第26話 密厳

 確かに僕たちが見たその姿は、光明に溢れていながらも、その身は布に包まれていて見る事は出来なかった。

 秘仏とされる本尊は、安置されている扉は閉まったままで見る事は出来ず、本尊の姿を忍ばせる代わりの仏の像が、『お前立ち』として置かれる。

 だが、『お前立ち』さえも秘仏とされれば、見る事は叶わない。

 開扉する事がないというのなら、それは。


 『絶対の秘仏』だ。


 仏の姿を見えないものとする事は、依代を神体として神を祀る、神道の影響があったと言える。

 見えないからこそ尊い存在であるという事なのだろう。

 だが……理由はそれだけに限らないと僕は思う。

 それはきっと羽矢さんも同じ思いであって、回向はその理由を知っているはずだ。


『見る事が出来ない』

 その言葉に含まれる思いは、とても複雑で。

 きっと……。


 あの霊山の中心に埋められていた仏の像を思い起こさせる、切ないものであるのだろう。

 刳り抜かれた目。陽の光を見る事も叶わず、地に埋められていた。

 思い返される度に、胸が締め付けられる。


 腕に刻んだ不動明王の種子字は、きっと回向と同じ思いがあるからだろう。

 どんな立場になろうとも、奥深くも胸に置いた思いは抱え続けると……。

 この人は……回向の父親は……。

 ただ……守りたいだけなのではないだろうか。

 それが……どんな手段になろうとも。

 それを当主様は理解している。だから……当主様も守りたいと思っているのだろう。



 穏やかな笑みを見せて、羽矢さんは口を開く。

「俺、『無量』なんで」


 そう言うと羽矢さんは、衣の袖を大きく振った。

 黒衣が僧侶の衣に変わり、手に数珠を握る。

「どうせ閉じるなら、口を閉じた方がよかったんじゃないか? そもそもこの道は、神であろうが仏であろうが」

 羽矢さんは、クスリと不敵に笑うと言葉を続けた。


「口を開いてこそのものだろう?」


 羽矢さんの言葉に回向の父親は、笑い返すとこう言った。


「ふふ……神前読経といったところかな? それは懐かしいね」

「いや……読経は無理だろ。見えないんだからな。だが……唱えられないとは言わない」

 羽矢さんは、自分の頭に指を置くと言った。


「全てこの中にあるからな。『全て』……な……?」


 意味を含めた羽矢さんの口調に、回向の父親は羽矢さんをじっと見つめていた。

 おそらく、そんな事など無理であると思っている事だろう。

 経典の数はかなりの量だ。

 羽矢さんが通常必要とする経典だけでも、全てを暗記するというのは普通では難しいだろう。

 そして羽矢さんは、回向が修得したものまで知っている。

 その意味が、さっきの言葉に含まれている事だろう。


「さて……そうだな……。まず手始めに……」

 口元に笑みを見せる羽矢さんは、相手の反応が思った通りになると確信している。

 続けられた羽矢さんの言葉は、回向の父親の表情を明らかに変化させていた。


 反応を見せて動く目。羽矢さんを強くも睨むようではあったが、その反応は羽矢さんが思った通りの事だろう。

 そんな羽矢さんの様子に回向は、笑みを漏らした。

 そして回向は、羽矢さんの支えになろうと、羽矢さんに歩み寄った。

 確かに、羽矢さんのその言葉は、回向の力が必要とされるだろう。



密厳みつごん浄土の法を説こうか?」

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