秘密で準備しよう⑤
「……」
ミーリアは目を覚ます。
天井を見つめながら少しの間ボーッとする。
(……マーレン)
最近は何もしていないときはマーレンのことばかりを思い出す。
マーレンとの思い出は本当に多い。
彼女とはそれこそ物心つく前からの仲だ。
もしかしたらいつも忙しくしていた両親や兄弟よりも思い出は多いかもしれない。
そんな彼女が今も死の淵をさまよっている。
それは、魔物につけられた『魔傷』が原因だ。
いま、マーレンを治療しているものではマーレンの傷をいやせていないらしい。
『魔傷』を治せるほどの回復魔術の使い手はほとんどいないのでそれは仕方のないことだ。
(……でも、私なら)
ミーリアにはそれを助けてあげる力がある。
レインに教えてもらったおかげでミーリアの回復魔術は相当なレベルに達している。
それに、『魔傷』は傷というより、呪いの一種だ。
それを払うためには魔術の上手さより魔力量が重要になってくる。
マーレンに傷を負わせたグレイバイパーと呼ばれる魔物はグレイウルフと同程度の魔物らしい。
つまり、その魔力量もグレイウルフと同レベルだと考えられる。
グレイウルフより魔力量が多いミーリアであればグレイバイパーがつけた『魔傷』の効果を押し流すことは難しくないだろう。
(……でも)
ミーリアは回復魔術が使えないということになっている。
これは教会での公式の見解だ。
ふつうはそんなことはしないのだが、第二王子派の人間がミーリアを貶めるためにかなり高位の教会関係者を呼んで、その人の前で回復魔術が使えないことを実演させた。
まさかそれがこんなところで効いてくるとは思っていなかった。
そんなミーリアがマーレンの傷を治せば、教会が動いてくるだろう。
回復魔術は魔術を発動しても必ず傷が治るわけではない。
教会は回復魔術が使えるかどうかを術者の『徳』が高いかどうかで変わってくるといっている。
実際は術者の知識量によるものらしい。
でも、その原因が知られるのは教会としてはあまり望ましくないだろう。
もしかしたら、教会も知っていて黙っていることかもしれないし。
そのことを隠すために教会は何らかのアクションを取ってくるのは間違いない。
(そんなことになれば)
教会の調査力は国のそれよりはるかに上だ。
こと教会の専売特許とされている回復魔術については派閥を超えて調査隊が動くため隠し通すことは難しい。
その結果、レインのことが明るみに出ればどんな事態になるかは想像すらできない。
どうなっても平穏な暮らしが送れなくなるのは間違いない。
マーレンを取るか、レインたちを取るか。
答えなんて最初から決まっている。
今のミーリアにとってマーレンよりレインたちの方が大切だ。
だから、ミーリアにはマーレンを助けに行くことはできないのだ。
いくら考えてもその答えは変わらない。
それでも考えるのをやめられないのだ。
「考えていても意味がないですね。早く起きて朝食の準備をしないと」
ミーリアは迷いを振り払うように言葉に出し、ベッドから上体を起こす。
「あら?」
ミーリアが部屋を見回すとそこには誰もいなかった。
いつもミーリアは最初に起きる。
だから、いつもミーリアが起きた時にはすべてのベッドに人が寝ている。
誰もいないなんて初めてのことだ。
時間を開けずに起きてくるアリアやキーリはまだしも、スイやリノ、レインすら部屋にはいない。
「寝過ごしてしまったのでしょうか?」
最近、寝る前も悶々と考えてしまって、ベットの中に入ってもなかなか眠れない。
そのせいで寝過ごしてしまったのかもしれない。
窓は雨戸が閉められているため、外はうかがえない。
雨戸の隙間から入ってきている光は弱く、いつも起きる時間のように思えるが、今日は曇りでいつもより遅く起きてしまったのかもしれない。
「みんなには謝らないといけませんね」
雨戸をあけて確認してもいいが、それより、先に食堂に行って皆に聞けばいいだろう。
最近、みんなはミーリアのことをそっとしておいてくれている。
おそらく、ミーリアの様子がおかしいことにはみんな気づいているのだろう。
ミーリアのことを気にしている様子はうかがえる。
ミスをしても何も言われないし、何かあってもすぐに誰かがフォローに入ってくれている。
「しっかりしないと」
ミーリアはそう呟いて身なりを整えたあと食堂に向かう。
早く普段通りに戻らないと、みんなに迷惑をかけてしまう。
とりあえず、みんなに謝って、それから朝食の準備をして、今日は朝に収穫をした後、いつも通り魔の森に修行に行くことになるだろう。
(今日はミスをしないように気を付けないと)
ミーリアは今日の予定を思い返しながら食堂のドアを開ける。
――パンパン!
「「「「「お誕生日おめでとう!」」」」」
「へ?」
ミーリアが食堂に入ると、クラッカーの音と祝福の声がミーリアを盛大に迎えた。
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