第104話「何仙姑の庵」

再び崑崙仙界にある何仙姑かせんこの庵にやって来た。

前回来たジブリールはver.1の方だから、今回のジブリールと武蔵くんは初めての来訪になる。



「不思議と中が広いですね」


「庵の中は別空間になってるですの」


「仙界自体が別空間なのに、別空間の中の別空間かぁ」



何をどうやっているのか知らないけど、結構複雑な構造だったんだ。

私だけじゃ「広いんだね」としか感想が湧かなかったよ。





着替えて来るから、居間で寛いでいて欲しいと言って何仙姑かせんこは立ち去った。


彼女は崑崙仙界で八仙の一柱ひとりと数えられるほどの有名人だ。

考えてみれば、食いしん坊な女仙って事くらいしか知らない。

決して悪い人じゃないんだけどね。

裏に何かありそうで、もっと彼女の事を知るのは必要かも。


そこで改めて調べてみた。


彼女は広州の たいという人物の娘の、ぴんいんというのが実名らしい。

ぴんいんは渓谷で 鉄拐てっかいらん 采和さいわという女仙に出会い、仙人になる秘訣を教わった。

後に何仙姑かせんこと称されるようになる。

『仙姑』とは女仙の事のようだ。

各種伝説で仙女、道姑どうこ(女道士)、巫女の3つの姿が知られるらしい。



「なるほど、出自は判った」



という事は、何仙姑かせんこと言うのは、ワルキューレヒルトと言っているのと同じゃない。

かといって今更『 ぴんいん』とフルネームで言うと、誰だか判らなくなりそう。



「何で彼女はそういう大事な事を拘らなかったのかな」


「ヒルトさんには苗字は無いですの?」


「人じゃないから、神族には苗字は無いよ。

 豊宇気姫とようけひめ様だって苗字無いでしょ」


「そう言われれば、そうですの」



何かの役職や仕事で呼ばれる名前は沢山増えたりしちゃうんだよね。




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「お待たせしました。

 あ、お茶がもう無いですね、注ぎますね。

 中国茶ですけど、お口に合いましたか?」


「ありがとう、ぴんいんさん」


「どういたしまして」



あれ? 普通に通じちゃったよ。



「あのぅ……、違和感を感じなかったんですか?」


「何の違和感でしょう?」


「今、私は何仙姑かせんこさんの本名でお礼を言ったよね?」


「ああ、そういう事ですか、私は拘らないので、えへへへへ」


……何で拘らないんだよ。



どうにも仙人特有の『おおらかさ』と思うしかないのかな。



「それにしても、本名で呼ばれたのは何百年ぶりでしょうかね」


「何百年ぶりって、あんた、今調べたら何仙姑かせんこと言うのは、ワルキューレヒルトと言っているのと同じゃない」


「そういう事になりますね」


「気にならないんですかぁ?」


「何が?」


……ダメだこりゃ。



思えば豊宇気姫とようけひめ様も、ご自身の分御霊をジブリールって言ってたしなぁ。

どういう認識でいれば、そんなに拘りが無くなるんだろ。

解らないけど、ふと横を見ればジブリールはキョトンとしている。

何か私だけが悩んでるのはバカみたいじゃん。


例えば、軍人の〇〇少佐とか呼ぶのと、名前を呼ぶのは差異は少ない気がする。

仙姑せんこと言うのと、〇〇少佐と言う場合と同じ様な事なのかも。

私の場合、ワルキューレヒルトと言うのも間違っていないだろうけど、違和感があるよ。



「さて、これからヒルトさんの仙道修行になる訳ですが、

 仙道は基本、人間用の修行ですから、神のヒルトさんには、ご自分での工夫をお願いしたいんです」


「そうなんだ。

 まぁ、人間と神族の体の構造が同じとは限らないよね」


「基本的には通用する所は多いのではと思うのですよ」


「なるほど、違う所を何とかすれば良いのかぁ」


「では、こちらをヒルトさんの修行の場としますね」



いつの間にか庵の中に一部屋増えている。

約半畳といった狭い部屋だけど、瞑想が行の中心となるのだから十分だろう。


何仙姑かせんこは化学を応用して解り易く説明をしてくれる。


仙道の修行は簡単に言うと、『呼吸法』と『イメージコントロール』に尽きる。

『呼吸法』は武息という特殊な呼吸法で『気』を体内に集める。

自らの体内を『炉』として『気』を凝縮して煉りに煉って行く。

どの様に『気』を凝縮したり煉るのかと言えば、『イメージコントロール』で行うのだ。


『気』は『プラーナ』とか『マナ』とか『原子』とか言い換えても良いかもしれない。

全ての物体は『原子』の集合体で出来ている。

『電子核』の周りを『陽子』や『中性子』という素粒子が惑星のように軌道を回っている。

『電子核』と『素粒子』の間は99.99%以上の空っぽの空間でスッカスカだ。

にも拘らず『原子』の集合体は『物質』という質量を持つ。


逆に言えば、物質の中には途轍もないエネルギーが内包されている事になる。

1グラムのアルミ、例えば一円玉の中には『E=mc2』によりエネルギーに換算すると、89,875,517,873,682Jジュールのエネルギーとなる。

広島型原子爆弾のエネルギーは約62,800,000,000,000Jジュール

このエネルギー量は、1円玉が持つエネルギー量の約70%だ。


それほどのエネルギーを体内の炉で煮詰めて煉りに煉る。

そうすれば、イメージングで大きさや形を創り出す事が可能になる。

自らが集め、煉った『気』で第二の肉体を創り、第二の不老不死の体とする。

その後、精神体を移動する事で一連の修行は終了だ。



何仙姑かせんこさんは簡単そうに言うけど、とんでもない修行だよ? これ」


「修行が成らなくても、継続していればいずれ私と同じ事が出来るようになりますよ」


「まぁ、私には時間はいくらでもあるからねぇ」



行法とコツを覚えておくのも悪い事じゃ無いと思えた。

『言霊』にしろ『禅』にしろ『仙道』にしろ、今の所、全部入り口にも達していない。

でも概念と行法を知っていると知らないとでは全然違う。



「まずは『気』を感じてみましょう。

 両掌てのひらの間を少し間を開けて……。

 そう、掌に注意を集中してみて下さい。



「どうですか? 温かさを感じますか?」


「うん、感じるね」


「何となく圧力は感じませんか?

