第105話「仙道修行終了」

しばらく瞑想修行の日々が続いた。

何も仙人になるまで続けなけれならない訳じゃないけど、何かしらの確信が掴めれれば良いと思う。

そうなれば『禅』の方に立ち戻って、そちらも続けられれば良いかも。


そう思っていたけど、近道を思い付いてしまった。

その方法とは『カタカムナ』。

思い願う所に移転すると聞いている。

移転するのは、無数に存在するパラレルワールドのどこかに意識をシフトするという事。


微妙に異なる世界線に分岐しつつ、無数に存在するパラレルワールド。

そのパラレルワールドのどこかに、自分の思い願う状態になっている世界はある。

『カタカムナ』はその世界に意識をシフトする言霊だ。

相対的に見れば、思い願う世界に変えてしまうという事になる。



「『カタカムナ言霊』って最強チートなんじゃないの?」



『カタカムナ言霊』を使えば、私は既に仙人修行を達成して、何仙姑かせんこと同じ能力を持っている状態になれる。

そうなるには何仙姑かせんこがどういう能力持って、どういう状態なのかを正確に知ってイメージ出来なければならない。



何仙姑かせんこさんは仙人になってどういう能力を身に着けたの?」


「基本的に仏教で言われる『六神通』とそれほど変らないようですね。

 それ以外には物質創造や霧散といった所でしょうか」



『六神通』について何仙姑かせんこは説明をしてくれる。

物質創造や霧散というのは語られずとも想像は付く。

だってあの時、ボートを創ったのを見てるんだから。


『六神通』とは、神足通・天耳通・他心通・宿命通・天眼通・漏尽通の六つ。

何仙姑かせんこは漏尽通をまだ持っていないらしい。


『神足通』は自由自在に自分の思う場所に行き来可能で、

     飛行や水面歩行、壁歩き、すり抜け等可能と言う。

     仏道の場合、精神体でそれらが可能になるけど、

     仙道の場合、自らが創った体で移動したり、

     物を持って来る事が出来るそうだ。

『天耳通』は世界中で特定の声や音を聞き取り、聞き分ける事が出来ると言う。

『他心通』は他人の心や物に込められた想いを読み取る事が出来ると言う。

『宿命通』は過去の出来事、前世を知る事が出来ると言う。

『天眼通』は別名、千里眼とか万里眼と言われるように遠方の出来事を知る事が出来ると言う。



「『漏尽通』ってのは?」


「輪廻を脱するんですよ、神々とて輪廻転生の輪の中から抜け出ていませんし」


「私達神族も輪廻転生するんだ」



物凄く長命だから死ぬ事は無いって勘違いしてたけど、思えば神々だって戦って死ぬ事があったっけ。

神の死はより上位の次元に生まれ変わったり、世界そのものに合一するとも聞いた事がある。

けど、そうなるためには神でさえ修行が必要になる。


その修行がどういう物なのか知らなかった。

けど、何仙姑かせんこの説明を聞いてストンと腑に落ちる物がある。

その修行こそ『漏尽通』を得るための修行で他ならないに違いない。


内容的にはサイキックの場合と大差は無さそうだ。

と言うより、人の出来る事に大差は無いって事かな。



「そっかぁ、そうだったんだ」


「ヒルトさんは何かを悟れたようですね」


「『悟り』という程の物じゃなくて、気が付いたとか、疑問が解決したってレベルだね」


「それは良かったですね」


「いや、いくら良くても、誰得ね、それを誰の得になるんだという誰得」


「誰得ですか」



どんなに素晴らしい物でも、知らなかったり、求めなかったら価値は無いに等しい事になる。


何仙姑かせんこの能力は解ったし、イメージする事が出来るようになった。

ならば修行して同じ様な能力を得るより、能力を持った『私』にシフトすれば良い。



「随分ズッコイ事を気が付いたものですね」


「私は出来る事をしようってだけだよ、うん」



私は在るべき私をイメージしながらカタカムナを唱える。



五首「一二三四五ヒフミヨイ 廻リテ巡ルマワリテメクル 六七八九十ムナヤコト 阿吽ノ術知レアウノスヘシレ 象先カタチサキ


六首「空ニ諸ケ世ソラニモロケセ 故瓊愛ヲユヱヌオヲ 生エ津稲奔ハエツヰネホン 星神奈備カタカムナ


七首「69ノマカタマノ 天御中主神アマノミナカヌシ 高皇産霊神タカミムスヒ 神皇産霊神カムミムスヒ 000ミスマルノタマ


私は時間のかかる修行をカタカムナにて自分の理想とする姿にシフトした。



どうやら体より精神が上位に来ている様な気がする。

これが『霊主体従』って状態なのかな。

私は元々神族だから『神霊主体従』って事になるのかも。


今までは体の具合が精神に影響する事が多かった。

寒かったり、暑かったり、痛かったりで精神が影響を受ける事は多々あった。

今では精神第一といった感じで、意識しないと感じる事は無い。

無痛症とは違うと思うけど、もはや体が危機的状況になる事は無い。


精神の支配下で体は異常を起こす事が無い。

例え体が欠損しても、即座に創り直せば良い。

精神は欠損しないし、ウイルスで病気になる事も無い。



今になって分御霊の創り方が解った気がした。

