第十二話「黒い魔水晶」

 ジムハルトと決闘をしてから一週間がたった。


 俺とジムハルトの決闘の件は、すでに国中に噂が広がっているらしく、城内の使用人や衛兵たちは俺を見てはなにかをささやき合っている。

 

 たまに俺の元に貴族が訪問するようになった。

 どうやら、ジムハルトが三歳の俺に決闘で負けたという事実は相当なものらしく、俺が王位を継承することは確定したものだろうと考えた貴族たちが、俺を取り入れようと訪問してくるのだそう。

 非常に面倒くさかったが、これも王子の仕事かと考え、丁寧な対応をしつつ追い返した。


 それから、俺の部屋にフェロが住むようになった。


 サシャとイラティナは、俺がフェロに取られたと思ってむくれていたようだが、いつの間にかフェロを可愛がるようになっていた。

 その可愛がり方は、お人形を可愛がる感じに似ていた。


 まあ、分からなくもない。

 フェロは、可愛いらしいのだ。

 目鼻立ちが整った黒髪の猫耳娘。

 所作には、三歳児なりのあどけなさがある。

 俺だってフェロを可愛がっている。


 こんな可愛らしいフェロがジムハルトの奴隷になっていたという事実を聞くと、イラティナは怒っていた。


「あのバカ兄貴は、本当に許せないわね!

 エレインが倒してくれて清々したわ!」


 などとイラティナは頬を膨らませながら言っていた。


 ジムハルトはどうなったかというと、最近は大人しくしているらしい。

 ディージャには、決闘に負けたことをこっぴどく叱られたようだ。

 戦ってもいないディージャに叱られるジムハルトは可哀想だとは思ったが、仕方がないだろう。

 

 一度、城内の廊下でジムハルトとすれ違ったが、俺に対して恐怖で怯えた目をしていた。

 俺に何も言わず、避けるようにしてそそくさとどこかへ行ってしまったのである。

 ジャリーが止めなければ死んでいたであろう俺の剣が効いたらしい。

 まあ、ジムハルトにはいつも喧嘩ごしで話しかけられていたから、話しかけられないのであればそれにこしたことはない。


 さて、フェロの話に戻ろう。


 俺はフェロを教育せねばならない。

 もしフェロが何の能力もないまま育てば、ただの城の穀つぶしになってしまうだろう。

 それが、シリウスの言っていた「重り」である。

 だからこそ、俺はフェロに教育を施すつもりだ。


 ということで、フェロには文字の読み方と書き方を教えることにした。

 とはいっても、実際に教えてあげるのはほとんどサシャなのだが。

 サシャは教えるのが上手な上に、フェロを可愛がっている。

 これほどの適任はいないだろう。


 フェロは、文字の勉強に熱心だった。

 まだ一週間しかたっていないのに、自分の名前が書けるようになっていたし、他にも色んな単語が書けるようになっていた。

 この調子でいけば、半年かそこらで本を読めるレベルになるかもしれない。

 実はフェロは頭が良いのだろうか。


 また、フェロは毎日俺にくっつくようにしてついてきた。

 俺が朝の剣術の修練をしに庭園に出ると、一緒に庭園についてくる。

 その後、大浴場に入るときも一緒に入る。

 午後に魔術の勉強をしているときも、俺の隣でじっとしている。

 夜に読書を始めたら、フェロも他の本をパラパラとめくって眺めていた。


 俺は、フェロに聞いてみた。


「なんで、俺とずっと一緒にいるんだ?

