第99話「諏訪大社」

私達は諏訪大社のある地へやって来た。

一口に諏訪大社と言っても、一つの神社を指してる訳じゃないのは伊勢神宮と同じ。

長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社を総称して諏訪大社って言うんだね。

http://suwataisha.or.jp/


諏訪大社の御祭神は建御名方神たけみなかたのかみ様と、神妃の八坂刀売神やさかとめのかみ様、ミシャグジ様が祀られている。

ぶっちゃけると、武御雷神たけみかづちのかみ様に敗れた大国主命の子、建御名方神たけみなかたのかみ様が落ち延びて祀られたのが諏訪大社となる。

これで国津神は天津神に、ほぼ皆国譲りを終えた事になる。


実際、何かしらの争いはあったんだろうけど、隠されて伝えられている。

権力争いに勝ったり負けたりするのは、洋の東西や時代を問わず変わる事は無い。

どこの神界の神々も、争いや戦いの時代を経て来てるんだから。

国津神だの、天津神だの分けているけど、元々根本は同じ系統なんだよね。



「ミシャグジ様って何者?」


「ミシャグジ様は古くは縄文時代より、人々から崇められている精霊というか、神であるようですね」



特に諏訪地方の信仰形態が有名だが、ミシャグジ信仰自体は東日本全体に広まっており、それぞれの地方で神性や信仰されているらしい。

蛇神とされた事から「御赤蛇ミシャグジ」とする説もあるのだとか。



「蛇神なんだぁ」



聖書なんかじゃサタンとか言われてる。

そんな誹謗中傷は蛇神にとっては、いい迷惑だろうけど。

アステカにも翼のある蛇神、ケツアルコアトルだっているんだから。

白蛇は神の使いとも言われてるし。


文化的に『じゃの目』や、神事の『茅の輪くぐり』は蛇神に由来している。

一説では相撲の『土俵』もじゃの目を現しているそうだ。

ホルスの目ならぬ、蛇神の目がじゃの目だね。


そもそも相撲自体、神事が根底にある。

国譲りの際の、武御雷神たけみかづちのかみ様と建御名方神たけみなかたのかみ様の闘いにも由来がある。

その古代格闘技が相撲のルーツとなっている。


日本人は龍神のDNAを継ぐ者だから、蛇神とも相性は良いだろうし。

皇尊すめらみことが万世一系の血筋を殊更拘るのは、このDNAを絶やさないためだ。

それが他国の王族の有様ありようとは違う所。



「ひょっとしてヨルムンガンドとミシャグジ様は同類とか?」


「さあ? それはどうなんでしょうね」



ヨルムンガンドは世界を一周出来るほど巨大な海蛇だから、大きさが違い過ぎるか。

蛇同士、同種なんだろうけど。



ここでは七年に一度、諏訪大社で御柱祭という祭りが行われるという。

時には死人まで出るほど勇壮な祭りだそうで、奇祭として有名だ。

https://www.youtube.com/watch?v=folekrKs-pE

【令和4年御柱祭プロモーション動画】


寒い冬には諏訪湖に御神渡りが出来ると言う。

諏訪湖が全面結氷すると、南の岸から北の岸へかけて氷が裂けて、高さ30cmから1m80cm位の氷の山脈が出来るそうだ。

これは諏訪神社上社の建御名方命が、下社の八坂刀売命の下へ通った道筋なんだとか。

諏訪市の無形民俗文化財に指定されている古来八剣神社の特殊神事で、御渡りが出来ると宮司と氏子総代、古役、小和田各区長等約60名が、氷の亀裂を拝観し、その年の農作物、社会情勢の吉凶、気候雨量等を占い、結果を公表するらしい。

