新章(参) 生きよう、道が交わらなくとも
第189話
天の果てへと向かった 二柱を追うように、和樹たちは上昇を続けた。
全ての感覚は解放され、光と化した人々の御魂と混然と絡み合う。
過去世の父や母たちは、とても温かい。
傍らを翔ぶミゾレの周りには、彼女の母・兄・妹たちが付き添う。
それらを抱くように、九十期の四将となる筈だった少女たちが螺旋を描いて翔ぶ。
和樹は、友を探した。
三人の友も、家族の光に囲まれて上へと翔け上がっている。
白炎に付き添うのは、
チロも、異母弟の母親に抱かれている。
母親の胸元を嗅いでいるのは、母の匂いを思い出したからだろうか。
それを視て、ようやく察した。
だから、家族や友が支え暮れるのだ。
顧みると――月帝さまと現世の父を囲むのは、歴代の近衛府の将たちだ。
名が分からぬ将も居るが、いずれ劣らぬ真摯な心の主だ。
彼らは、『
やがて千六百人が移り住み、新たな国を作ってくれる――
二柱の痕跡は消え、輝きが遠ざかった。
真冬の風に似た霊気と闇に包まれる。
大いなる輝きから一変した荒んだ景色は、和樹たちの安らぎを瞬時に消した。
見回すと――御魂たちは蛍のような小さな光と化し、頼りなく頭上を漂っている。
彼らを囲むのは、火星に似た大地だ。
赤黒く焼けた尖った岩と砂。
黒ずんだ空に細い糸を張る黄褐色の雲。
それ以外の色は無い。
音も無く、風も無く、命の気配も無い。
「おい……火星の地表の写真を授業で見たよな?」
背後に居る上野が言った。
「土も空も赤かったけど、夕方の空は青いんだぜ? でも、ここには青が無い。目に優しくねえな」
「……そうだな」
一戸は彼の苦悩を察して頷く。
その横では、月城が膝を付いた。
ミゾレとチロは悲しそうに腰を降ろし、白炎は主の後ろで静止している。
和樹も、この光景は受け入れ難い。
黄泉の川を通り、『魔窟』と呼ばれていた此の地に何度も訪れた。
だが、影のような覚束ない形でも、家屋は在った。
自我を失っていても、動く人々が居た。
なのに――ここは、沈黙と焼け焦げた地平が広がっているだけだ。
縋るように、肩越しに父を見る。
だが、父は俯いて首を振った。
眼鏡の奥の瞳を閉じ、無言で語る。
これが、真実だ――と。
「君たちが『魔窟』で見上げた月は、赤味がかっていましたね?」
月帝さま――いや、舟曳先生が進み出て振り返った。
「あの月が、この『
「先生……」
「そこそこに勉強して、考察する時間は取れましたからね。私の考えは……正しいと思います。『夜明け』と『日暮れ』の空……朱鷺色の光が差す時間帯に、二つの国は行き来できるのです。SFならば、『ワームホール』と表現するのでしょうか」
「つまり……地球と月が『ワームホール』を通って、短時間で移動できるような状態ですね?」
一戸は頷いたが、すぐに疑問を提示する。
「でも、それだけでは説明できない現象があります。
「それは、幻だったんだ……」
切々と語る月城の肩は、僅かに震えている。
「池のあった邸も町も、敵が造り出した幻影……。『
「ひでえよな……」
上野も跪き、左手で焦げた土を撫でる。
草木の影すら見えない。
『近衛府の四将』に叙任され、帝都大路を騎馬にて進み、人々にその姿をお披露目した。
数多の先達と同じように。
後進たちも、伝統を守り続ける筈だった――。
民は、途切れぬ幸福を甘受する筈だった――。
『
恋人と親友を、最愛の弟をも手に掛けた男には、故郷など無意味だったのか。
身勝手な理由で全てを破壊し、残った『
親友や後輩や弟たちの
しかし、
歪んだ願望の前には、
最後の代の弟たちの
死の恐怖を知り、本物たちに巡り会い――
そして、『宵の王』と『玉花の姫君』を写した『黄泉姫』は自己を憎悪するようになり、敵である和樹たちに助力した。
永きを経た末の、大きすぎる犠牲の果てに残ったものが、この廃墟である。
方丈の大巫女のキヨリ様は、家畜を率いた千六百人の移住を命じた。
しかし、ここには
「さて……帰る前に為すべきことがあります」
舟曳先生は、ライトブルーのネクタイを締め直した。
「手伝って下さい。蓬莱の巫子として、最後の使命を果たします。
『
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