 別に俺についてこないで、部屋にいてもいいんだぞ?」


 するとフェロは尻尾を揺らして元気に答えた。


「エレインは、フェロのことを助けてくれたにゃん。

 今度は私がエレインを助けたいにゃん」


 なるほど。

 要は恩返しがしたいのか。

 フェロは良い子だ。


「そっか。

 じゃあ、もっと頑張らなきゃな」


 そう言って、俺はフェロの頭を撫でる。

 フェロの頭は触り心地がいいのだ。


 フェロは頬を赤らめながら、猫耳をピクピクさせていた。



ーーーフェロ視点ーーー



 エレインと暮らし始めてから私は幸せだ。


 エレインは私のことを気遣ってくれて、とても優しい。

 ジムハルトのときとは大違いだ。


 まず、エレインは食事を一緒に食べてくれる。

 ジムハルトのときは、地べたで料理を手づかみでで食べていたが、今は椅子に座ってスプーンとフォークを使わせてくれる。

 エレインと話しながら食べる料理はとっても美味しい。


 それから、命令される生活が無くなったのが嬉しかった。

 毎日ジムハルトから命令されて頭が痛くなる恐怖から解放された。

 自由になった感じがする。


 それにエレインだけじゃなくて、エレインの周りの人達もみんな優しい。

 サシャとイラティナは最初はあまり話してくれなかったけど、段々打ち解けてきて今ではとても可愛がってくれる。

 優しいお姉ちゃんたち、という感じだ。


 それに、エレインのお母さんのレイラもすごく優しい。

 ディージャには「臭い臭い」と毎日言われて傷ついていたが、レイラは私にそんなことは言わない。

 それどころか私をよく撫でてくれる。


 たまに部屋に来るシリウスとは、あまり話したことはない。

 でも、私がここにいることを許可してくれたのはシリウスだ。

 シリウスには感謝しかない。


 私は、この幸せに報いなければと思っている。

 いつかエレインの、そしてこの家族の力になりたいと思うのだ。


 でも、まだ私は三歳。

 やれることは少ない。


 エレインのお世話をしたいと思って、サシャにメイドのお仕事を教えてほしいと言ったことがあった。

 だが、サシャは少し嫌そうな顔をして「メイドの仕事は私がやりますから!」と言って、教えてくれなかった。

 メイドの仕事を取られたくないのだろう。


 じゃあ、私はどうやったらエレインの助けになれるのだろう、と考えた。

 しかし、考えてみても分からない。


 そもそも、エレインは三歳なのに能力が高い。

 王子様だし、読み書きもできるし、剣術もできる。

 私の助けなんてなくても、なんでもできるのである。

 最近になって読み書きを勉強し始めた私とは大違いだ。


 そこで私はエレインと毎日行動を共にして、エレインを観察することにした。

 何かエレインの弱点を見つけて、私がエレインの弱点の部分を埋めればいいと思ったのだ。


 エレインの朝は早い。

 外が明るくなったと同時くらいにエレインは起きて、机の上で何かを紙に書いている。

 何を書いているのか聞くと、本を読んで得た情報を紙にまとめているんだという。

 なんのためにそんなことをしているのだろう。

 よくわからない。


 それから、朝食を軽く食べると、すぐに着替えて帯剣をし、サシャをつれて庭園へと向かう。

 庭園に着くとエレインはサシャと一緒に庭園の周りを走り出す。

 こんな端も見えないような巨大な庭園の周りを一周するというのだから驚きだ。

 体力をつけるために毎日走っているのだという。

 私も一緒に参加してみたが、途中で走れなくなって脱落してしまった。


 一時間くらいすると、二人は戻ってくる。

 サシャは、汗まみれで息を切らした見るからに疲れ果てているエレインに治癒魔術をかけ、城に戻ってタオルと飲み物を用意する。

 確かサシャも一緒に走っていたはずなのに、サシャは涼しい顔をしている。

 このメイドも実はすごいんだな、と密かに思った。


 少し休憩を挟んでから、エレインは剣の素振りを始める。

 あんなに走ったのにまだ修練をするというのだから本当にすごい。

 一度あの剣を持たせてもらったけど、全然持てないくらい重かった。

 それなのに、エレインは小さな体でぶんぶんと剣を振り回す。

 あんな重い剣を一刻もの間振り回しているのだから、三歳とは思えない体力だ。


 素振りが終わると大浴場に汗を流しに行く。

 私もエレインと一緒に入る。

 ジムハルトと違い、エレインは私を膝の上にのせて体を撫でまわしたりしない。

 むしろ、エレインがサシャの膝の上に乗って、湯船につかっている。

 サシャはニコニコしながらエレインを抱きしめている。


 私はそれを見てちょっとむっとする。

 私だってエレインに抱き着きたい。

 サシャだけずるい。

 私もメイドになりたかったなあ、と思う。


 大浴場を出ると、昼食を食べる。

 昼食は基本的に部屋の中で食べている。

 サシャが配膳してくれたものを、私とエレインは同じ机に並んで食べる。

 たまにレイラも参加することはあるが、シリウスが食事に参加することは基本的にない。

 きっと王様は忙しいのだろう。


 エレインは王子だというのに、私と同じ席で食事をしてくれるから好きだ。

 ジムハルトのときとは大違い。


 昼食を食べ終わると、次は魔術の勉強を始める。

 たまにルイシャと庭園で魔術について話しているときもあるが、基本的には一人で魔術書を読んで勉強をしているらしい。

 話によると、エレインは魔力がなくて魔術が使えないのだとか。

 それでも、なぜか魔術は勉強するという。

 

