第20話 祭祀

「入り切らねえんだよ。集まり過ぎちまってな」


 僕たちを抜け、本殿の前に立った羽矢さんは、肩越しに振り向いてそう言った。

 鏡の中で弾ける光が、鏡の中から飛び出してぶつかり、本殿をガタガタと揺らす。


「羽矢……お前、何をやってきた? 外れた格子が当たったぞ。しかも俺の直ぐ近くに回向もいたのに、何故か俺にだけな。矢所になった仕返しかよ?」

「蓮……お前ね……そんな事やる訳ねえだろ。俺はそれ程、執念深くねえぞ」

「何を言ってやがる。執念の塊みてえなもんじゃねえか」

 蓮は、羽矢さんを揶揄うように、ははっと笑う。

「……俺、これでも寺の後継なんだが。僧侶に対してなんて発言だよ」

 羽矢さんは、呆れたように溜息をつき、苦笑した。

 そして羽矢さんは、本殿の中をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「それよりも……」

 羽矢さんの目がちらりと高宮へと向いた。

 大麻おおぬさを持つ高宮の手に、力が籠ったのが分かった。

 そんな高宮を見る羽矢さんは、高宮に告げる。

「導いていいなら……導くが。どうする。俺は祓う事はしない。その道を進んでいる訳じゃないからな」

 羽矢さんのその言葉に、高宮は目を伏せた。


 ……高宮の手が……震えている。


 羽矢さんは、高宮の返事を待っていたが、返りのない事に羽矢さんがまた口を開く。

「お前も言っていたように、仏の道が開かれる以前からあった神への信仰は、祖霊崇拝、氏神信仰……それは民族信仰だ。その地で亡くなった者は、近くの山の頂上から天に昇るとされ、その霊が神聖なものと結びついて氏神となる。祖霊神という訳だ。神と結びついて、神となるって事。まんまじゃねえか」


 山の……頂上。

 他界へと繋がる神域……。


 羽矢さんの話が続いた。


「廃仏毀釈が起こった事もあり、神社の数は増え、神社整理が行われて複数の祭神も一つに合祀……仏だけではなく、神も廃されたという訳だ。仏は祟らないが、神は祟る。そもそも、仏の道に祟るという概念はないからな……」


 羽矢さんの言葉を聞きながら、高宮と対峙した時の事を頭に浮かべた。

 ……そうだ……。

 あの時、羽矢さんはこう言っていた。

『神殺しはしたくないんでね。それこそ祟る。蓮、聞いただろ。奴は、自分を閉じ込めたと言った。『封印』って訳だろ。総代が祓わなかった理由がある』


 そして、当主様に言った、高宮の言葉。

『元々あった神の信仰は、氏神信仰であり、それは祖霊崇拝です。その土地の鎮守も遠方の土地の鎮守と合祀され、参拝が難しくなったのは言うまでもありませんが、合祀された結果、廃された神は祟る……そうは言っても、その姿も現せるものもなく、宿る依代さえないのです』


 呪いの神社。常夜……夜だけの神……。

 だから……入り切れず、集まり過ぎたと……。


 因を調伏して滅せれば……って……こういう事……。


 羽矢さんの言葉が更に続いた。


「穢れを嫌い、祓う事を基とする……か。それを否定するつもりはないが、見えないものが何処に行くかなど分かりはしないんだよな? 分かるとすれば、現象だ。あの山で起きたような、目に見えての現象だよ。その現象が起きない限り、祟りとも呼ぶ事はない。聖王の魂だって、探すとなれば、現象が起きない限り困難だ。人格神でもなければ、その姿など見る事も出来ないんだからな。その為の依代だろう。姿が見えないからこそ、依代となる神体を置くんだからな」

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