https://www.youtube.com/watch?v=8fl4Q3jkYaY

【諏訪湖の御神渡り】



「ここが諏訪湖ですね」


「ハリハラ終焉の地かぁ、湖に穴が開くんじゃないんだ」


「何か言いました?」


「別に」



諏訪湖が割れて異界への大穴が開くミシャグチ御社口は創作のようだ。


一通り観光を終え、いよいよ諏訪大社にご挨拶に向かう事にした。

上社本宮拝殿の前でいつも通り声を掛ける。



「ごめんくださーい」


「はい、どちら様で?」



巫女姿の従者と共に対応に現れたのは、神妃の八坂刀売神やさかとめのかみ様だね。

略すとトメさんかな。

そんな呼び方をしたら失礼だろうけど。



「この国を観光できたヒルトです。ご挨拶に伺いました」


「まあまあ、貴女は随分と護られているのですね」



トメさんは私達一行を眺めると溜息をついた。

まあ、全国あちこちで神々にご挨拶して来たからね。

その分、守護されてるんだろうなぁと思ってた。


お陰で道中、不成仏霊とか、変なのに関わる事は少なかっただろう。

こちらから首を突っ込まなければ、関わる事は無い。

一々祓いながら歩き回る事も無かったのが楽だった。

ん? 浮遊霊なんかあちこちにいっぱいいるよ?



本殿の奥に案内され、建御名方神たけみなかたのかみ様にも歓待される。



「遠路はるばるお疲れさまでしたな」

「北欧の方が来られるのは珍しいですね」


「神界でこの国は観光地として人気なんですよ、それで私も」



そんな雑談をしていると、やがて宴席に案内された。

やっぱり、ここの方達も国外の話を聞きたいんだ。




ここでもお二方にアース神界の話や旅の話で酒宴は盛り上がる。

いつも通りのパターンだけど、良い気持になっている所で雰囲気がおかしくなり始める。


建御名方神たけみなかたのかみ様は酒癖が悪いのか、座った目で絡み始めた。



「ヒルトさんとやら、あんたには目的意識が無いんだな、それじゃ駄目だ」


「え? リフレッシュ旅行してるのに何で目的意識が必要なの?」



確かに何仙姑かせんこはグルメ旅行が目的だけど、私にはそんな目的は無い。



「そんなだから神々に知らず知らずの内に導かれているのだ。

 何仙姑かせんこさん、其方もその思惑の一人であろう」


「え? 何仙姑かせんこさんが?」



今まで横でニコニコしていた何仙姑かせんこの雰囲気が急変した。



「困りますね建御名方神たけみなかたのかみ様」


「私が導かれてる? どこに? ひょっとして皆グルだったの?」


「まだ因果は育っていませんよ、だから今は知ろうとしなくても大丈夫。

 気付ければ、一段上に上がる扉が開くでしょう。


 そもそも建御名方神たけみなかたのかみは口が軽いから、ここに封じられているのですよ。

 何か天神に思う所があるんですか?」


「違う、我は天神に怒りを持ち続けているが叛意は既に無い」


「なら下手に綻びを作らない事です」


「おいおい、二柱ふたりは何を話してるの?」



ふと見ればジブリールver.2は目を閉じて我関せずと言わんばかり静かに料理を味わっている。

キョドッているのは私と武蔵くんだけだ。

単なる食いしん坊だと思っていた何仙姑かせんこが急に不審者に見えて来た。

何だろう、知らず知らずの内に何かに巻き込まれてる?



