第五十八話「ジェラルディア将軍」

 入口の扉を破壊して入ってきたのは、上半身裸の大男。

 赤橙色の髪を後ろにまとめた、筋肉質な男の腰には、一本の桜色の刀剣が差されている。


 そして、特徴的なのは、胸の中心にぽっかり空いた穴である。

 丁度、心臓部分が空いているその男の立ち姿は、異様だった。


 大男がこちらに気づいて一瞥をした瞬間。

 対面にいたフェラリアがガタッと立ち上がる。


「ジェラルディア将軍!

 これで家の扉を壊すの五回目ですよ!

 何しに来たんですか!

 私、今日は休むって言って、ちゃんとインコちゃんを大学に飛ばしましたよね!」


 フェラリアはプンプンと怒った様子で、ジェラルディア将軍と呼ぶ大男に歩む寄っていく。

 扉を破壊された怒りと、俺との対話を中断させられた怒りがこのジェラルディアに向いているようだ。


 それにしても、「ジェラルディア」というのは、聞き覚えがある名前である。


 確か、ダマヒヒト城を出るときに、デトービアが教えてくれた。

 魔大陸最強の剣士で、イスナール国際軍事大学で剣術を教えているとか。

 その実力は、帝国の三剣帝を凌ぐとか言っていた要注意人物のはずだ。

 

 デトービアからは、生徒を半殺しにした恐ろしい人物だと聞いていたため、俺はジェラルディアを出来る限り警戒した。

 すると、ジェラルディアは両腕を前に組んで二ヤリと笑う。


「ぐははは!

 扉は開かなかったから、壊したまでだ!

 すまんな!

 そして、我がここに来た理由は、その復唱インコの件である!

 伝達には、大発見があったから授業を休むという内容が込められていたらしいが、大学側は、お主のいつものサボりだろう、と考えたらしくてな!

 お主を大学へ連れて帰るために、わざわざ来たというわけだ!

 お主を単独で連れて帰れる者など、我ぐらいしかいないだろうしな!」

「こ、今回はサボりじゃないわ!

 余計なお世話よ!」


 滅茶苦茶に声のデカい男である。

 フェラリアも、負けじと声を張り上げているのが分かる。 


 なるほど。

 フェラリアから送られてきた情報が偽で、サボりの常習犯であるフェラリアがまた授業をサボろうとしている、と考えた大学側がジェラルディアを送り込んだということか。

 だが、そうなると、ジェラルディアの発言に一つ齟齬がある。


 あの巨大インコがイスナール国際軍事大学まで伝達をしに飛んだのは、つい三十分前くらいである。

 そして、ここからイスナール国際軍事大学まで、馬車でおよそ十日以上はかかる計算だった。

 それなのに、なぜ、この男はそのインコが伝達した情報の内容を知ったうえで、すでにここにいるのだろうか。


 確かに、あの巨大インコの飛行速度はかなり速かったので、三十分もあればイスナール国際軍事大学まで伝達出来るかもしれない。

 しかし、そうだとしても、ジェラルディアがその情報を知って、すでにここにいるのはおかしいのである。

 あまりにも、到達が速すぎる。


 すると、フェラリアは呆れた様な顔で呟いた。


「ジェラルディア将軍。

 あなた、また大学の神器を使ってここに来たわね?」

「うむ!

 今回も大学に頼まれたのでな!

 それで?

 お主の大発見とは、一体どれのこと言っているのだ?

 もし、嘘であるならば、力づくで連れ帰すが!」


 そう言ってフェラリアを一睨みするジェラルディア。


 神器?

 神器というと、俺の頭の辞書には、イスナールの神器くらいしかピンとくるものがない。

 ディーンの再生のつるぎのような他の神器が、大学にもあるのだろうか。

 あるのであれば、その情報も是非知りたいものだが。


 と思っていると、フェラリアは、自信満々な様子で口を開いた。


「今回ばかりは、嘘じゃないわよ!

 きっと将軍も驚くと思うわよ。

 こちらに来てください」


 そう言って、フェラリアはジェラルディアを俺達の方に案内した。

 それについて行くように歩き始めたジェラルディアは、俺達と目が合う。


 あまりの、ジェラルディアの異質な姿に、サシャとジュリアは呆然としている様子。

 ジャリーとピグモンは、どちらも携えている武器に手を添えて、警戒する姿勢をとっていた。

 戦闘勘が一定以上ある者からしたら、このジェラルディアという男はかなり警戒するべき異質な存在なのだろう。


 だが、俺達の様子などおかまいなしに、ジェラルディアは、ギョロギョロと視線を動かして見回す。

 その視線には、まず机の上にある三本の魔剣、そして、ジュリアの膝の上に乗っているトラ、に注目されていた。


「ほう!

