閑話 村の偵察
「はー。めんどくさい仕事を受けちまったな」
俺は所属する組織の仕事で、開拓村の調査に来ている。
組織と言っても、非合法なこともする言ってしまえば犯罪組織だ。
国の端っこまでは馬車で半月はかかる。
半月馬車に揺られてるだけの楽な仕事だと思っていたのだが、そういうわけではなかった。
それがわかったのは開拓村に一番近い街まで行った時だ。
どうやら、ここの貴族様は開拓村への通行を一部のもの以外許可していないらしい。
当然、俺も行けない。
結局、俺たちは一つ町を戻り、その町を迂回する形で開拓村に向かう。
村までの道も使えないから森を抜けることになった。
「上もどうしてこんな仕事を受けるかなー。どう考えてもヤバい仕事だろ」
お貴族様が移動制限をかけてまで守っている情報を探るとか、間違いなく危険だ。
まだ開拓村に着いていないが、いま見つかっても無事に返してはくれないだろう。
良くて拷問。
下手すれば処刑だ。
「しょうがないっスよ。兄貴。お貴族様。それも、あのフレミア家からの依頼なんっすから。断れるはずないっすよ」
「まあ、それはわかってるんだけどさ」
そう。
この依頼のヤバい部分は依頼主も貴族だということだ。
貴族と貴族のゴタゴタは俺たちみたいな非合法ギルドにとっては稼ぎどきだが、だいたい末端のギルド員は何人か死ぬ。
失敗すれば俺がその一人になるのだろう。
「でも、今この時期に受けることはないんじゃないか? 春先は魔物が活発になるから魔の森に近づくのは危険だろう?」
春先は魔の森から多くの魔物が出てくる。
ほとんどの魔物は貴族様の軍が倒すが、それも村に出没してからだ。
村もないようなこの辺りではどこかで遭遇してもおかしくない。
「だから先輩が選ばれたんじゃないっスか? ほら、先輩逃げ足早いから」
「な!?」
上からは俺に適任な任務だと言われた。
村に商人として潜入して、状況を探ってくる知的な任務だと言われたから受けたのに!
そういえばこの依頼を俺に振った時のボスは笑いを堪えるような顔をしていた。
クッソー!
絶対帰ったら問い詰めてやる!
「先輩。川が見えてきました。もうすぐ森を抜けます」
「そうか」
考え事をしていたらどうやら、かなり村に近づいていたらしい。
前を見ると確かにすぐ近くに川が見える。
「よし。地図ではこの川を上って行って、湖を越えれば村が見えるはずだな」
「そうっスね。それより兄貴。村に行ったらどうするんっスか?」
舎弟がおかしなことを聞いてくる。
「どうするってなんだ? 商人として潜入するんだろうが」
「でも、兄貴。俺たち商品を持ってませんよ? 馬車も前の村に預けっぱなしですし。何より、商品は開拓村に一番近い町で買うつもりだったのに、村への通路が閉鎖されてると聞いて買ってないっスよ?」
「あ!」
そういえばそうだった。
商品がないのに商人だというのは無理がある。
「……」
「……考えてなかったんっスか?」
「うっせぇ! 今考えてんだよ!」
どうする?
住民希望って言っても受け入れてもらえる気はしない。
もし受け入れられたとしても村に縛られて王都の組織への連絡が難しくなる。
「兄貴! 兄貴!」
「なんだよ! 今考えてるっつてるだろうが!」
舎弟がうるさい。
そう何度も話しかけられたら気が散るだろうが!
「そうじゃないっス! あれ! あれー!」
「あれ?」
舎弟は対岸を指差して叫ぶ。
俺が舎弟の見ている方を見ると灰色の狼の真っ赤な瞳と目が合う。
あれは知っている。
この国で一番多く見られる魔物のグレイウルフだ。
その強さは本物で、小規模な冒険者パーティでは相手にもならないとか。
当然俺たちでは相手にならない。
「ヤッベ! 逃げろ!」
「ま、まってくだせぇ! 兄貴ー」
「ウォンウォン!」
脳がそれを理解した瞬間、俺は逃げ出す。
グレイウルフは川を渡って俺たちを追ってくる。
「おっせぇぞ! もっと早く走れ!」
「む、無理っス〜」
「あー! 荷物を寄越せ!」
俺は舎弟の荷物をひったくる。
これで少しは早く走れるだろ。
「あ、ありがとうっス! 兄貴!」
「口じゃなくて足を動かせ!」
「ウォンウォン!」
俺たちは必死で逃げる。
全力で走っているがグレイウルフはどんどん近づいてくる。
(くそ! いつものやつより早い!)
グレイウルフの出た村で何度か火事場泥棒をしたことがある。
その時は俺の足でなんとかまけていたが、こいつは俺より早い。
魔の森に近いほど魔物が強いってのは本当だったのか!
「クソ! 追いつかれる!」
「あ!」
俺が悪態をついた直後、舎弟が足を滑らせて転ぶ。
「お前何やってんだ!」
「すみません兄貴」
舎弟を無理やり立たせて走り出そうとするが、遅かった。
「ウォーン!」
俺たちに飛びかかってくるグレイウルフの姿が俺の目に映る。
(あぁ。クッソ。こんな仕事受けるんじゃなかった)
グチャ!
「へ?」
次の瞬間、グレイウルフは何かによって地面に叩きつけられた。
「一体何が?」
地面に叩きつけられたグレイウルフは魔石に変わる。
「うーん。遺跡で見つけたこれ。剣かと思ったけど違うな。棍棒でもなさそうだし。魔力は吸うから魔道具だと思うんだけど」
俺はグレイウルフの魔石のすぐ隣に人が立っていることに気がつく。
男、みたいだ。
年齢も俺より下だろう。
「えーっと。大丈夫ですか?」
何かの棒を持った少年が話しかけてくる。
「ひ、ひー!!」
「あ、兄貴ー! 待ってほしいっス!」
あいつはヤバい!
グレイウルフを一撃で倒すなんて化け物だ!
そんなことができるのは武闘派の貴族か頭のいかれた魔術師だけだ。
そんな奴に関わってられるか!
そうじゃなくてもこの依頼は絶対にやばい!
王都に帰って文句を言ってやる!
俺たちは一目散にその場を逃げ出した。
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