「まあまあ、貴方、楽しくしている酒宴の席で無粋ですよ?」


「う、あ、ああ、すまなんだ、今のは忘れてくれ」



困ったねぇ、「忘れてくれ」って言葉はいつまでも心に残るワードなんだよね。



「話は変わりますが、この地で有名なラーメン屋って何処があります?」


「この地はラーメンより蕎麦の方が有名ですよ」



うーん、皆して話題逸らしに掛ったか。


トメさんは信州蕎麦の美味しさをアピールし始めた。

そもそも蕎麦は米や麦の育ち難い地で植えられる事の多い雑穀の一種。

穀物の中では一段ランクが落ちるらしい。


でもこの時代、コメの品種改良が進んで、割と寒い地位でも育てる事が出来るようになってきた。

そうういう理由で蕎麦の生産量は減ってきている。

需要と供給の関係で生産量の少ない蕎麦の方が、高級食材とまでは行かないまでも値段が高いそうだ。



「うーん、みんな穀物の生産に情熱を傾けてるんだねぇ」


「ヒルトさんの地元ではどうだったんです?」


「ジャガイモが主流かな」


「どうせなら、当社で蕎麦を打って進ぜましょうかね」



トメさんが従者に指示を出し始めた。

やがて従者から蕎麦の実をいくつか受け取り、私達にレクチャーし始める。

私達に解り易いように手打ちを実演をしてくれるそうだ。



「この三角形の実が蕎麦の実なんですよ」



蕎麦の実は昔ながらに石臼で挽き砕かれて粉にされるそうだ。

いまだに石臼を使うのは、熱を持たせずに挽けるのが利点らしい。

この際、殻も一緒に挽くのか挽かないのかで蕎麦の色が変わる。



「こうして潰すと、中の実が白いのが判るでしょう?」



本来実の色が白いから、打たれた蕎麦は当然白い麵になる。

但し、時間を置くと蕎麦は酸化して黒っぽくなるのだと言う。

蕎麦を打つ際に、口当たりがボソボソしないように小麦粉を繋ぎに入れ、細く切る。

二割の小麦粉を入れたのが二八蕎麦と呼ばれるそうだ。



「へぇー、麺の文化って奥が深いんですねぇ」



こちらの文化圏の人達は何でも麺にしちゃうんだ。

私の知ってる蕎麦粉の料理はガレット位しか知らないけど。

小麦は苦労しなくても、どんな形にでも出来る。

でも米や大豆だって麺にしちゃうんだよね。


食文化は民族の歴史と言っても間違いない。

どうやって食物を得て生き長らえ、子孫を残してきたかが形として残されてるんだよね。

メシマズで有名なイングランドにしても、どうしてそうなったのかが今の形となっている。


蕎麦粉に少しづつ水が足され、鉢の中でどんどん捏ねられていく。

その手際は見事としか言い様が無い。

やがて捏ねられた蕎麦の球は麵棒で延ばされていく。



「何で延ばされて四角になって行くんです?」


「ふふふ、それは技ですね」


「技ですかぁ」



程良く伸ばされた蕎麦は折り畳まれて、中華包丁のような蕎麦切り包丁でリズム良く切られ、麺の形になって行く。

拉麺のように引っ張るのも芸術的だと思ったけど、均等に素早く刻んで行くのも凄いとしか言い様が無い。



「うわぁ、こんなに面倒臭そうな作業を、良く平気でこなしますねぇ」


「その手間が蕎麦を料理として昇華させるのですよ」



ひとえに蕎麦と言っても、更科蕎麦・田舎蕎麦・十割蕎麦・二八蕎麦・茶蕎麦と色々あるらしい。

汁も醤油ベースの物以外で辛い大根の汁で食べる方法もあるのだとか。

やがて出来上がった蕎麦を色々な形式で食べてみた。

殻が入っていないこの麺は、うっすらと緑色をして綺麗だ。


簾の上に盛られた蕎麦を汁にディップしてつけ麺のように食べてみたり。

暖かい汁に浸された蕎麦を食べてみたり。

捏ねて団子状にした蕎麦掻という物を食べてみたり。



「味が淡白だから、天麩羅が付くと美味しさが一段上がりますねぇ」


「そうですね、油が美味しい」



それでも油の総量が少ないから、ヘルシーであるのは確かだろうと思えた。

栄養素が健康的にも良い食材らしい。



「うーん、私の国神界はどうしてこんな風に美食を追求しなかったのかな、

 私の国神界に、この世界の料理を持ち込めば、どれもこれも受けると思うんだけどなぁ」



この国は、私の国神界でも評判の観光地に挙げられる訳だ。



私達は蕎麦を堪能した後、次の観光地に向かう事にした。

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