精神の一部を千切って切り離せば良いだけだ。

それをした所で、精神は決して欠損しない。

但し通信機能を持たせておけば、分御霊の見聞きした事は自動的に私の知る事になる。



……なんだ、思ったより簡単な技だったんだ。



精神修行をして一段上がらなければ知る事も出来なかったね。



何仙姑かせんこさん、終わったよ」


「うん、確かに出来てますね。

 良かったですね、ヒルトさんはこれにて私からの修行は終了です」



何だかなぁ、一足飛びに修行を終了させちゃったから、どんな風に『気』が流れるか、どんな作用があるのか、さっぱり実感が無いし、経験も伴っていない。

ある意味出来過ぎちゃって失敗と言うか。

これがチートの悪い所だね。

経験を積んでこそ解るというプロセスが吹っ飛んじゃう。

まぁ、追々試して確認して行くしか無いよね。




一応観光の旅程は終了したから、後はアース神界に帰るだけだ。



「ヒルトさん、私はまだ貴女の世界に行った事が無いんですよ。

 帰るなら、是非アース神界の観光をさせてもらえませんか?

 修行の教授代として、ね? いいでしょ?」


「わたしもー」



何仙姑かせんことジブリールが、アース神界の観光をしたいと言い出した。



「どうしよう」



二柱ふたりにアース神界に来てもらっても、私は社員寮暮らしだ。

寮にお客さん二柱ふたりが泊まってもらえるとは思えない。

グラズヘイムの街中で宿屋を探すしかないね。


もちろん宿賃は私持ちになる。

仕事復帰は二柱ふたりの観光の後にするしかない。

結構高級な宿じゃ無ければ二柱ふたりに失礼になっちゃうよね。



「私はアース神界最高神オーディン様にも御挨拶したいと思います」


「わたしもー」



豊葦原瑞穂の国じゃ、私も神々に御挨拶して回ったっけ。

なんせ他国の神がやって来て、挨拶も無しにウロウロするのは良くないと思えた。

アース神界に観光に来る何仙姑かせんこやジブリールも立場は同じ事になる。

帰ったら早速謁見願いを提出しなくちゃいけないね。



「じゃぁ、アース神界に行ったら宿を探すから」


「宿? ヒルトさんは何処に住んでたんですか?」


「社員寮」


「なるほど、私達は社員寮に御邪魔出来ませんものね」



帰ったら、ルームメイトのイリーネに亜空間収納の魔石を返さなきゃいけないね。

そのためにも、自分用の亜空間を創れるようにならないと。

何仙姑かせんこは庵の中に別空間を創って、居住スペースを広げている。

私も同じ様にすれば、物置くらいは創れるに違いない。



「ところで異空間を創るにはどうやるの?」


「拡張したい所で『気玉』を時空にめり込ませるんですよ」



現在の時空間に『気玉』は別な時空間として押し退けられる。

別時空となった『気玉』を吸収すれば、押し退けられた時空間は元に戻る。

但し、普通の『気玉』じゃない事は確かなようだ。



「『気玉』にそういう使い方があったんだ」


「次元の概念を知らないと、難しく見えるかもしれません」



つまり、今いる異空間は『気玉』の中で、壁や柱、天井や床、調度品も『気』で創られていたという訳だった。

『気』自体は世界ばかりか、宇宙空間にも充満していると言って良いだろう。

その『気』を物質化出来るとなれば、無際限に創る事が出来る。

そして空間そのものを還元して消し去る事も難しく無いという事でもある。



「うーん、仙道ってのも十分過ぎるほどチートだよ」


「そうでしょう」



私は自分用の収納空間を創って、今まで買い込んで来たお土産品や装備、ボートも仕舞い込んだ。



「では、これからアース神界に行きましょう」


「ちょっと待って、慣れない移転をいきなり使うのは恐いから、移転ステーションに行きましょうよ」



正直まだ全員を伴って移転する力が足りない。

一柱ひとりなら、問題は無いだろうけど。



「そうですね、移転ステーションに行くまで遠いですけど、安全と言えば安全ですし」



そんな訳で私達は崑崙仙界の移転ステーションに向かう事にした。

庵から渓谷を抜け、川沿いを平野部に向かうと民家が増えて来る。

とは言っても、まだまだ農村地帯なんだけどね。


やがて城郭に囲まれた街が見えて来る。

王都のような巨大な都市じゃなく、小ぶりな地方都市といった風合いかな。

この街に仙界の外と通じる門が在るのだと言う。


そして街の一角に移転ステーションがある。



何仙姑かせんこさんの庵は結構奥地に在ったんだ」


「人が多い所に住むより静かで良かったでしょ?」



言われれば確かに静かで自然に触れ合っていたと思う。

仙界の住人でなければ、生活インフラに困ると思う。

でも、この世界を設計したのが八仙だから、桃園とか色々と都合良く出来てるんだろうね。


桃園で思い出したけど、果物の補充もしておかなくちゃ。

帰ったら皆に分ける量が少なくなっちゃうし。


そんな訳で移転ステーションの売店で果物を大量買いをする。


後は料金を払ってアース神界行のホームから移転した。

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