第21話 調和

 高宮 右京……彼は宮寺が存在していた時の、宮寺が管理していた神社の宮司であった息子であり、おそらく、水景 回向は、その宮寺にいた僧侶の息子では……。

 そうでなければ、こんな流れで繋がってはこないだろう。

 神仏分離後に修験しゅげん禁止の令まで出され、験者は仏教色を持っていた事もあり、寺院に属する事になったが、廃仏毀釈の影響は験者にとっては二度、道を奪われたと言っていいだろう。


『半俗である事も捨てたのか』


 羽矢さんのあの言葉……。彼はそれでも仏の道に進もうとしていたんだ。

 還俗して神職者になったというのは父親の事……か。それならば、今は何処の神社にいるのだろう。

 元々は僧侶であった父親を見ていた回向が、あんな事を言うなんて……。

 回向が言った言葉が、ずっと頭の中で響いている。

 響く度に、胸が締め付けられる思いだ。


『投げ出された仏の像を目の前に、自らの手で仏の目をけと迫られたら……お前は出来るか? 俺には出来るんだよ』


 反発しているようにも感じた。

 その道を捨てたから、それが出来る……と。

 同時に、自分を試すように、それが出来れば捨てられると、置き換えているようにも思えた。



 起き上がった回向は、羽矢さんから離れると、岩の上に漂い続ける白い玉を見上げた。

 そして、深く息を吸い込み、ゆっくりと呼吸をした後、片手を振り上げた。

 シャリンと金属がぶつかるような軽い音が響く。

 その音に、羽矢さんの表情が変わった。少し驚いたような表情を一瞬だけ見せたが、回向の元へと歩を進めて行く。

 歩を進めながら羽矢さんは、衣の袖を大きく振った。

 羽矢さんの衣の色が、黒に変わる。

「……羽矢さん」

 僕は、そんな羽矢さんの様子を見守っていた。

 蓮の手が、僕の肩にそっと置かれた。

 蓮も羽矢さんをじっと見守っている。

 羽矢さんの手も、空を掴むように振り上げられ、羽矢さんの手に大鎌が握られる。


 ……まるで……。


「……協調しているみたいだな」

 僕が思った事を蓮が口にした。

「はい。本当に……協調しているみたいですね」


 回向の手に握られたのは、錫杖しゃくじょうだった。

 錫杖の音に反応する白い玉が、羽矢さんの元へと降りて来る。

 羽矢さんが大鎌を操り、白い玉を一箇所に集める。指を弾き、使い魔を呼ぶと、大蛇の形を取った使い魔の口が大きく開かれ、白い玉を全て飲み込んだ。


 ……魂が冥府に戻された。


「……お前なら、そうするだろうと思っていた。回向」

 羽矢さんの言葉に、回向がゆっくりと羽矢さんを振り向いた。

 回向は、クスリと静かに笑みを漏らして、羽矢さんに答える。

「……別に。全ての魂が必要な訳でもない、使える魂が決まっているだけだ。それがこの中になかっただけの事。勘違いするな」

「ふん……いつだって止めてやるよ」

「少しでも気を許すなよ、羽矢」

 回向は、羽矢さんの首にそっと触れた。

「お前の寝首くらい、いつでも掻ける」

「それは残念だな、回向。俺……」

 そう言いながら羽矢さんは、回向に体を預けるように倒れた。

「羽矢さん……!」

「羽矢……!」

 僕と蓮は、羽矢さんの元へと駆けつける。

 ……ずっと走り回っていた。冥府から魂が奪われ、取り戻す為にも必死だった。

 疲れた様子など、見せもせずに。


 羽矢さんの体を支える回向は、少し呆れたような顔を見せていた。

 羽矢さんの表情に、安堵が見える。


「眠る暇なんかねえんだよ……」


 そう言った羽矢さんだったが、回向に体を預けたまま目を閉じると、寝息を立て始めた。

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