第24話 和魂

「神宿りが見られる。本物のな」


 羽矢さんの言葉に、僕の視線は回向へと向いた。 

 本物の神宿り……。

 羽矢さんの言葉に、僕は小さく息を飲んだ。

 蓮は、クスリと静かに笑みを漏らすと、羽矢さんに答える。

「『神宿り』ね……それなら……和魂にきたまって訳だな」

「その通りだ」

 磐座を前にした回向が、こっちを振り向いた。

 蓮の言葉が止まり、僕たちの目線が回向へと向く。

 回向は、何も言わずに直ぐに前へと向き直った。

 回向の向けた目線に、蓮が笑う。

「はは。バレてるぞ、羽矢」

「あいつが気づかないはずもないからな。当然といえば当然だ」

「本当にお前の寝首を掻くつもりだからじゃねえか?」

 蓮は、揶揄うように笑いながらそう言った。

「はは。そうだとしたら、俺を神式で埋葬してくれ」

「寺の跡継ぎが何を言う。閻王が聞いたら怒るぞ」

「逆もまた然り、だろ」

「逆、ね……」

「ああ、逆だ」

 羽矢さんはクスリと笑うと、ゆっくりとした口調で話を始めた。


「どんなに広いところでも、見晴らせる事が出来るなら直ぐに見つけられる。形が違うんだ。その天辺の形がな」


「それは……頂上の形も言っているのか」

「ああ。上からじゃ分かりづらいが、下からなら見えるだろ。まあ……あまり下過ぎても分かりづらいがな。見てみろ、蓮、依」

 羽矢さんが頂上を見上げる。その目線を追って、山を見上げた。

 回向に連れられて来たこの場所は、頂上を見上げる事が出来た。

 それは、この山の斜面が削られたように、隙間が見えたからだ。

 その隙間が、僕たちがいるこの場所に繋がっている。

 削り取られた斜面の土が、僕たちが今いる地を作ったのだと分かった。

「蓮、お前たちが初めにこの山に来たのは、頂上にある依代の確認も言われていたんだよな。だが、お前たちに話した通り、頂上に依代はなかっただろう?」

「ああ、確かにな」

「頭の形……平に見えるか、尖って見えるか、か。見渡す事が出来れば、直ぐに見つける事が出来るって訳ね。ふん……随分と意味深長だな」

「まあ、それだけ生半可な覚悟では対処出来ないって訳だろ」

「覚悟……ね……あいつは答えはしなかったがな」


 羽矢さんは、ニヤリと口を歪めて笑うと、回向に目線を向けて言った。

「なあ……羽矢」

「気づいたか、蓮」

「ああ。神域と下界の端境はざかい……磐座いわくらはその境界だろ。神宿りなら、元々この磐座には和魂が宿っているという事だ。『神降ろし』は済んでいたという事になる。荒魂にしろ、和魂にしろ同じ一つの神だ」

「言っただろ。祀り方次第で大きく意味も変わると。高宮の言葉……あいつの言っている事は、まるで手順を踏む事で証明しているようだ」

「やはり……高宮は……」


 蓮が答えようと口を開いたと殆ど同時に、錫杖の遊環が音を立てた。

 蓮は答えるのを止め、回向と高宮に目線を向けた。

 陽が昇り、差し込んだ朝日が、回向の持つ錫杖に光を注ぐようだった。

 キラリと光を放つ錫杖が、より辺りを明るくさせる。


 ふいに羽矢さんと蓮の言葉が、脳裏をぎった。

『俺は、荒魂を見せる化身の正体を、本来の境地に戻す為に来た』

『釈然としないが、お前を本来の境地に戻してやる。だから……お前が俺たちに協力しろ』


 ……本来の境地。


『逆もまた然り、だろ』


 ……逆。


 磐座に向かう回向の声が流れ始めると、高宮がゆっくりと僕を振り向いた。

 何処となく寂しげにも見える表情だったが、笑みを交えていた。


 蓮が止めた言葉。

 羽矢さんが、回向の動きをじっと見ながらその後を答えた。


「……死んでいるんだよ」

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