第十三話「魔術の魅力」

 午後のメリカ城庭園。

 テーブルを俺とルイシャとフェロの三人で囲っていた。

 サシャは俺の後ろで紅茶を入れている。


「こ、こんなの初めて見ました……」


 ルイシャは、テーブルに置かれた真っ黒になった魔水晶を見て驚愕していた。

 どうやらルイシャも黒色の魔水晶を見るのは初めてのようだ。

 魔水晶が黒色になるのは伝説の大賢者様レベルと言っていたし、そうそうお目にかかれるものでもないのだろう。


「ルイシャ。

 俺はフェロに魔術を教えてやりたいんだが、どうだ?」

「はい!

 それはもちろん、教えるべきだと思います!

 いやむしろ、教えない手はありません!!」


 興奮気味に言うルイシャ。

 それだけ魔水晶を黒くしたのはすごいことなのだろう。


 俺とルイシャは二人で盛り上がったのだが、ここで俺はようやくフェロの表情に気づいた。

 フェロの顔色はあまり優れていない。

 顔もやや下に向けて俯いているし、いつもピンと立っている猫耳も今日は垂れていて元気がない。


「フェロちゃん。

 この水晶を見て?

 黒色に光ってるでしょ?

 フェロちゃんは、魔術の才能があるみたいなの。

 よかったら私と一緒に魔術のお勉強がんばってみない?」


 ルイシャは小さな子に話しかけるような声のトーンで言う。

 流石はサシャの母親。

 子育て経験があるからか、小さな子の扱いもお手の物だ。


 しかし、フェロの顔は歪む。


「……い、いやだ…にゃん!」


 ルイシャは意表をつかれたような顔をしていた。

 俺も同じだ。


 まさか拒否されるとは思っていなかった。

 当然、フェロは魔術の修練を始めると考えていたからだ。


 魔水晶が黒色になった時点で、魔術の才能があることが確定しているというのに。

 宮廷魔導士のルイシャを超える魔力量を持っていて、魔術を学ばないなんてもったいない。

 才能があると分かったのに、その才能を伸ばさないなんておかしいではないか。


 と、そこで気づいた。

 俺が勝手に、フェロに魔術の勉強を押し付けてしまったのではないか?

 と。


 フェロが、俺に魔術の勉強をしたい、などと言ったことはない。

 俺が魔術の勉強をしているとき、フェロは俺の隣でただ眺めているだけで何も言ってこなかった。


 それなのに俺は魔水晶を黒く濁るのを見て、勝手にフェロを魔術師にしようと決めた。

 それも魔術師の仲間が欲しいという俺の勝手な都合でだ。


 フェロが魔術を学びたくはないという可能性を考えずに、フェロをルイシャの元までつれてきて魔術を学ばせようとした。

 やりたくないことをやらせるのでは、ジムハルトと同じではないか。


 気づいたときには遅かった。

 フェロは席を立って城の方へと駆け出してしまった。


「フェロまって!」


 俺が言ってもフェロは止まらない。

 すると、素早くルイシャが後ろのサシャの方に向く。


「サシャ!

 エレイン様は私が見ておくから、サシャは今すぐフェロちゃんを追いかけなさい!」

「は、はい!」


 サシャは走って、城に一人で入ってしまったフェロを追いかけていった。

 これで、フェロがまた城で迷うことはないだろう。


 ルイシャの瞬時の判断は流石だった。

 しかし、ルイシャの方を見ると浮かない表情。

 

「はあ……。

 私としたことが、考えが足りなかったようですね…」

「考え?」

「はい。

 聞いてはいたのですが、失念していました。

 フェロちゃんは元奴隷でしたよね。

 奴隷になるときの誓いの魔術で今まで辛い思いも多くしてきたでしょう。

 フェロちゃんはあまり魔術に良いイメージを持っていないのかもしれません」

「た、確かに……」


 言われてみればそうだ。

 フェロは今までジムハルトの奴隷だった。

 実際にジムハルトに命令されて、頭を痛そうにしていた現場も見た。

 嫌な思いをたくさんしたはずだ。

 魔術に良いイメージがあるわけがないだろう。


 それなのに俺は自分勝手に、魔水晶が黒色だからといって魔術の勉強を強制させようとして。

 考えが足りないのは俺の方だった。

 なんでそんなことに、気づかなかったんだろうか。

 自分の馬鹿さ加減が嫌になる。

 

