第四章

第31話

 伯爵家の屋敷より何倍もありそうな豪華な庭園を抜けると、城のような白亜の屋敷が建っていた。

 導かれるまま大きな玄関から中に入る。まず目に飛び込んできたのは、赤絨毯の敷かれた大階段だった。絨毯の両側にはメイドや執事がずらりと整列しており、同じ角度で頭を下げていた。



「お初にお目にかかります、ローズベリー伯爵令嬢。私は家令のコンラッドでございます」



 絶句していた私に声をかけてきたのは、我が家で一番老齢であるセバスと年が近そうな執事だった。動きが一つ一つ洗練されており、それでいて優しそうな人だ。



「はじめまして、今日からお世話になります」



 歓迎的な雰囲気を前に、私は苦笑いにならないようにそっと微笑み返す。

 


 突貫工事で婚約破棄を成立させた私は、気づけばランベルト公爵家に滞在することになっていた。

 わずか数刻前の出来事を思い出して、私は思わず遠い目をしてしまう。



 あの時、元婚約者があんなにもはっきりと言っていたにも関わらず、両親はまだ決断を渋っていた。

 妹がやったことの隠蔽をしていた二人は、妹がどれほど酷い状態だったのかを一番分かっていたのだろう。まあ、ここまでずっと放置してきた彼らの自業自得なので、情をかけてやるつもりは少しもないが。


 とにかく、伯爵家の存続の危機を感じたらしい父は特に気が進まない様子だった。

 イルヴィスはそんな父の考えを知っていたのか、にこやかに"おいしい話"をした。



『ウスター侯とそんな話を?それならランベルト領も負けていないと思うのですが』

『しがらみは確かにありますが、それを補って余る利益があると思いませんか?』

『今日の事、私の方で誤魔化しておきますよ。伯爵家、もうあんまり余裕がないですよね?』

『公爵家からいい管理者を手配しますよ。ふふ、アマリアの生家ですから、これくらい当然ですよ』



 笑顔で畳み掛けるイルヴィスに押され、父は家が乗っ取られるかもしれないことに気付かないまま了承していた。

 いつの間にか用意されていた書類にサインをする父に冷めた視線を送りながら、人はこうやって知らないうちにすべてを失うんだなと考えた。



『婚約も認めていただけましたし、もうアマリアを公爵家に連れて行っても問題ありませんね』



 それに対して、母は意外にも協力的だった。

 暴れようとする妹を言いくるめ、使用人たちに私の荷造りを言い伝えていた。不便だろうから、エマとミラを連れて行くように言われたときは鳥肌が立ってしまった。


 まあ、それは母が隠すように持っていた公爵家の家紋入り小切手を見て治まったが。


 イルヴィスは我が家に余裕がないと言っていたが、それと関係あるのだろうか。そういえば、他の仕事は押し付けてくるくらいなのに、財政関係は頑なに関わらせてくれなかったことを思い出す。


 両親はあんまり浪費しているようには見えなかったし、どこでそんな出費があるのだろう。イルヴィスに聞いてみても、はぐらかされて終わってしまった。



「アマリア、どうかしましたか?体調が良くないのですか?」

「いえ、少し考え事をしていただけです。体調はむしろ今までで一番いいです」



 はっと辺りを見回せば、私はいつの間にか豪華な部屋の前にいた。



「ええ、今日は大変な一日だったでしょう。体調がよいと感じても、疲れは溜まっているはずです。夕食まで時間がありますから、少し休んでください」

「はい、そうさせていただきます。……あの、こちらが私の部屋ですか?」

「また私の話を聞いていませんでしたね。今度は耳元で話しますよ」



 早速近づいて来ようとするイルヴィスから逃げるように扉を開けて、部屋の中に入る。イルヴィスは追いかけて来なかったが、くすくすと楽しそうに笑っていた。



「からかいましたね!?」

「いえ、本気ですよ。今日のところは見逃しますが、次はありませんので」



 部屋は好きにして構わないと言い残し、イルヴィスは扉を閉めた。

 遠ざかる足音にほっとしつつ、改めて部屋を見回した。


 しっかり掃除が行き届いており、伯爵家の客間というか私の部屋よりも広い。

 調度品はどれも落ち着いた色合いで、素材の良さが一目で分かるものばかりである。異様に大きいクローゼットを開けてみれば、すでに何十着と流行りのドレスが入っていた。

 ……私たちが知り合ったのは三日前なはずだが、公爵ともなれば簡単に用意できるのだろう。うん、そうに違いない。



 そっとクローゼットを閉めて、私は中央に置かれている自分の荷物に目をやった。そんなに多くないので、身一つで来たとしても不便はなかっただろうなという考えが過る。



「というかコレ」



 客室っていうより、私のための部屋のような……?

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