第16話 ベレトと赤髪の弟その②

(マジでこの子誰なんだろう……。ベレトと知り合いじゃなければ相談に乗ってほしいなんて言わないだろうし……。早く思い出さないと……)

『僕のことわかりますか?』

 なんて彼に聞かれたらアウトである。

 赤髪の青年と対面する自分は、内心焦りに焦りながら話を聞いていた。


「実は僕、お父様の意向で新店を任されることになったんです」

「え、その歳で!?」

「は、はい。僕のお父様とお母様は複数の飲食店を経営しておりまして、その関係で……」

「なるほどね。家柄のこともあって中等部から勉強を始めてたんだ」

「おっしゃる通りです」

(なんかエレナが話してくれた内容と似てる気がするけど、さすがに気のせいだよな……)

 赤髪。紫の瞳。エレナと酷似した点はあるが、顔が似ていると言われれば微妙と言える。

 ……と、このまま彼の素性を探ろうとすればなにかしらの違和感を持たれることだろう。

 とりあえずは会話が止まらないようにリードしていく。


「と、前置きしてくれたところで本題に入ろうか」

「はい。お願いします、ベレト様。ちなみにどこからお話すればよいでしょうか」

「それじゃあ君がどのようなお店を考えているか、そこを教えてもらっていいかな。そこが君の引っかかっている箇所でもあるだろうし」

「わかりました」

 ハキハキとした返事の後、彼は口にする。


「僕の目指す飲食店は、どのような客層にも満足していただけるお料理を提供すること。できるだけ優しい値段設定にすること。食材の無駄をなくすこと。この三点を考えています」

「なるほどね……。料理の提供と値段設定については仕入れが大きく関わってくるからなんとも言えないけど……。食材の無駄をなくす。これはなにかな」

 これが一番気になった部分。

 難題だと感じたからこそ、眉間にシワを寄せていた。


「食料にはもちろん期限があります。在庫の品が余った場合、僕のお父様やお母様が経営しているお店では廃棄されているそうです。僕はそのサイクルを変えたいと思っているんです」

「ちなみにその方法は?」

「全部とは言いません。でも、廃棄される前にできるだけ調理をして、食事に困っている方に無料でご提供したい。そう考えています」

「んー。無料で提供ねぇ。そっか……」

 強い気持ちで訴えてきた彼に対し、自分は難色の色を示していた。その理由を優しく口にする。


「確かにその考えは理想的で、困ってる人々も助かる方法かもしれないけど、飲食店として勧められることじゃないよね」

「っ」

「第一、そんなことをしても売り上げに影響しない。無駄な労力だけが増えて店にメリットがない。心苦しいことを言うけど、貧しい人々を助けても見返りはないに近いし、『貧しい人を助けているお店』なんていい噂が広まることだっていつになるかわからないし」

「……」

 慈悲がなく、酷い言葉だが、飲食店の利益を考えたら仕方がないこと。


「まあ、一番問題なのは食事に困っている人に料理を渡すことだよね」

「ど、どうしてそれが一番問題なのですか……?」

「悪意を持った人間の手に料理が渡った時、そのリスクケアをすることができないから」

「?」

 小さく首を傾げた彼。まだ若いからこそ知らないのも無理はない。

 これは自分が転生していなければ答えられなかったことだろう。


「無料で料理を提供した相手に、『その料理のせいで体調が悪くなった』『料理に毒が混入されていた』そんなことをでっち上げられたら、君はどう責任を取るつもり? 相手の狙いはお金で、証拠作りは簡単にできるし、無罪だと戦ったところで悪い噂が必ず流れてしまう。店にとってマイナスの結果になってしまう」

「っ!!」

「私利私欲のために善意を利用する人間はたくさんいる。この世はいい人ばかりじゃない。それを知っている経営者だからこそ、食材を無駄にしてでも廃棄している。その店が繁盛しなければ、働いてくれている従業員の生活を守ることができないんだから」

「……」

「酷な話をするけど、コンセプトの時点で現実味がないんだと思う。いや、君も現実味がないって察していたからこそ追加で勉強していたのかな?」

「……はい」

 声を落として頷いた。図星だったようだ。


「で、君はその理想を諦めるの? いろいろな問題点があるけど」

「……お父様とご相談して、却下されたら諦めるしかありませんよ」

「そうかぁ。なら間違いなく却下されるよ」

「なっ……。そ、それはまだわからないじゃないですか!」

 途端、感情に身を任せたように彼は立ち上がった。

 熱を冷まさせるように無言で彼に視線を送れば、苦渋の表情をして静かに座り直した。


「申し訳ございません……」

「あははっ、俺を相手によくそんな態度ができたもんだ」

「っ」

 決して彼を脅しているわけではない。自分は褒め言葉として使っていた。


「でもちゃんと伝わったよ、君の気持ちは。君はその理想をどうしても叶えたいんでしょ?」

「は、はい……」

「なら、父君に却下されたくらいで諦める方がどうかしてる。ぶつかり合えないのなら叶うものも叶わないし、せっかくの新店を任せようとしてくれている父君の顔に泥を塗っているよ」