 魔術が使えないのに魔術を勉強する理由は私には良く分からない。

 そもそも魔術というものは得たいがしれない。

 奴隷契約のときの誓いの魔術と、ジムハルトが使っていた火の魔術しか見たことがないが、どちらも恐ろしいものだった。

 あんなものを勉強したいとも思わない私にとっては、エレインの真意が分からないままだった。


 そして夜になって晩食を食べ終わると、エレインは読書を開始する。

 それが寝る前まで続けているというのだから熱心なものだ。


 基本的に、エレインの一日の行動はこんな感じだ。

 私が見る限り、エレインの行動に無駄な時間は一切ない。

 途中、私やイラティナが話しかけると反応はしてくれるものの、すぐに勉強に戻る。

 イラティナが最近私にたくさん絡んでくるのは、エレインの勉強を邪魔したくない、というのもあるのだろう。

 イラティナは誰よりも弟思いなのだ。


 さて、私にエレインの力になれる部分などあるのだろうか。

 考えれば考えるほど、エレインは完璧少年だった。

 王子で勉強も出来て剣術もできるなんて、天才すぎる。


 それに、顔もかっこいいし……。

 チラリと読書をしているエレインを見ると、その横顔がカッコよくて、私は直視できない。

 チラチラと覗き見している私に気づいたのか、エレインは急にこちらを向く。


「どうした、フェロ。

 俺の顔に何かついているか?」

「わ、わあ!

 そ、そんなこと、にゃいんじゃにゃいか……にゃ!?」

「フェロ!?」


 私は動揺して後ずさりすると、地面にあった何かを踏み、足がツルっと滑った。

 背中からドシンと地面にぶつけてしまう。


「いたたた……ん?」


 足元には、無色透明の水晶玉が転がっていた。

 あれのせいで、転んでしまったのか。

 なんでこんなところに水晶玉が。

 そう思いながら、水晶玉を手に取る。


「だ、大丈夫ですか!」

「大丈夫か!」


 慌てて、私のもとに駆けつけるエレインとサシャ。

 エレインは本を置いて、小走りでこちらに近づく

 サシャは治療魔術を使おうとしているのか、私に手を向けている。


 しかし、エレインとサシャの動きは急にピタッと止まった。

 二人の視線は、私が手に持っている物に目を向けられていた。

 どうしたのだろう?


 私は自分の手に持っている物に目を向ける。

 そして、驚いた。


 無色透明だったはずの水晶玉は、いつの間にか真っ黒に濁っていたのである。



ーーーエレイン視点ーーー



 転んだフェロのもとに急いで駆けつけると、フェロは手に何かを持っていた。

 それは、光をも吸い込むのではと思わされるほどの暗い漆黒。

 真っ黒な玉だった。


 それを見た瞬間、俺は気づいた。

 あれは、魔水晶だ。

 机の上に置いておいたのだが、転がって地面に落ちたようだ。

 それを踏んでしまったフェロが転んでしまったのだろう。


 見た限りフェロは対した怪我もしていなさそう。

 サシャの治癒魔術をかければ、問題はないだろう。

 しかし、問題はそこじゃない。


 フェロが手に持っている魔水晶は、真っ黒に濁っていた。

 サシャもそれに気づいていたようで、「どうしましょ?」といった目で俺を見てくる。


 確か、ルイシャは魔水晶の色が黒色になった場合、その者の魔力量は伝説の大賢者様レベルと言っていた。

 つまり、フェロには伝説の大賢者様レベル、この世界でもトップレベルの魔力量があるということになるが。

 そんなことが起こりうるのだろうか。


 いや、これはチャンスかもしれない。

 もし、本当にフェロにそれだけの魔力量があるというのであれば、フェロに魔術を学んでもらい、魔術師として俺の仲間になってもらうのはアリだ。

 まだフェロは四歳である。

 可能性は無限大。


 思わぬところに強力な魔術師の仲間を作るという可能性が転がり込んできて、少しニヤける。

 できるだけそれを隠すようにして、フェロに言った。


「フェロ。

 明日から一緒に魔術を勉強しよう」


 それを聞いてフェロはポカンとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る