魔術を習おう!⑥
「そういえば、開拓村では普段何をしてるんだ?」
「何をしてるって?」
「仕事だよ。春から秋は農業をするんだろうとは思うけど、冬は何をする予定なんだ? 草履とかを編むのか?」
開拓村のイメージとして、冬は暗い中暖炉を囲んで草履とかを編んでいるイメージだったんだが、昨日もそんなことをしている様子はなかったし、今日ももう昼過ぎだけど、朝からずっと魔術の練習ばかりしている。
もし、俺が魔術を教えているせいで本来の仕事に支障をきたしているようだったらもう少し練習方法を考え直す必要がある。
「何もしないわよ」
「へ?」
だが、アリアの答えは俺の予想外のものだった。
「冬は何もしないわ。しいて言うなら、村を維持するのが仕事かしら。人がいないと村が魔の森に飲み込まれてしまったり、魔物に村が占拠されたりするそうだから」
「え? そんなんで大丈夫なのか? 食費とか」
「魔の森の近くに作る開拓村は普通のところの10倍近い収穫があるのよ? 秋の収穫分で冬越えの食料は十分確保できてるわよ。後四、五人増えても大丈夫なくらいね」
「まじか」
どうやら、開拓村っていうのはかなり儲かるらしい。
道理で昨日の食事の量が多かったはずだ。
簡単には町に買い物に行けないせいか、保存食のような食べ物が多かったが、ちゃんと全部調理してあっておいしかった。
というか、1日中何もしなくていい時期があるとか、天国かよ。
「冬やるべきことは週一回くらいのペースで偵察に来る魔物を倒すことと畑に木が生えたりしたら切り倒すことくらいかしらね。まあ、もうすぐ雪が降り始めるからそうすれば魔物もほとんど来なくなるらしいから本当に何もやることが無くなるわ」
「……」
仕事が週一しかないとかどんな天国みたいな職場だよ。
俺なんてここ5年間毎日どこかで出てくる魔物と戦ってたっていうのに。
「……俺、ここに住もうかな」
「! そうしなさい! それがいいわ!!」
「……やけにくいつきがいいな」
ぼつりとこぼした言葉にアリアは全力で食いついてきた。
そういえば、俺が魔の森に手を出した時も俺を追い出そうとはしなかった。
「……そういえば、レインにはまだ言ってなかったわね」
そうして、俺はアリアからこの村の現状を聞いた。
***
「それは何というか」
「仕方ないわ。こういうことは珍しいことじゃないみたいだし」
この村の現状はなかなかやばい感じだった。
何より、この開拓村みたいな村が珍しくないっていうのがなかなかやばいと思う。
「あなたが一人いてくれれば何とかなるの。名前だけでもいいから貸してくれない?」
「俺この国の人間じゃないんだけど? それでも大丈夫なのか?」
「大丈夫。徴税の時にいてくれればそれでいいわ。向こうはこの国の人間かどうかなんて調べられないんだし」
この国には戸籍のようなものがない。
まあ、この国に限らず、この世界の国は戸籍がない。
実は、この世界の文明レベルは中世かそれ以前だ。
遺跡から採掘される古代魔術師文明の魔道具を使って貴族は快適に過ごしているせいで文明レベルも上がらないのだろう。
魔術も戦闘系以外のものは完全にすたれてるみたいだし。
つまり、古代魔術師文明の魔道具がなくなってしまえば生活レベルが一気に下がる気がするんだが、そういうことは気にしないのだろうか?
俺はこの文明が衰退していく未来しか見えないんだが……。
まあ、そのころになれば古代魔術師文明の本を解読して自力で作れるようになるのかもしれない。
今、インテリアのようにして使われている古代魔術師文明の本がそれまでにどれだけ残っているのかははなはだ疑問だが。
まあ、未来のことはさておき、今、この村に住むかどうかだが、俺としては何の問題もない。
「乗り掛かった舟だ。男手が増えるまではいることにするよ」
「ほんと! ありがとう!!」
彼女はそう言い残すと、リノたちのほうにかけていく。
おいおい「ずっといる」とは言ってないぞ?
それを聞いて、リノとスイが俺のほうにかけてくる。
「レイン兄ちゃん! ずっとこの村にいてくれるんだって!」
「レイン、いろいろ、教えてほしい」
きらきらした目で見上げてくる二人。
アリアたちはしてやったりという表情で俺のほうを見ている。
既成事実を作ったつもりか?
俺は嫌になったらすぐに出ていくぞ?
「……これからもよろしくな」
子供には勝てなかった。
いや、この子たちは俺と3つしか年が違わないんだったか?
俺は二人の頭をなでながら、苦笑する。
だが、悪い気はしなかった。
***
森の奥。
数匹のグレイウルフが必死に「何か」から逃げていた。
「GAAAAAA」
一匹が後ろを振り返るが、「何か」は自分たちのすぐ後ろを追いかけてきている。
2足歩行の動物であればすぐにまくことができるのに4足歩行の「何か」は自分たちを数時間追いかけ続けている。
だが、足を止めることはできない。
形が似ているので仲間だと思って近づいた自分たちの仲間が「何か」に食いちぎられてしまった。
きっと追いつかれれば自分も同じ末路をたどることになるだろう。
もう一度振り返ると、また近づいてきている。
必死に走る。走る。走る。
隣を走っていたはずの仲間の姿は見当たらない。
生暖かい風を後ろから感じたと思った次の瞬間、このグレイウルフの意識は永遠の闇にとらわれた。
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