閑話 愚王たちのその後④
ルナンフォルシード伯爵家の領地変更は少々の問題はあったが、何とか終えることができた。
伯爵家が新たな領地に移動したのを確認してすぐに王国は魔の森の前線を開拓が進んでいる場所まで下げた。
「これで一段落だな」
「そうですね。これで軍としては問題なく魔の森の管理ができるようになりました」
魔の森は瞬く間に広がったが、出てくる魔物の強さは今までより格段に下がったため、中央軍でも問題なく抑えられる。
魔の森から出てくる魔物が強いため装備などが壊れ始めていた。
中央軍だけでこれ以上魔の森の防衛は難しいというところまで来ていたので軍務大臣としては何とか間に合ったという感じだ。
今の魔の森から出てくる魔物の強さなら長期的に戦い続けていられるだろう。
とれる魔石の売却額が減ってしまうが、十分に我慢できる程度の損失だ。
ここ数か月はかなりいろいろと問題が出ていたが何とか一段落といったところだ。
「それでは、来年の予算会議を始めるとしよう」
「はい。これ来年度の国費の予想です」
そういって財務大臣は予算の資料を全員に配る。
その紙が配られると同時に部屋全体にざわめきが広がった。
「これはどういうことだ? 去年の半分もないではないか!」
「財務大臣! 何かの間違いではないのか?」
口々に声が上がる。
当たり前だろう、去年の予算の半分以下の額しかそこには書かれていなかったのだから。
もし、誰も声を上げていないのであれば私が声を上げていただろう。
「財務大臣。私も理由を聞きたい。この予算はいったいどうしてこうなったのだ?」
「はい。ルナンフォルシード伯爵家が大穀倉地帯の大半をその領地としたのでそこからの税が無くなったためこのようになっています」
「なに? 直轄地でなくなったとはいえ、税は今まで通り取り立てればよかろう」
「それはいけません。領地替えがあった貴族は3年は国に税を納めなくていい取り決めとなっています。今回だけ例外とするのは問題かと」
財務大臣が述べた理由に私が問いを重ねると、その答えは内務大臣からもたらされた。
そうであった。
領地替えがある場合は領民の支持を得ることや新しい領地での政策のために3年は国に納める税が免除されるのだった。
「ルナンフォルシード伯爵家は未開の地から王家が整えた領地に領地替えになったのだから、税の免除は必要ないのではないか?」
「そうだな。同等であるならまだしも、今回の領地替えはかなり優遇されている。これ以上優遇する必要はないかと思います」
「むぅ……」
軍務大臣の意見に財務大臣が追随する。
内務大臣もそれには反対しきれないのか、押し黙ってしまう。
「それでは、ルナンフォルシード伯爵家には例年通り、収穫の50%を納税するということでよろしいでしょうか?」
「? 財務大臣。収穫の50%は公爵家の納税額ではありませんでしたか? ルナンフォルシード家は伯爵ですよ」
「おっとそうでしたな。伯爵家の納税率は何パーセントでしたかな? 土地持ちの伯爵家などほとんどいないので忘れてしまいました」
基本的に土地持ちは公爵家か侯爵家だ。
そこからは以下の男爵や子爵に土地を分け与えている。
当然、国としては公爵や侯爵家に土地を分け与えていることになっているので、男爵家や子爵家にも間接的に50%の納税をさせている。
国から直接に伯爵家に土地を下賜することはほとんどないため、皆が税率を忘れていた。
しばらくして、財務大臣の配下のものが税率を調べてきて財務大臣に耳打ちする。
「何! それは本当なのか!?」
部下からの伝言を聞いて財務大臣は目がこぼれ落ちそうなほど目を開く。
その声からも驚きが窺える。
「財務大臣? どうかしたのか?」
「は、それが……」
不安になった私が財務大臣に質問すると、財務大臣は言いづらそうに言葉を濁す。
「……実は、伯爵領の税率は5%らしいのです」
「なに!?」
「もともと、伯爵家への領地の下賜は、その、褒美的な意味が大きく、税率は最大で5%と定められているようです」
「……」
そうだった。
好色王の仕業だ。
十五代前の国王が好色家で当時に沢山の貴族の娘に手を出した。
怒った貴族が反乱を起こしそうになったのを全員を伯爵にすることで手を打ったのだ。
好色王は戦に強く、当時も二つの国を攻め滅ぼした直後だった。
殆どが好色王の功績だったのでそれをその貴族の功績とし、攻めとった土地を分与し、当時伯爵だった家は戦で活躍した褒美として侯爵へと陞爵した。
彼の蛮行はそこで終わらない。
