彼女には恩があって」

「そうでありましても……その……」

 誘いに乗ったという前例がルーナにはないのだろう。

 申し訳なさそうにしている彼女を見て、なにを言いたいのかはさすがに理解する。


「よし! シア。今の話は忘れよう。いいね?」

「は、はいっ!?」

「じゃあ帰ろう!」

 あのまま言わせていたらシアはパンクしていただろう。

『断られてしまう』ことを予め知ってしまい、傷心する自分だが……なんとか切り替えることにする。



 ——後日、ベレトとシアは二人して驚くことになる。

 ルーナから『了承』の返事が届いたのだから。

 そして、彼女シアの機嫌がほんの少し悪くもなってしまうのもまた後日の話である。



∮    ∮    ∮    ∮



 その夜のこと。

姉様ねえさま聞いてほしいことが……!」

 伯爵の中でトップ地位を持つルクレール家の一室で、エレナに報告するアランの声が響くのだ。

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