 俺は立ち上がった。


「ルイシャ」

「はい」

「俺、フェロに謝りに行くよ」

「そうですね。

 私も一緒に謝りに行きましょう」


 そう言いながらルイシャも立ち上がる。


 果たして、フェロは許してくれるだろうか。



ーーーフェロ視点ーーー



 やってしまった。

 エレインから逃げ出してしまった。


 あんなにエレインが嬉しそうにしていたのに。

 私にすごい期待してくれていたのに。

 逃げ出してしまった。


 私は、エレインの部屋まで逃げてきた。

 他に行く場所なんてないからだ。


 私は、サシャの膝の上に座りながら泣いていた。

 サシャは何も言わずに私の頭を撫でてくれている。

 その優しさが申し訳なくて、余計に涙が出る。


 すると、ガチャリと扉が開いた。


 入ってきたのはエレインとルイシャだった。

 二人とも、やや暗い表情をしている。


 私のせいだ。

 私が断ったから、二人とも辛い思いをしているんだ。

 私はエレインを助けるって決めたのに。

 私のせいでエレインが悲しんでいる。


「フェロ」


 静かに私を呼ぶエレイン。

 エレインの目はまっすぐに私を見ているが、いつもの覇気はない。

 なんだか苦しそうな表情をしていて、私まで苦しくなってくる。


 すると急に、エレインは私に向かって頭を下げた。


「本当にごめん。

 もっとフェロの気持ちを考えるべきだった。

 よく考えたら、フェロは魔術に苦しめられていたんだ。

 魔術を学びたいなんて思うはずがなかった。

 それなのに、俺は……」 


 エレインは本当に申し訳なさそうな顔をしている。


 どうしよう。

 私はエレインにとんでもないことをしてしまった。

 こんな申し訳なさそうに謝るエレインを見て私も悲しくなってくる。

 私のせいなのに。

 私は頭の中が真っ白になった。


 すると、私を撫でるサシャの手がプルプルと震えるのを感じた。


「エレイン様。

 王族の方がそんなに簡単に頭を下げるのはいかがなものかと。

 フェロの奴隷契約は解消されたとはいえ、家を持っているわけではないので地位は一般市民かもしくはそれ以下。

 いくらフェロに対して罪悪感があったとしても、王族が下の地位の者に頭を下げて謝るなどあってはいけません」


 サシャにしては厳しい口調だ。

 いつもニコニコしているサシャとは一転、視線もやや冷ややかである。


 そして、おそらくサシャが言っていることは正しい。

 ジムハルトもディージャに王としてのあり方を日々咎められていた。

 一度ジムハルトが使用人に何かの拍子で謝罪をしたころがあったが、それに対してディージャは今までに見たことがないくらい怒っていた。

 部屋でジムハルトがたくさんぶたれていたのを覚えている。


 それくらい、王族が位の低い者に謝罪をするということは重いことなのだろう。

 すると、ルイシャが口を開いた。


「サシャ、少し黙りなさい」


 こちらはやや怒気を感じられる言葉だった。

 サシャの手がビクッとする。


 なぜ、ルイシャが怒るのだろうか。

 サシャが言っていることは間違っていない。


「お母さん!

 私は、エレイン様の専属メイドです!

 レイラ様からエレイン様の教育も任されているんです!

 流石にこれは見過ごせません!」


 サシャも負けじと怒気を強めた口調で怒鳴る。

 そして、ルイシャが何かを言おうとしたとき。

 エレインが先に口を開いた。


「サシャ、お前はフェロをどう見ているんだ?」


 今度は私の体がビクッとする。


 エレインは私をどう見てくれているのだろうか。

 とても気になる。


「俺はフェロを奴隷から解放して、フェロを自由にした。

 だが、フェロはまだ三歳だ。

 フェロを本当の意味で助けるには、フェロに生活の場を与えて育てていく必要がある。

 それはつまり、フェロは俺たちと一緒に生活をして一緒に研鑽していくことになる。

 そんなフェロを、俺は位が低いからと見下していいだろうか。

 いいや、よくない。

 たとえ位が低かろうが、たとえ種族が違かろうが、共に生活をし、共に研鑽をする者のことを俺は「仲間」だと思っている。

 そんな「仲間」であるフェロに対して間違ったことをしてしまったんだ。

 謝るのは当然じゃないだろうか?」

「そ、それは……そうかもしれないですが…」


 サシャは難しい表情をして押し黙る。

 ルイシャはうんうんと頷いている。

 私は、先ほどまで止まらなかった涙が止まった。


 エレインは私のことを「仲間」と言った。

 私のことを見下さずに、私のことを対等に見てくれているんだ。


 エレインの目をじっと見つめる。

 エレインの表情は真剣そのものだ。

 その眼差しに、私はいたたまれなくなってくる。


 エレインは私なんかのことを、そんなに真剣に考えてくれていたのだ。

 それなのに、私は逃げ出してしまった。

 エレインに見せる顔がない。


 私が俯いていると、エレインは私の目の前に来た。


「フェロ。

 魔術についてどう思っているか教えてくれないかな。

 もし、本当に魔術を勉強するのが嫌なのだとしたら、俺は無理に勉強しろとは言わない。

 フェロが進む道は、フェロ自身で決めるべきだ」


 エレインが私を見つめて真剣な表情で話す。

 その眼差しを見るだけで、少し顔が赤くなってしまう。


「え、エレイン……」

「うん」

「私は魔術を使うのが怖いにゃん……」


 私は正直に言った。

 ジムハルトに誓いの魔術で奴隷にされた日々を思い出して。

 一歩間違えればエレインが大けがしていたかもしれない、ジムハルトの火の魔術を思い出して。


「ふむ、怖いか」


 つぶやきながらエレインはルイシャをチラッと見る。

 ルイシャは頷いて、私の前にきた。


「フェロちゃん。

 魔術の勉強を強制しようとして、ごめんなさい。

 私が、フェロちゃんの気持ちを分かってなかったばっかりに……」

「そ、そんにゃ…」

「でも、フェロちゃんはまだ分かってないと思うの。

 魔術の楽しさを。

 奥深さを。

 私は魔術の可能性をフェロちゃんに知ってほしい!

