閑話 愚かな若者たちのその後

「ボサ兄。疲れたよ」

「また言ってるかよ。カッソ。今日中には開拓村に着くはずだからもう少しがんばれ」


 俺たちは一度逃げた開拓村へと戻ろうとしていた。


 俺たち五人はもともと同じ普通の村の出身だった。

 去年、理不尽にも家を追い出されたのだ。

 長男でもないため、農地をもらえないので、サボりながら仕事をしていたのが気に入らなかったらしい。

 自分の取り分が増えるわけでもないのに頑張れとかどうかしてる。


 家を追い出された俺たちには二つの選択肢があった。

 戦争に行くか、開拓村に行くかだ。

 戦争に行って手柄を立てれば出世できるらしいが、そんなの一握りの存在だけだ。

 当然のように安全な開拓村を選択した。


 だが、開拓村は安全でもなんでもなかった。

 頻繁に魔の森から魔物が攻めてくる。

 この一年で男の半分が死んでしまった。


 そんなの聞いてない!


 その上、あのアリアとかいう村長は責任が俺たちにあるとか言いだしやがった。

 たしかに、村の決まりを破って森に入ったのは俺たちだ。

 だが、目の前に高く売れる薬草なんかがあるのに、入るなっていう方が間違ってるんだ。


 俺たちは生き残った男たちで連れ立って村から脱出した。

 その時、農作物を売って得た金貨や金目のものを持ち出したが、一年間の労働の正当な報酬だ。

 俺たちは一年もの間頑張って畑仕事をしたんだからな。


「それにしても、町の人間ってのはあんなに冷たいんだな」

「そうだな。俺もあそこまで人でなしばかりだとは思わなかったぜ」


 村を出ていくつかの町を転々としたが、どこもひどいところだった。


 せっかく持ち出した農具なんかの金目のものは大した金にならなかった。

 商人は誰も買おうとしなかったのだ。

 出どころのわからないものは買い取れないなんて、きっと買い叩くための嘘に決まってる。

 結局裏の商人に安値で買い取ってもらった。

 今考えるとあの裏の商人もグルだったに違いない。


 それに、職も結局手に入らなかった。

 俺たちは開拓村から脱出したことで戸籍を失った。

 そのせいで、どこの店も雇ってくれないのだ。

 料理店も鍛冶屋も身元の定かではないものは雇えないとか言ってきやがる。

 なれそうなのは冒険者だけ。

 せっかく男の俺が働いてやるって言ってるのに本当にどうかしてるぜ。

 どこも男手が足りないとか言ってるのに、本当かどうかも怪しい。


「結局、あの村に戻ることになるとはな」

「で、でも、大丈夫かな? アリアさんたち、俺たちを受け入れてくれるかな?」

「大丈夫に決まってるさ。なんたって俺たちは男だからな。あんなひどい村に行きたがる男はいないだろ。男がいないと村を維持することもできないんだからな」


 俺たちが抜けたことであの村は男手がいなくなった。

 土地の所有ができるのは男だけだから、あの村はどうしても男性が必要なはずだ。


 追加の募集を出しているようだが、人は集まっていないようだ。

 まあ、当然だな。

 あんな危険な村、誰も行きたがらない。


 それに、冬の間にいた街で聞いた話ではあの村は実際以上にひどい状況だと伝わっているらしい。


 毎日のように数十匹のグレイウルフが襲撃してきているとか。

 倒すことができない村長は村民を一人ずつ生贄にしているとか。

 あの村に一度入れば生きて出ることができないとか。


 もしかしたら俺たちが村を出た後に話した話が少し混じっているかもしれない。

 だが、あんなひどい村の状況を改善できない村長が悪いんだから、これくらいの悪評、甘んじて受けるべきだろ。


 しかし、また農作業をするのか。

 今年は率先してやってくれる年配の男性もいない。

 なんとかして、女どもに仕事を押し付けてさぼらないといけないな。


 そうだよ。

 俺たちのおかげで村が存続できるんだからな。

 それくらいはやってもらわないと。


「なあ! ボサ兄! あれ!」

「あん? なんだよ」

「村の様子が変なんだよ!」


 俺がどうやってアリアたちに仕事をさせるか考えていると、カッソが俺の服を引っ張ってくる。

 村の様子がおかしいだって?

 おいおい、俺たちの村がなくなったら困るんだぞ!

 全く、アリアたちは留守番もできないのか?