「そ、そんなつもりは!!」

「じゃあ君は父君の操り人形のような経営をして満足なの? 君の店だよ。自分色のないお店を出してやり甲斐がある? 続けられる? このままだと食材の処分は毎日毎日君がやるかもしれない。それに耐えられる? 後悔しない?」

「そ、それは……」


 彼の両親が経営している飲食店をなにも知らない自分がここまで口を出すのは間違っているのかもしれない。

 ただ、相談をしてくれたからにはこちらも本気で意見を伝える。


「君は立派だよ。たった一人でもいろいろな問題に立ち向かえる力があると思う。でも、周りを頼ることを覚えるのも大事だよ。この先、もっともっと高い壁にぶつかるんだから」

「……」

「だからこそ今一番大事なのは現役で経営をされている父君、母君とたくさん相談をすること。相談の時期を待つんじゃなくて、自分から相談できるように動くこと。君の中でプランは固まっているんだから、できるだけ早く主張して有意義な時間を作らなきゃ」


 簡単に口にしているが、勇気のいることを言っているだろう。しかし、経営をしていく方がもっと勇気がいる。

 こんなところで尻込みしているようでは譲歩が続き、満足のいく行動を起こせなくなるはずだ。


「君はまだ若くて経営の経験もゼロ。だからこそ両親とぶつかって様々なことを知っていけばいい。トップに立つ人間が理想を追い求めなきゃ、誰もその理想は叶わないんだから」

「っ!!」

「でしょ?」

「は、はい。ベレト様のおっしゃる通りです」

 自分が気に入っている言葉。それは彼にも響いたのか、先ほどよりも明るい声で同意してくれた。


「まあ、両親とぶつかればぶつかるだけ君は死ぬほど怒られるだろうけど……大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です。理想をなにも叶えられないことが一番怖いことだと気づきました」

 この返事をした直後。彼は憑き物が落ちたように満面の笑顔を向けてきた。


「はははっ、その生意気さは大事だよ。これからも頑張って」

「はい!」

 ギスギスした空気はあったものの、最終的には明るく終わることができた。

 それも上手に気持ちを切り替えてくれた彼のおかげだろう。


(あとは両親の采配になるけど、真摯に向き合えば折り合いのつくようには動いてくれるはずだよな……。彼の歳で新店を任せる余裕があるってことは、相当な力とノウハウを持っているだろうし)

 最後は人任せになってしまうが、彼の両親に託す他ない。


「僕、そろそろ教室に戻ります。お父様との相談内容を考えないといけませんので」

「それがいいね」

「ベレト様、このご恩は忘れません。いつか必ず」

「はーい。新店ができたらお邪魔させてもらうよ」

「その際は是非。この度は本当にありがとうございました」

 椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた彼は、『それでは失礼いたします』と丁寧に挨拶をして去っていった。


「……」

 そうして相談も終わり……一人になった自分は頬杖をつく。

(それで、あのイケメンの彼は結局誰だったんだろうなぁ……。最後まで思い出せなかったし……。あ、ルーナに聞いてみるか!)

 図書室を利用していたということは、過去にも利用していた可能性がある。

 つまり、図書室登校をしているルーナなら彼の素性を知っているかもしれない。

 心のモヤモヤを払う一筋の光を見つけ、本来の目的でもある彼女を探そうと顔を上げた瞬間だった。


「図書室は相談をする場所でも、頬杖をつく場所でもありませんよ。ベレト・セントフォード」

「ッ!?」

 手を後ろで組みながら音もなく現れた彼女は、相変わらずの無表情で眠たそうな金の瞳を向けてくる。

 昨日ぶりの再会だが、その挨拶は抜きだった。


「ル、ルーナ……。もしかして聞いてた?」

「あの声量で話していれば、聞きたくなくても聞こえますよ。図書室は静かな場所ですし」

「あ、あはは……。ごめんね、読書の邪魔をして」

「反省しているのならいいです」

 正論に反論は浮かばない。

 頬を掻きながら謝れば、彼女はすぐに許してくれた。


「それより、彼はもう大丈夫だと思いますか」

「彼? ああ、なんとかなるんじゃない? 強い目をしてたから」

「……そうですか」

 そう呟いたルーナは、赤髪の青年が帰っていった方向に顔を向ける。


「ッ」

 この時だった。自分は息を呑む光景を見た。

 彼女の体の向きが少し変わったことで偶然見えたのだ。


 後ろで組んでいた手に経営学書が握られていたことを……。

 その本の中には複数枚のメモ用紙が挟まっていたことを……。


(も、もしかしてルーナは助けようと——)

 ただの偶然であるはずがない。

 彼女の優しさに溢れた姿を見れば、口を出さずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る