 だから!

 私がフェロちゃんに魔術の魅力を教えてあげるわね!」


 ルイシャは突然元気になり、ウインクをしてきた。

 表情がいきなり明るくなったルイシャに戸惑う。

 

 すると、急にルイシャが私を抱っこして窓際に行く。

 突然のことに抵抗ができない私。


「今から見せるのは、私のとっておきの魔術。

 フェロちゃんは鳥になりたいと思ったことはある?」

「鳥?」


 空を飛んでいるあの鳥?

 鳥になりたいか、なんて考えたこともなかった。

 

 ルイシャは窓を開けた。

 それと同時に詠唱を始める。


「大気に流れる、気流の化身。

 空気を操り飄々と吹く、風の精霊よ。

 上昇する我に強風を。

 下降する我に弱風を。

 鳥のように速く。

 鳥のように軽やかに。

 我は大空を飛ぶ自由を所望する。

 我に風の加護を与え、我を飛ばせ。

 天空飛翔エアフライ!」


 すると、私達の周りに突然強風が流れた。

 突然のことに私は体が強張る。

 エレインとサシャは顔を腕で覆いながらこちらを見ている。

 すると、ルイシャは私にニコリと微笑みかけた。


「大丈夫よ、安心して。

 今からフェロちゃんは鳥になるの」


 そう言うと、ルイシャは宙に浮いた。

 そう、宙に浮いたのだ。


 私は下を見てギョッとした。

 足が地面から離れている。

 バタバタさせても地面に足が届かない。


 そんなことが起こっていいのだろうか。

 これが飛んでいるということなのか。

 エレインとサシャは目を丸くしてこちらを見ている。


 すると、私達はそのまま窓を勢いよく飛び出た。

 ここは五階だ。

 下手したら落ちてしまう。


 しかし、落ちない。

 宙に浮いているから。


「うわあああああ!

 飛んでるにゃん!

 わ、私、飛んでるにゃん!」


 思わず叫んでしまう。

 すごい勢いで窓から飛び出した私たちは、メリカ城の周りを鳥のように飛んでいた。


「ふふふ。

 フェロちゃん、これは風系統上級魔術の天空飛翔エアフライよ。

 魔術を勉強したらこんなこともできるようになるのよ」


 そう言いながら、勢いよくメリカ城の周りをクルクルと回る。

 それから、ルイシャは左手を空に向ける。


「業火に燃え盛る、炎の化身。

 全てを燃やし恵みを与える、炎の精霊よ。

 火の花を放ち、見る者を魅了せよ。

 華火ファイヤーフラワー!」


 呪文を唱えると、ルイシャの左手からいくつかの火が上空に打ち上げられる。

 そして、雲のあたりまで飛んだ時だろうか。

 その火は爆裂した。


「うわー!

 綺麗だにゃん!」


 庭園の上空に咲く綺麗な火の花。

 赤や青や紫の様々な色で、火の花が上空に咲いている。

 私は思わず歓声をあげてしまった。


「フェロちゃん、どう?

 初級魔術の華火ファイヤーフラワーよ!

 綺麗でしょ?」


 上空でニコニコしながらルイシャは言う。

 

 本当に綺麗な花火だ。

 こんな光景初めて見た。

 魔術を使うとこんなことができるのか。

 私は、一瞬でルイシャの魔術に魅了されてしまった。


「本当に綺麗だにゃん!

 魔術を使うとこんなことできるんだにゃあ!」


 私の反応にルイシャは満足げだ。


「そうなの。

 魔術はなんでもできるのよ。

 フェロちゃんは魔術を怖いと言ってたけど、それは使い方次第。

 魔術を勉強したらこんな楽しいこともできるんだから!」


 ルイシャは言いながら、まだまだ花火を左手から打ち上げている。


 私は花火を見ながらルイシャの声を聞いていた。

 下を見ると小さな庭園が見える。

 あんなに大きい庭園がちっぽけに見える。

 

 魔術ってすごい。

 素直に感動していた。

 あんなに怖いと思っていたのに。


 今飛べているのが不思議。

 これが私一人でできるようになったらどれだけ楽しいだろうか。

 自由に飛んでみたい。

 そう思った。


「ルイシャ」

「ん?」

「私にも飛べるかにゃあ?」

「ええ、もちろん」


 ルイシャは微笑みながら大きく頷いた。


 そうか、私でもこんなことができるようになるのか。

 この力があれば、エレインの力にもなれるかもしれない。


 私は決心した。

 ルイシャをまっすぐに見つめる。


「私、魔術師になるにゃん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る