 感じなければ、掌から『気』を放出するイメージをして」


「何となくモヤッとした圧力があるかな」


「それが『気』という物です。

 今の行法は『気』を感じるのと『気玉』を創る練習法です」


「このモヤッとした圧力が『気』なんだぁ」



両掌の間に確かに目に見えない何かが在るのが判る。

私は出したり引っ込めたり、両掌を広げて『気玉』を大きくしたりと色々試してみた。



「最後は必ず『気玉』を体内に戻して終わって下さい」



『気玉』をそこらに放り出しておくと、雑霊が寄って来るそうだ。

まぁ、ゴミを捨てるのと同じ事になるのかぁ。

それは倫理的にもマナーとしても気軽に捨てちゃダメだよね。


私は両掌から『気』を出したり引っ込めたり、大きさを変えたりを繰り返してみた。

『気』が在るのは解った。

これをどうするのか知らないけど。



「『気』を思うように流動させる事が出来れば、用法を教えますね」



流動する『気』を人に与えたり、奪ったりする事が可能になると言う。

『気』に病気治癒の想いを乗せて人に注入する事で『気功療法』に発展出来るらしい。

逆に悪想念を乗せて『気』を注入する、あるいは『気玉』を当てる事で人を害する事も出来る様だ。

人から『気』を奪う事で『生命力』や『元気』や『精力』を奪う事も可能なようだ。

つまり、『気枯れ』の状態にしてしまう。



「なるほど、入門あたりの技でもそんなに効果があるんだ」


「そうですよ。

 でも、怨霊なんかの悪想念を吸収するのは止めた方が良いです。

 自分の方が逆に健康を悪くしてしまうますから」


「物には何でも正しい使用法や、間違った使用法があるのと同じなんだね」


「その通りです」



扱う『気』を強めるのが、『煉精化気』という行になる。

これが武息により体内の炉で集めた『気』をドロドロになるまで圧縮して行く。

おぼろなる『気』は『エネルギー』となり、『マグマのような流合体』になって行く。


それを全身に回していく『小周天』という行に持っていく。

『小周天』の際、体内に在る霊的器官のある場所で温養をしていく。

この器官は『チャクラ』と言っても良いのかもしれない。


『小周天』が出来るようになれば、惑星を体に見立てて『大周天』を行う。

ここまで来れば、エネルギーは惑星から得られるから相当な物だし、宇宙規模なら無尽蔵だ。



何仙姑かせんこさんは宇宙からもエネルギーを得てるんだぁ」


「そういう事になりますかね」



とぼけてるけど、それが出来るという事は上級神と変わらないか、それ以上という可能性が考えられる。

神族の私がパワーアップ出来る訳だよね。

パワーアップ出来れば、輜重輸卒しちょうゆそつ部から配置転換させてもらえるかもしれない。

エインヘリヤル福利厚生課担当部署から抜けられるんだ。

そうなればもう、酔いどれ達を相手にする毎日とはおさらば出来るじゃないの。



「よっしゃ、私、頑張っちゃうよ!」



やっぱりリフレッシュ旅行に出たのは正解だった。

良い方々とも知り合えたし、素晴らしい物も知る事が出来た。

しばらくここに留まって修行の目途が付くまで頑張ってみようじゃないの。

ジブリールも修行に付き合ってくれるようだし。



「まず呼吸法を説明しますね」