もともとない土地だったので、税率は最小限にして、その代わり自分が身篭らせた女性をその伯爵家に押し付けていた。
伯爵家の治める土地はもともと他国だったということもあり、王都から遠く都合が良かったのだろう。
そんな理由もあり、我が国では伯爵家は高位貴族でありながら一段低くみられている。
「そ、そのような古い慣例は取り除かれてはいかがですか?」
「そ、それは……」
内務大臣が助けを求めるように私の方を見てくる。
私も何人か伯爵家に娶ってもらっている。
私の代で伯爵家の税率を戻すことはできない。
場にいる貴族の何人かは青い顔をしている。
彼らも伯爵にお願いした口だろう。
だが、それは、それは国にとって大きな痛手だ。
「そ、そうです。あれほどの土地です。治めているものが伯爵位にいるのがおかしいのです。陞爵されてはいかがですか?」
「むぅ。しかし、理由はどうするのだ?」
「そ、それは……」
伯爵家には目立った功績はない。
この土地を得たのだって、偶然以外の何物でもないのだ。
本当に功績を持っている対魔貴族だったレインは伯爵が追い出してしまったのでその功績は今更使えない。
「そうだ。王族を降嫁させるのはどうだろう? 伯爵の正妻として王家の娘を娶らせ、高貴な血を入れた家として陞爵させるのはどうだろう? それなら前例があったはずだ!」
財務大臣が頭を絞って案を出す。
私からみてもそれはいい案に聞こえる。
それをやった先祖は娘可愛さに相手の家格を公爵まで引き上げたらしい。
私でも知っているほど愚かな国王だ。
前例があるというだけで我々としてはやりやすくなる。
愚王もたまには良い働きをする。
「それはいい案だな。誰が適任か」
「……国王陛下」
内務大臣が青い顔で発言する。
嫌な予感がするが、聞くしかない。
「なんだ? 王族を降嫁させるのにお主は反対か?」
「いえ。降嫁させることには問題はないと思います。前例もありますし。しかし、ルナンフォルシード伯爵は旧領地で大きな怪我を負い、子が作れない体となっております」
「なに!?」
「後継ぎ予定だった長男も亡くなっており、次男はまだ五つ。そちらに嫁がせるには数年間の税が取れないことになってしまいます」
「むぅ」
数年もの間税が半分になってしまっては多くのところで問題が出てしまう。
どうしてもすぐに婚姻をまとめて今年のうちには公爵へとしておきたい。
「それに――」
「まだあるのか!?」
「はい。どうやら、伯爵家の人間が怪我をした原因が騎士団が討伐し損ねた魔物によるもので、伯爵の他にも怪我をしたものが多く、今の伯爵家には王家に恨みを持つものが多くなっています。奥方もそのせいで亡くなっており、降嫁するものは針のむしろのような状態に置かれると思われます。果たして受けてくれる王族がいるかどうか……」
「なっ!」
まさかそんなことになっているとは。
子がもうけられないということは側室となる現在の正室との子が伯爵家を継ぐことになる。
後継も残せず、嫌われている家に入るなど相当な苦労が予想できる。
皆嫌がるだろう。
国王である私が命じれば逆らいはしないだろうが恨みは買うことになる。
なんとか本人に納得していって欲しい。
人選は慎重に考える必要があるか。
「……皆は誰がいいと思う?」
私の発言に会議に参加している全員が押し黙る。
ここで声を上げればそのものが説得の矢面に立つことになる。
皆言い出しにくいだろう。
「……国王陛下」
静寂を破ったのは軍務大臣、恐る恐る声をあげる。
「なんだ? 誰がいいと思うのだ?」
「第三王女殿下はどうでしょうか?」
「なに!?」
予想外の人物が出てきて驚く。
そして、軍務大臣を睨みつけた。
「なんの冗談だ? あの子はまだ十五だぞ?」
「……そもそも、今回のことの発端は第三王女殿下が対魔貴族との婚約を拒否したことです。でしたら、今回のことの責は彼女にもあります。その釈明のために伯爵家に嫁いでもらうのはどうでしょうか」
「だが、しかし……」
助けを求めるために室内を見回すが、誰とも目が合わない。
「軍部は魔の森の守りという役割が増えたにもかかわらず予算は削られました。王家は広大な穀倉地帯を失い、ルナンフォルシード伯爵家は当主を始め多くのものが傷を負いました。これで、原因である第三王女殿下になんのおとがめもなしでは下のものに示しがつきません」
「……」
会議に参加している全員が反対意見を述べない。
私は明確な拒否の理由が思い浮かばなかった。
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