第102話「キムンカムイ」

私達はクマを観るために登別のクマ牧場に来た。

ここは温泉があるようで結構旅館が多い。

https://bearpark.jp/



「アイヤー、クマってこんなに大きいんですか」


「本州のツキノワグマより大きいそうですよ」



資料を見ると、オスの成獣で体長2.5~3.0mで体重は250~500kg程度。

メスは一回り小さく、体長1.8~2.5mで体重は100~300kgほどだと書かれている。

グリズリー事、ハイイログマもヒグマの一種。


最大を見積もっても、約3mというのは巨大だね。

それほどの熊でも、サーカスでバイクに乗って走る姿は可愛いと思う。

ここ、クマ牧場で哺乳瓶を持ってミルクを飲む子熊がキュートで可愛い。



「ああいうのパンダと似てるの」


「まぁ、パンダもクマの内だろうし」


「アイヤー、違いますよぅ、パンダはパンダなんです!」



何仙姑かせんこはそう力説するけど、調べてみれば、やっぱりクマなんだよね。それにしても、何で笹ばかり食べるようになっちゃったんだろ。

あの白と黒の模様もアレなんだけど。


クマはハチミツを取って食べるように、割と手を使う。

かといって指のある動物より器用じゃない。

でも、腕の一撃で鮭を捕ったりもするんだよね。



「こうして観てるとペットに欲しくなっちゃうね」


「あんなに大きな猛獣を飼うなんて危険ですよ」


「ヒルト様、木彫りのお土産で我慢してください」



ジブリールに言われてお土産を買う事にした。

何たってここで木彫りの熊を買わないのは無いね。

私は自分用に小ぶりの黒熊と白熊の置物も買った。

他には同僚や上司用にそこそこの立派そうな木彫りを買う。


売店の横ではアイヌのおじさんが木彫りの熊を彫っている。

でも、本当はアイヌの格好をしたアルバイトの人らしい。


アイヌの伝承で、神の恵みに感謝するイヨマンテという祭りがあったという。

祭りの意味は、山の神が食料となる熊の神『キムンカムイ』として遣わしてくれた。

また来年も遣わして下さいという願いを込めて熊の魂『キムンカムイ』をお返しするという。



「熊の魂をキムンカムイとして神に帰すのかぁ。

 私達の世界でも熊の精霊『オツォ』がいたなぁ」


「『オツォ』ですか」


「同じ様なものかな」


「どうせだから、山のカムイにもご挨拶して行こうか」


「それは良いですね」



私達は山のカムイに会うために、聖地神居古潭かむいこたんに向かう事にした。

神居古潭かむいこたんは北海道旭川市にある地区の事。

また、この地区を流れる石狩川の急流を望む景勝地の名称のようだ。

だけど最近では心霊スポットとして有名らしい。



「石狩川といえば鮭だねぇ」


「その鮭を熊は獲って食べたんですよね?」


「たぶんそうだね」



石狩川ばかりじゃなくても、奥地の他の川でも鮭の遡上はあるに違いない。

きっと今でも熊は季節になると川に来るんだろう。



「石狩川と来れば、石狩鍋ですね」









昔、この地方が泥沼であったそうで、アイヌ語で神居古潭かむいこたんと言ったらしい。

そして魔神のかしらニッネカムイがいたと言う伝承がある。

魔神に因んだニッネカムイ覆道という道が通る所に大きな岩が見えた。

この巨岩は上川アイヌの英雄神サマイクルの刀で切り離された魔神ニッネカムイの首と胴体だそうだ。

https://www.daisetsu-kamikawa-ainu.jp/story/kamuikotan/



「山のカムイには神社は無いんだ」


「そりゃそうですよ、民族神話の系統が違うのですから」



天神地祇の分類で考えれば『地祇』になるだろうけど。

もっと深く掘り下げれば、国土造成の神々の系譜になるかもしれない。

山の神は、山が御神体となっているのかな。

上川アイヌの聖地『チノミシリ』が嵐山で、神々の遊ぶ庭『カムイミンタラ』を大雪山とされている。



「本州でも山を御神体とする神は多いから、珍しい話じゃないね」



一番有名なのは、富士山を御神体とする『木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様』だ。

歴史的にも、アイヌ民族や琉球民族が倭政権に融合した歴史は浅い。

そんな経緯から『カムイ』には神社が無いんだね。


私達は聖地『チノミシリ』事、嵐山に行ってみる事にした。

明治期に開拓使が視察した際に、京都の嵐山に似ている事から名づけたとされている旭川八景の一つだという。



「あまり高い山じゃないねぇ」


「嵐山展望台から旭川を一望出来るようですよ」


「ここでチノミシリカムイに声を掛けられるかな」



アイヌ語なんて知らないから、私は神聖ルーンで呼びかけてみた。



「Vennligst kom til Chinomisa Mui (チノミシリカムイおいでませ)」




現れたのはアイヌ装束の小柄な老人だった。

どうやら神聖ルーンでも通じた様だ。



「儂を呼んだのは其方そなたであるか?