何仙姑かせんこは本格的指導を始めた。

呼吸法は『キラキラと光る清浄なる気』をイメージしながら鼻で大きく吸い込む。

次に呼吸を止め『気』を伴う空気は喉、心臓、丹田へとイメージしながら下ろす。

その後、体内からイメージする残留物を口から吐き出す。

このサイクルを繰り返すのが『武息』という呼吸法だ。


『武息』に慣れたら、『丹田』にたまった『気』を体内で回す小周天行に移行する。

小周天は前から回し、背骨を沿って上に上げ頭頂から顔へ口に来て一周するイメージだ。

但し『気』の通り道は口で切れている。

だから舌を上顎に付ける事で導線を渡す。

下りた『気』は呼吸で新たに取り入れた『気』と共に『丹田』まで下ろし、炉と看做しどんどん貯めて行く。

このサイクルを繰り返すのが『小周天行』になる。



「魔術では自らの体を神殿と看做し、精神をその神体と為すと言うのがあるけど、仙道では炉とするのかぁ」



体内には霊的なエネルギーの蛇口のような物がある。

これが『チャクラ』と呼ばれ、七ヶ所在る。


第1チャクラ (ムーラダーラ)

生殖器と肛門の間、会陰部にあり、副腎や骨、骨格、精力に影響する。


第2チャクラ (スワーディシュターナ)

丹田 (へそ下約10cm)にあり、生殖器や膀胱に影響する。

情緒のバランスや、動じない心、勇気などに関連している。


第3チャクラ (マニプーラ)

へそとみぞおちの間にあり、消化器系や筋肉に関係する。


第4チャクラ (アナーハタ)

ハートチャクラと呼ばれ、両胸の間にあり、心の有り様に関係する。

気持ちを伝える事に有効だ。


第5チャクラ (ヴィシュッダ)

喉仏の下にあり、喉のチャクラと呼ばれ、交渉力を高める事に関係する。


第6チャクラ (アージュニャー)

眉間の間に位置し、目や神経系、直感、感覚、知恵などに関係する。

別名「第3の目」とも呼ばれ、「ビジョン」を象徴し、霊視はここを使われる。


第7チャクラ (サハスラーラ)

頭の頂点にありクラウンチャクラと言われ、脳や霊性、直感や宇宙意識に関係する。


頭頂の更に上に実は八つ目のソウルスターチャクラがあるそうだ。

神々より上位の宇宙意識と繋がると言われている。


小周天は『気』を凝縮しながら、各チャクラ部分を温養して行く。

温養する事で各チャクラの活性化を目指すらしい。




「瞑想は目を開けて行う方がより効果的ですよ」


「目を瞑らないんだ」



目を開けて瞑想する事で、現実とイメージの境目を取り払うのに効果が高くなると言う。



「うーん、現実と妄想の区別を付かなくさせるんだぁ」



現実と妄想の区別が付かないなんて、まるで精神病に誘われる様なアドバイスだね。

修行法の中には、夢と現実の垣根を取り払うものもある。

眠っていても、夢を夢と自覚して明晰夢をコントロール下に置く。

そういう難行に比べれば、目を開けてイメージングする瞑想はやり易いかも。


妄想と現寿逸の区別が付かなくなる精神病と、イメージングと現実の区別を失くす修行は結果が違う。

手を使わずして現実世界に影響を及ぼせるようになる。

所謂いわゆるサイキックの修行法でもあるようだ。

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