ジーゲさんがやってきた②

「ようこそお越しくださいました」

「歓迎ありがとうございます」


 私たちは中央の家に今回も通された。

 前回同様、ここで商談をすることになるんだろう。


 だが、今回私の前に座ってるのはアリアさんではなく、前回は給仕をしてくれていた女性だった。


「はじめまして。前回は自己紹介をしていませんでしたね。ミーリアと申します」

「これはこれはご丁寧に。改めまして、商人をしています、ジーゲと申します」


 私は深々と頭を下げる。

 今回、アリアさんではなくミーリアさんが出てきたのには何か理由があるんだろうか?


「あの。アリアさんは……」

「その話からした方がいいですね。アリア村長は春からは農業関係に専念をすることになりまして、商売や納税は私が担当することになりました」

「あー。そうでしたか」


 なるほど。

 普通はいろいろなことを村長がするのだが、こう言った小さい村では分業することもある。

 それに、辺境伯様の話を聞いたところによると、彼女たちは錬金術師の情婦になっているのだろうとの話だ。

 家族みたいなものとして役割を分けたのかもしれないな。


「なるほど、そうでしたか。それにしてもしっかりとした受け答えですね。作法などはどこかで習ったのですか?」

「……えぇ。昔少し」

「……そうですか」


 返答に一瞬間があった。

 過去の話は彼女にはタブーなのかもしれない。

 彼女のことも辺境伯様に聞いておく必要があるだろう。


「交渉の前にこちらを。辺境伯様からの紹介状です」

「紹介状、ですか?」


 私は辺境伯様からの紹介状を渡す。

 ミーリアさんはチラリと封筒に押された印を見た後封筒を持って席を立つ。


「辺境伯様の家紋で間違いないようですね。私では判断しかねるので、少々お待ちください」

「お待ちしています」


 彼女は部屋に一つだけある扉から奥へと向かっていく。

 私たちだけがここに残されたのは信頼してもらえているのか、それとも私たちではたいしたことができないと思われているのか。

 前者だと思いたいな。


 何にせよ奥にアリアさんがいるのだろう。


 いくら任されているとは言え、辺境伯様の手紙を勝手に開けるわけにはいかないからな。

 それに、さっきチラリと確認するだけで封筒に押された家紋が辺境伯様のものであることを正確に理解していた。

 相当しっかりとした教養があるんだろう。


「ジーゲさん。交渉相手が変わったようですが、大丈夫ですか?」

「あぁ。よくあることです。この程度であれば問題ないと思いますよ」


 ミーリアさんが席を立ったすきにラケルさんが質問してくる。

 彼にとってもこの村でのやりとりは死活問題になる。


 辺境伯のお抱えを外された人間なんて誰も雇いたくないだろう。


 何か問題を起こしてこの仕事を外されれば他国に流れるか、名前を変えて別の職を探さなければいけなくなる。

 彼らにとってはきついだろう。


 実際、私の問題ないという発言を聞いてあからさまに胸を撫で下ろしている。


「そうですか。よくあることなんですか?」

「あぁ。あのアリアという人は実直であまり商売には向いていないようでしたからね。いつかは変わるんじゃないかと思っていましたよ」

「なるほど」


 ラケルさんもアリアさんは商売に向いていないと思ったのか、やけに納得した様子だった。

 まあ、アリアさんは前回の交渉の時も商品ごとに反応が明らかに違っていたからな。

 それに引き換え、ミーリアさんは前回も後ろで商談を見ていたけど、表情を変えたところは見ていない。


 商談相手としてはやりにくい相手ではあるが、こちらは誠実な商売をしなければいけないのだ。

 ミーリアさんのほうが感情に流されない分、あとでもめることは少ないだろう。


「お待たせしました」

「ご無沙汰しております。ジーゲさん」


 ミーリアさんはアリアさんを連れて帰ってきた。


「紹介状は確認させていただきました。辺境伯からあなたと独占的に取引をするようにとの内容が書かれていました」

「私どももこの村とのみ取引をすることになっているので、以降は必要なものは言ってください。可能な限り早く用意します」


 私は深々と頭を下げる。


 顔をアリアさんの方に戻すと、アリアさんは困ったような顔をしている。


「? どうかしましたか?」

「えっと。ジーゲさんはそれで良いのですか?」

「良いとは?」

「私たちとだけと取引するよりいろいろなところと取引した方が儲かるのではないですか? 辺境伯様は私に甘いところがあるので、強制されているようでしたら私からお願いしますが……」


 どうやら、アリアさんは私のことを心配してくれているらしい。

 あんな軍事物資を生産しておいて、この緊張感のなさは大丈夫なのだろうか?

 いや、それだから私が専属に選ばれたのか。


「いえいえ。前回の『土液』の取引だけで数年分の利益は出せたので、私どもの利益を考える必要はありませんよ」

「そうですか」

「これからも大量の利益を得られそうなので、むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」


 アリアさんはほっと胸を撫で下ろす。


 ミーリアさんは驚いた様子は見られない。

 おそらく彼女はある程度事態を認識しているのだろう。

 まあ、『土液』が軍事物資になるってことくらい少し考えればわかることだ。

 そう言った意味でもミーリアさんが前面に出てきてくれたのはよかった。


「あ。そうだ。辺境伯様からアリア様にもう一通お手紙を預かっています」

「私にですか?」


 せっかくアリアさんが出てきてくれたのだ。

 武闘会の紹介状も渡してしまおう。


「こちらです」

「これは!」


 アリアさんは目を見開いた後、退室の挨拶も忘れて奥へかけて行ってしまった。

 私たちは呆気にとられてその背中を見送る。

 正直、嫌な予感がする。

 ミーリアさんも同じことを思ったのか、引きつった笑いを浮かべている。

 彼女もあれが武闘会の紹介状だと気づいたのだろう。


「……申し訳ありません。商談は明日にしていただけませんか?」

「えぇ。私もそうした方がいいと思います」


 私たちは村の空き家に一晩泊めてもらう約束をして、この日の商談はこれでお開きになった。

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