 これは確かに、お主が言っていた通り、大発見であるな!

 マサムネ・キイの九十九魔剣のうちの三本があるとは!

 紫闇刀・不死殺し・烈風刀!

 いずれも、昔見たことがあるな!

 特に、不死殺しはもう見たくもない刀剣だったが……。

 それに、そこのパンダは格闘パンダじゃないか!?

 なぜ、こんなところにいる?

 格闘パンダは、我が故郷の魔大陸に生息する魔獣のはずだが……。

 お主らは何者だ?」


 ギョロリとした目付きで、俺達を見下ろす。

 その目は、観察するかのように、俺達一人一人を上から下まで隈なく見回している。


 すると、ジェラルディアの発言に一番に反応を示したのはフェラリアだった。


「え!?

 そのパンダ、あのSランクの魔獣と名高い、格闘パンダなの!?

 S級モンスターなんて初めて見たわ……」

「うむ!

 まだ子供のようだから、A級といったところか!

 A級とはいえ、うちの大学の生徒共じゃ歯もたたんだろうがな!

 軟弱者しかおらんからな!

 グハハハハ!」


 なんて、二人は会話しながら、トラに注目を集める。

 注目が集まっているトラは、気にしていないという様子で、いつもサシャにもらっている竹のような植物を、マイペースにむしゃむしゃとジュリアの膝の上で食べていた。


 その様子を確認してから、俺は席を立ち上がった。


「お初にお目にかかります。

 俺は、ダマヒヒト王国の田舎貴族。

 エレイン・アレキサンダーと申します。

 よろしくお願い致します」


 その場で、右手の手のひらを胸に当て、一礼した。

 

 すると、先ほどまで豪快に笑っていたジェラルディアは、急に表情が消えて、訝しむ目をし始めた。


「ふむ。

 お主は、見た目の割に礼儀正しいな。

 それにしても、ダマヒヒト王国の田舎貴族だと?

 それにしては、その礼儀作法はバビロン大陸式のようだが?」


 俺は、ジェラルディアに言われて気づいた。

 そういえば、ポルデクク大陸とバビロン大陸の礼のやり方は違った。

 ダマヒヒト城の人達は、両手を胸の前で結びながら礼をしていた。

 完全に失敗である。


 俺が、自分のミスに焦っていると、ジェラルディアは追い打ちをかけるように、言葉を続ける。


「それに、その『アレキサンダー』という姓。

 我の記憶では、メリカ王国の王族にしかつかない姓だったはずだが?

 もしや、お主は、メリカ王国の王族なのではないか?」


 見事に当てられてしまった。

 視界の端で、サシャとピグモンが慌てている様子が見える。


 正直、俺も内心では、頭が真っ白だった。

 ポルデクク大陸の者にメリカ王国の王族だとバレるのは、ダマヒヒト城でクレセアにバレたので二回目ではあるのだが、慣れるものではない。

 そして、例によって、良い言い訳も思いつかなかった。


「え、ええと。

 家の家系は、本当に『アレキサンダー』という姓でして、良く王家の物と間違われるんですよ……ははは……」


 なんて、苦し紛れの言い訳をしていると。


「嘘はつかんでよい!」


 と、ジェラルディアに一喝された。


「お主らの誰かが、メリカ王家の王族だろうということは、最初見たときから予想はついていた!

 なぜなら、そこに紫闇刀があるからな!

 紫闇刀は、代々メリア王家で大事に保管され、戦争時にはメリカの王がこぞって帯剣していた、いわばメリカ王国の秘剣だ!

 そんな刀剣がここにあるのだ!

 メリカ王家の者か、メリカ王家から紫闇刀を盗んだ盗賊の可能性しかないのは明白!

 そして、エレイン!

 お主の身なりだけ異様に高級そうな恰好をしているから、お主がメリカの王家の者だと我は思っておったぞ!