 ほぅ、外国の方々もおるのぉ」


「観光で来たから、ご挨拶をと思いまして」


「それは殊勝な心掛けですな。

 最近の若い奴は礼儀が無くて困っておりましたじゃ」



チノミシリカムイは寂しそうに今の現状を説明してくれた。

昔のように祀る者達がいなくなったため、神格や力を落としていると言う。

観光地化してからは、経緯を持たない者達がやって来てゴミを捨てるそうだ。

そんな訳で今は細々と土地神として存在しているだけという有様なのだと涙をこぼす。



「それは無念ですね。

 私ではお力になれませんけど、お供えくらいなら」



収納から神酒ネクタルとアムブロシア、ソーマ酒や桃園のフルーツ各種を御裾分けした。



「おお、これはかたじけない。

 御返礼として加護を与えるにも力が無くてすまんの」


「そういえば、昔、イヨマンテのお祭りがあったって聞いたんですが」


其方そなたは『キムンカムイ』が欲しいのかな?」


「生活に余裕が出来ればそういうペットも良いかなと」



お土産に買った白と黒の木彫りを取り出して熊の可愛さを力説してみた。

アース神界にも野生のオオカミはいるし、フェンリルなんて怪物もいる。

熊の精霊『オツォ』が番犬代わりなら、きっと心強いに違いない。



其方そなたは熊が好きなのだな。

 大事にしてくれるなら、その木彫りを依り代にしてクマの魂キムンカムイを譲っても良いぞ。

 久しぶりの供物の礼だ、むしろ儂からの礼として受け取って欲しいのじゃ」



今ではクマを里に送り出す事が躊躇う状態らしい。

確かに嵐山の麓には旭川の街が広がっている。

そんな街中に熊が出没したら、危険動物として狩猟の対象になってしまう。

アイヌの住民じゃない旭川の人達は、イヨマンテの祭りなんか行わない。

クマの魂はキムンカムイとして山の神の下に帰る事が出来ないのだ。



「ヒルト様、こんな大型動物をどうやって飼うつもりなんです?」


「あうぅ……」


「衝動と勢いで頂いても、後が大変になるですよ」



武蔵くんやジブリールの言う事は正論だ。

国に帰っても、社員寮住まいの私には手に余るよね。



「ならば必要な時まで、依り代の中でクマの魂キムンカムイに寝ていて貰えばどうであろうな?」


「長く置いたら気を悪くしないですかね?」


「儂から良く言い聞かせておくから大丈夫じゃ」



どうやら意思疎通は出来る様だ。

この辺りはチャンディードゥルガー様の神獣ドゥンと同じだね。

私が頂いたら、私の神獣って事になるのかな。



「なら下さい、出来れば白熊も」


「欲の深い奴じゃの」


「エヘヘヘ」



私はヒグマと白熊の霊を貰う事が出来た。

呼び出すまでは依り代の中で眠っていてもらうしかないんだけどね。

どちらも私の神獣『キムンカムイ』という事になる。

後で名前を考えてあげなくちゃ。


それにしても、ヒグマと白熊は顔が明らかに違うんだね。

成獣ともなれば、白熊の方が少し小さいようだ。


地上最強の猛獣と言われている白熊は、ホッキョクグマともいって北極圏に生息している。

ここではかき氷の事じゃ無い。

いかに北極圏と言っても南極と違って夏は氷が解けて、餌を求めて南下する事もある。

中にはたまに流氷に乗って流れ着く事もあるらしい。

この白熊はそういう霊で、偶然見つけた山の神チノミシリカムイが保護していたと言う。



「どっちも可愛い~」



私達は思わず抱きしめちゃう。

子熊形態のヒグマと白熊は子犬とそれほど変わらない。



「これで豊葦原瑞穂の国を南から縦断しちゃった訳だね」



後は再び訪れようと思えば、何時でも目標地点を認識出来る。



「ヒルトさん、まだ私の所で修行して行く気があります?」


「そう言われれば、そうだった」



今回の旅で、私の力不足が嫌と言うほど突き付けられた。

力のある方と一緒なら安全だったかもしれないけど、このままじゃ私は仲間の誰も助けられない。

下級神だからと諦めてばかりというのも情けない。

私の強化という事に何仙姑かせんこさんは協力してくれると言うんだよね。

ならば、ここは是非お願いしたい所だ。



何仙姑かせんこさん、お願いします」


「では一度私の庵に戻りましょう。

 ヒルトさんは全員を連れて移転をお願い出来ます?」


「あー、それはチョット無理そう」



一柱ひとりなら移転は出来なくもない。

けど、全員ともなると、やり方が解らないんだよね。

これが貰った能力と、自力で得た能力の差だね。



「しょうがないですね、では皆さん、私の竜に」


何仙姑かせんこさん、ヒルトさんの修行が終わるまで私は依り代の中で休もうかと思うのですが」


「僕もそうしたいよ思います」



丸藻まるもと武蔵くんは休みが欲しくなったようだ。

2柱ふたりはそれぞれの依り代に入って行ってしまった。

依り代って携帯用の個室って所なのかな。

違うかもしれないけど、そこの所はよく解らない。


ジブリールには依り代が無いけど大丈夫かな。



「私は大丈夫ですの。

 何仙姑かせんこさんの仙道って、どういうものか見たいです」


「では龍に乗るのは、私も含めて3柱さんにんになりますね」


「お願いします」


「解りました」



私達は竜に乗って一路、崑崙仙界にある何仙姑かせんこの庵に向かう事にした。



「では、あ!」



何かに気付いた何仙姑かせんこは出発を止める。



「今思い出しました。

 ヒルトさん、この国で『禅』という精神修養を体験したくないですか?」


「『禅』ですかぁ」

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