 カッソが指差す方向。

 村がある方向を見ると、そこには頑丈な塀に囲まれた村の姿があった。


「な!? なんだあれ?」

「わかんない。俺たちがいた頃はあんなものなかったよね?」

「あぁ」


 俺たちが村を離れていたのは一冬だけだ。

 その間のアリアたちがあの塀を作ったっていうのか?

 どんな魔法を使えばそんなことができるっていうんだよ。


***


「村全体が塀に覆われてるね」

「……」


 俺たちはアリアたちに気づかれないように少し距離をとって村を一周した。

 頑丈な塀は途切れることなく村を覆っており、村側と魔の森側の二箇所に跳ね橋があった。


 くそ。

 こんなものが作れるなら俺たちがいる間に作っておけよな!

 そうしたら逃げる必要もなかったのに!


「まあ、俺たちの村が強力になるのは願ったりだ。今日は疲れたしさっさと村に向かおうぜ」

「ワオーン!」


 その時、魔の森からグレイウルフの鳴き声が聞こえてくる。

 まずい!

 これはグレイウルフが攻めてくる合図だ。


「グレイウルフだ。伏せろ!」

「わ、わかった」


 俺たちはその場で伏せる。


 こういう時のために白い外套を購入しておいたのだ。

 これを人数分買ったせいで手持ちは無くなってしまった。


 この白い外套をかぶって雪の上に伏せると雪と同化して魔物の目を欺ける。

 備えておいて正解だった。


 俺たちが伏せると、五匹のグレイウルフが魔の森から飛び出してきた。

 今日は多い日だな。


 グレイウルフは俺たちを無視して一直線に村の方へと向かう。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。


 あの頑丈な塀があれば村も大丈夫だろう。

 ちらりと村の方を見ると、さっきは上がっていた跳ね橋が今は降りている。


(何をやってるんだ! 橋を下ろしていたら頑丈な塀を作った意味がないじゃないか!)


 あの橋を渡ってグレイウルフが村の中に入れば、塀は意味をなさない。

 あの村に残った女たちは馬鹿だとは思っていたが、これほどとは思っていなかった。


 跳ね橋を渡って一人の男が村から出てくる。

 グレイウルフはその男に向けて一直線に走り出す。


(な! 危ないぞ)


 俺は声をあげずに警告する。


「『風刃』」


 だが、俺の警告は無意味だった。

 男は魔術を使ってグレイウルフをあっさりと倒してしまう。


 男は近くに落ちている五つの魔石を拾って村の中に戻っていき、すぐに再び跳ね橋があげられた。


「ボサ兄!」


 俺があっけに取られながらその様子を見ていると、隣に伏せていたカッソが俺の体を揺らしてくる。


「なんだよカッソ」

「魔術師が。魔術師の男があの村に!」


 どうやらカッソもさっきの戦闘を見ていたらしい。


「あぁ。どうやら魔術師が居ついてくれたらしいな。これで俺たちの安全もーー」

「違うよ! ボサ兄! 男だよ! あの村に男がいたんだ!」

「!」


 そうだ。

 俺たちはあの村に男がいないから帰れると思ったのだ。

 だが、今は男がいる。

 それも魔術師の男だ。

 魔術師はどこの国も喉から手が出るほど必要としている。

 戸籍だってすぐに作れるだろうし、数人分の土地の所有権くらい簡単に認められるだろう。


 つまり俺たちは必要ないのだ。

 いや、村のものを盗んだ俺たちは邪魔者だと言っていい。


「どうすんのさ、ボサ兄! アリアさまたちに許してもらえないと俺たちお尋ね者だよ!?」

「……クソ!」


 農具などを盗んだことで俺たちはお尋ね者に指定されている。

 どうやら、俺たちの生まれた村の人間が協力したらしく、かなり似ている似顔絵が最近は出回り出した。

 一ヶ月くらい前から、大きな町にはいられず、小さな町や村を転々とする羽目になっていた。 


 そこで、逃げたんじゃなくて、魔物から止むを得ず逃走していたことにしてもらおうと思っていたのだ。

 村が男手を欲しているようだったので、勝算は十分あるはずだった。


 どうして魔術師なんかが住み着くんだよ!


「ど、どうする? ボサ兄。 お金もほとんど残ってないよ?」


 どこかで出頭する?

 ダメだ。

 捕まればほとんど生き残れない戦争の最前線で肉壁にされる。


 身元不問の開拓村に行く?

 いや、ここ以外の開拓村はこの国にはない。

 隣国に行くには資金が足りない。


「くっそーーー! なんでこうなるんだよ!」


 俺の絶叫はまだ春の来ない草原にこだまする。

 この先一体どうすればいいんだ?

 俺たちは行く場所を失った。

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