 ぐははは!」


 ジェラルディアの表情は、ドヤ顔だった。

 当ててやったり、という心情なのだろう。


 だが、当てられた身としては、最悪な気持ちだった。

 イスナール国際軍事大学の剣術の授業を担当している上に、フェラリアから将軍と呼ばれていた。

 相当に、イスナール国際軍事大学の中でも地位の高い人間なのだろう。

 そんな人間に、俺がメリカ王家の者だとバレたからには、もう終わりである。

 俺が留学したら、迫害が始まるだろう。

 なんなら、ここで戦いが始まるかもしれない。


 などと思っていると、今度はフェラリアが口を開いた。


「エレイン君は、本当にメリカ王国の王族なの?」


 そのフェラリアの探るかのような口調と険しい表情に、俺も息を飲む。


 ここで、また嘘をついても信憑性がないだろう。

 ジェラルディアが今言ったように、明確な理由を持って俺のことをメリカ王国の王族だと断定しているからだ。

 それならば仕方ない。


「嘘をついていて、申し訳ありません。

 俺は、メリカ王国第二王子、エレイン・アレキサンダーです……」


 諦めるように、俺は呟いた。

 その声は、いつもより弱々しかったように思う。


 すると、そんな俺の声を掻き消すかのように、ジェラルディアは大声で笑い始めた。


「ぐはははは!

 メリカ王国の王子が、こんなところまで、護衛もこれだけしか連れないでやってきたとは豪胆であるな!

 それなのに、三本もの魔剣を所持し、格闘パンダを連れている!

 この我の目から見ても、異質な光景であるぞ!

 我はお主が気に入ったぞ!」


 豪快に笑っている隣で、フェラリアは複雑そうな表情をしている。

 そして、ジェラルディアに向かって口を開く。


「ジェラルディア将軍。

 そう笑っていられる話ではないわよ?

 先ほど聞いた話だと、この子達は旅中にあの吸血鬼ヴァンパイアと例のべネセクト王国の盗賊団『灰鼠』を討伐したって話。

 かなりの戦力を持っているわ。

 それに、この旅の目的はイスナール国際軍事大学へ入学することって言ってるのよ?

 てっきり、ダマヒヒト王国の者だと思って喜んでいたけれど、バビロン大陸の、しかもメリカ王国の王子とまでなってくると話が変わってくるわ。

 これは、明らかに諜報活動でありスパイ容疑がかけられる事案よ。

 バビロン大陸の国々とは休戦中だけど、対立中。

 バビロン大陸の国々に対抗するために創立したイスナール国際軍事大学への入学なんて看過できる話じゃないわ!」


 と、フェラリアは語気を強めて言う。


 当然の考えである。

 ポルデクク大陸には、バビロン大陸の者達に対する敵対意識は今も強く残っている。

 それは、歴史の結果であり、変わらない事実だ。

 そんな中で、メリカ王国の王子がイスナール国際軍事大学へ入学するなど、許される話ではないだろう。


 元々、バレない様に入学しよう思っていたのだが、もう大学の幹部の者にバレてしまった。

 その時点で、計画は破綻したのである。

 俺の頭の中はすでに真っ白だった。


 だが、そんな俺の考えなど打ち破るかのように、再度ジェラルディアは大きく笑った。


「ぐはははは!

 フェラリア!

 お前は、大学の馬鹿な連中に染まりすぎて勘違いしているようだな!」

「勘違い?」


 ジェラルディアの言葉に、フェラリアは眉をひそめる。


「イスナール国際軍事大学は、世界中の種族が等しく軍事力を手に入れるために創立した大学だ!

 それは、ポルデクク連合会議で決まったものだ!

 もちろん知っているよな?」

「そ、それは……。

 バビロン大陸の者は例外でしょう……?」

「いや!

 例外はない!

 たとえメリカ王国の王子だとしても、等しく扱うべきだ!

 それに、お主はイスナールのババアの言葉を知らないのか?

 『他種族との友好を重んじるべし』。

 戦争をしてから変わってきているようだが、この言葉は、バビロン大陸の者も等しく友好に扱えって意味でもあるんだぞ?」


 フェラリアは、ブツブツと何やら呟いてはいるが、ジェラルディアに反論が出来ない様子。

 それを見て、満足気な表情をしたジェラルディアはこちらに振り返った。


「それはさておき!

 先ほど、フェラリアから聞き捨てならない言葉を聞いたな!

 お主らが、吸血鬼ヴァンパイアとべネセクト王国の大盗賊団『灰鼠』を討伐したと言っていたが!

 それは、本当か?」

「あ、ああ……」


 俺は、あまりのジェラルディアの庇いっぷりに呆気にとられながらも、相槌をうつように返事をする。

 すると、ジェラルディアは眉間にしわがよった。


「ほう……。

 それならば、少しは実力があるようだな」


 そう言いながら、ジェラルディアは身を翻した。

 そして、入口の方を向きながら叫ぶ。


「エレイン!

 剣を持って表へ出ろ!

 大学へ入学するのであれば、俺が剣を見てやる!」


 家の中が、その大声でビリビリと鳴り響く中、ジェラルディアはズカズカと歩きながら家の外へと出た。


 その様子を見て、俺達はしばらく呆気に取られていたのだった。

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