第7章 増えていく家族

 もう「東」にはこれといった強敵はいない。「名門組・弟」は馬鹿が止まらず順調に人望を失っているところらしい。「中」の組が皇族なら、いっそ俺自身が皇帝になってやれ!などと思いついたらしい。たかが一地方の組長が中央政府が不在だからと帝位を名乗れると本当に思っているのだろうか?思っているのだろう。何せ馬鹿だから。

 周郎は、戦は猛犬に任せて――というか反抗的な奴がいると聞くとすっ飛んでいって片付けてしまう――人材発掘・育成に力を注いだ。北方から人材は幾らか得たが、有名人狙いばかりしていても、駄目だ。在野の傑物を見出したい。いや、とにかく何でもいいから強烈な個性のある人間にはツバをつけておきたい。


 北方からの亡命者の中に「喋るロバ」がいると聞いて早速見に行った。失礼な話だが、当然ながら「ロバそっくりの人間」だった。ところが話しかけてみたところとても賢いことが分かったので招き入れることにした。南の組の生き残りで「性格が最悪」な男がいると聞いた。どれほど酷いか確認に行ったら、義兄の猛犬なら三秒で真っ二つにするほど嫌味な性格でこれまた評判通りだったが、悪口が酷いというのは物の見方が鋭いことの反証だと思って手元に置くことにした。


 中でも最大の収穫は、「友」と呼べる男を得たことだった。

 地元の大富豪だが気前が良い、との評判を聞いて援助を頼みに行くことにした。敷地内には巨大な蔵が二つほどデーンと立っていた。

――なるほど、これは大変な資産家だ。しかし護衛の私兵が見当たらんな。

そう思いつつ目の前の野良仕事をしている男に主人の所在を尋ねた。

「ああ、蔵ならいっこ差し上げますよ」

「は?そういう判断をできる方に会いに来たわけだが…」

「儂の蔵です。儂の『判断』で十分です」

「では貴方がこの家の当主というわけですか!」

擦り切れた野良着を着た無精髭の男。しかしよく見ると、筋肉の塊で、富豪というよりも労働で鍛えられた農民か、歴戦の兵士のような風貌である。

「驚きましたか?実は家でも顰蹙をかっているんですよ。こんな狂人が名家を継いでしまってはオシマイだと。わはは。我が家は随分北に外れた方にありますが『猛犬』軍団の噂は聞いてますよ。スカッとしますね。それこそ蔵いっこくらい寄附してもよいと思っていたところでした」

「しかし、これまでこれだけの資産をどうやって守り通して…」

「何、簡単です。賊がきたら首領を挑発して一騎討ちに持っていく。やって来たら叩き斬るか射ち殺す、それだけです。家の者にはますます狂人扱いされてしまいましたが。あはははは」

 その晩は「無精髭」の家に泊めさせてもらった。時勢、各組長の評価、天子は今後どうなってしまうのか等々、いくら話しても止むことはなかった。ごつい外観とは裏腹に非常に怜悧な判断力を持った男であることが分かった。

――この男こそ、真の「友」足り得る。今は忙しそうだが、いつか必ず我が軍団に招くぞ。

 「猛犬」とは友達感覚で対等な付き合いができているが、それでも義兄は義兄である。


 その「猛犬」に久々に合流してひと暴れして一つの組を潰し、震え上がった周辺の弱小組も降参させたら凄い獲物があった。弱小組の一つの組長の娘姉妹が絶世の美女だったのだ。日頃異性に興味を持つ暇などない二人が興奮して危うく鼻血を出しかけるほどの。早速分けっこして、姉が猛犬の、妹が周郎の正妻となった。

 これが一部で大変なニュースとなった。「周サマが結婚してしまった!」と追っかけたちがショックの余り寝こんだり自殺未遂をしたり、挙げ句の果てには新婦宛に刃物入りの手紙を送り付けてきたり――。

 あまりの騒ぎに辟易した父兄から頼み込まれ、仕方なく周郎は目を泣き腫らして真っ赤にしたて集まった「ファン」達を前に声明をする羽目になった。

「皆さん本当にゴメンナサイ、でも一家の主である以上『普通の男の人』にならないといけないんです(下手な軍勢よりも怖いな…)」

 ともかく、これで「猛犬」と周郎は別の意味でも「義兄弟」になれた訳である。

「娘達だって幸せなはずだぜ、なぁオイ。この乱世で有望株の俺等を旦那にできてよぉ」

ノロケる義兄に、鼻の下を伸ばして(日常から想像もつかない表情で)頷く義弟・周郎であった。


 戦から仕事に戻ると、自家はもちろん猛犬の家の面倒も見た。この辺、「猛犬」は性格が大雑把な自分には向かない仕事と決めつけており、「戦では二人分頑張るから」と周郎に押し付けてくるのだ。

 周郎もこの仕事は嫌ではなかった。猛犬の三匹、いや三人(四人説もあり)の弟のうち、一番上が中々の有望株だったからである。厳つい外観とは裏腹に兄とは違って緻密で思慮深いところがあった。書類に目を通すのも苦ではなさそうで、人付き合いもそこそこ上手い。腕っ節は今ひとつ――とは言えあくまで「義兄弟」の基準である――だったが「猛犬」には可愛がられていた。

「こいつは俺よりもよほど人間ができている」

そこで、「小覇王」の将来の片腕とすべく、インテリたちに教師陣を組ませ、統治について教えこむことにした。本人も大いに乗り気である。

 それにしても「容貌魁偉」とは彼のことだ、とも周郎は思った。兄の「猛犬」は日焼けで真っ黒、全身傷だらけであるが、よく見ると細身で丹精な顔立ちである。一方、弟の方は肩幅が広くて手脚は短く、顔はエラが貼っていて目も鼻も口もデカい。四角形だけで出来上がりそうな造作をしている。

――こんなのが門番をしていたら並の盗賊はビビって近寄れないだろうな。

というわけで、周郎は弟の事を秘かに心のなかでは「番犬」と呼ぶことにした。

 それでも有望な若者こと「番犬」の玉に瑕が、やや酒乱気味であることだった。

「茶でも飲まれたらどうですか。二日酔いどころか頭が冴えますよ」

「うーん、苦いからなぁ、アレ」


 ちなみに更に下の弟は狂暴なだけの役立たずだった。この「狂暴チワワ」、長兄の「猛犬」の没後まもなく家臣の恨みを買って寝首をかかれている。一番下?の弟についてはよく分かっていない。「猛犬」に前後して早死したのは間違いないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る