第97話「裏で蠢く者の最後」

「彼女達は一体何者なの?」

「敵に回すと危ない商売敵ですぜ」

「こんな除霊、俺は見た事無い」



ヒルト達の戦いを結界の中で見ているしかない霊能者リゲル・アルゴル達。

あんな立ち回りは映画か何かでしか知らなかったから、生の戦いの迫力に息を飲む。



「明らかに銃刀法違反ですね」

「バカッ、今こんな時にどうでもいい冗談なんか言ってるな」


「あれは、彼女は本当にワルキューレ戦乙女に違いない」

「そうだな、俺にもそう見える」

「もう一人は昔の中国の仙女みたいだな」

「みたいじゃなくて、本当に仙女なんだろう」

「そうなると、あの子たちは?」

「よくわからん、けど、きっとチビッ子神様かもしれん」

「まあ、そうだな」


「私達は神様にあの怨霊から助けて頂いているのですね」

「ありがたや、ありがたや」

「せめてお名前を聞いておけば良かった」

「早苗さんは彼女達が誰なのか、まだ聞いてなかったんですか」



結界内で護られた見物人達は、この小さな集落の住人達しかいない。

今護られているのは数十人といった所が、この事件の目撃者になっている。

あまりにも現実離れした出来事に、集落以外の世間で信じられる者はいないかも知れない。









怨霊を全て削り終えた私達は、あちらの世界、霊界の時空間に亀裂から飛び込んだ。

裏で怨霊を操った悪霊に挑むためだ。

そのあまりの大きさに、これまた苦労する事になるだろうね。

大きさと言うより、存在のでかさと言うべきか。

ここ霊界では、質量云々は意味を成さないからだ。


なぜ意味を成さないかと言うと、想念を量る物が無いという事。

想念には質量も距離も大きさも限度も果ても無い。

無くても物質世界のように感じるのは、そのように想念で感じているからに過ぎない。


想念を生じている者の実態は『我』で、情報が集まったものでもある。

私達の戦いはいつでも、その情報の切り取りと消滅なのだ。

それが現象世界でどのように観えてもだ。


悪霊も私達の存在ともいえる情報を奪いに来ている。

互いに奪われないようにしながら敵から奪う。

それが想念の世界での闘いだ。


現象世界でも、同じ法則は通用する。

例えば、誰かの意見を無視や言葉で否定する事で、相手の想念は削られる。

逆に言葉を受け入れない、または通じなければ、理解出来ないから想念は削られようも無い。

受け入れた方が良いと判断したなら、受け入れれば良いだけの事。

だから『人は元々見たい物を見て、聞きたい物を聞く』それだけ人の数ほど想念の世界も含めて世界は存在する。



「さて、二回戦目突入だねぇ」


「私達はお前の全てを消し去ってやるんです」



おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

  おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

       おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ



「私が最初に大きな攻撃で削ってあげるです」



ジブリールver.2が再び言霊を唱え始める。


「かたかむな ひひき まのすへし あしあとうあん うつしまつる

そはおちたりし きうしないちりとなりけり のこるわはあはれなる」



発動した言霊は螺旋を描きながら、空間に拡大して行くのが見えた。

拡大した言葉は振動を持って、悪霊の体の半分以上を塵に変え霧散させてしまう。

まだまだ先の怨霊より大きいけど、小さくなった分、多少楽になった気がするよ。



「うおぉぉ、今度のジブリールは凄いね」


豊宇気姫とようけひめ様の御力を、そのまま使えているようですね」


「上級神の力を使える天使かぁ、下級神の私じゃ敵わないよ」



多分先のジブリールも潜在的に使えたのかもしれない。

何処かで記憶を失って、中東で大天使に数えられていたから仕方なかったのかも。


ver.2は先のジブリールの双子の妹って事になるのかな。

うーん、むしろ豊宇気姫とようけひめ様の分御霊第二弾の方が正解か。


私に自分自身を顧みる。


自分にも使える有効な神聖ルーンはあるかな。

考えてみても上級神の使う様なものは私には無理か。

今はヘパイストス製のオリハルコン神剣で戦うしかない。



「あ! 神剣の使い方で一つ思い付いた」


「何を思い付いたんです?」


「剣を高く掲げて『オリハルコーン』って叫んでみるとか」


「しょうもない事を思い付いたんですね。

 でも、私が力を貸せば何か起こるかもしれませんよ?」


「あたしも力を貸すです」


「僕も」


「みんな、ありがとう、何はともあれ、駄目元で試してみるのも悪くないかも」



良いんだよ、どうせバカな事は承知してるんだから。


私は神剣を両手で高く掲げる。

何仙姑かせんこ、ジブリールver.2、武蔵くんは私の体に手を当てる。

半信半疑の丸藻まるもは傍観に回るようだ。



「オーリーハールコーンー!」



三柱さんにんのエネルギーが私の体内を巡って神剣に集まって行く。

私達の想いのエネルギーは、破邪の光となって浄化の嵐が巻き起こり始めた。


増大する一方である浄化の嵐は、じきに臨界を迎える事になる。

爆炎となってこの悪霊のいる時空間を、炎の浄化で消滅させていく。

周りに人がいると使えない大技が誕生した。


神ヘパイストスによる神のための神剣は、この技にもダメージは無い。

さすがだね。



「へぇ、やってみるもんだねぇ」


「私はヒルトさんの体内を流れる力道のサポートもしていたんですよ」


何仙姑かせんこさんのお陰でもあったんだね、ありがとう」



『気』制御の達人、仙女の何仙姑かせんこに助けてもらってやっと出来る技なんだぁ。

無理も無いね、私一柱ひとりで出来る事じゃ無い。

上級神ともなれば、一柱ひとりで出来るんだろうけど。









霊界の一部、一つの時空間、この場合『ワールド』と言った方がしっくり来るかな。

『ワールド』が消滅したため、私達は先に開けた亀裂から現象世界に吐き出された。

この時、消えゆく邪霊の残滓から色々と情報を拾う事が出来た。


私達は早苗さんを始め、集落の人達に勝利を宣言する。



「皆さん、戦いは終わりました」

「もう安心して暮らせますよ」


「あ、あの怨霊や悪霊に勝利したんですか」

「こちらからは凄い光が見えただけで、何がどうなったのか判らんかった」

「きっと貴女達は女神様に違いない! 俺はそう思う」

「お助け有難う御座いました」

「ワルキューレ! ワルキューレ! ワルキューレ!」

「仙女様! 仙女様! 仙女様!」

「子供神様、最高でしたー!」

「本物の女神様を始めてお会いした!」



住民達の歓喜の声に迎えられ、残滓から得られた事の顛末を説明する事にした。


一見ラミアに見えた怨霊は蛇神ではない事。

先祖が土地の禁忌に触れた恨みで、子孫末代まで追い掛けて来て祟るつもりだった事。

そればかりか怨霊は霊界で更なる悪霊に取り憑かれ力を増していた事。

怨霊の障りでご家族の体調や人格がおかしくなったけど、次第に回復していく事。



「そんなに恐ろしい化け物だったんですか」

「もし、鈴山田さん家が絶えたら、次にこの集落も危なかったという事ですか?」

「本当にありがとうございました」

「良かったな、早苗さん」

「ええ、ええ、ええ、本当に」



落ち着いた集落の皆は、結界の後片付けを手伝い始めた。


見渡せば、似非霊能者リゲル・アルゴルと弟子達は、隠れるように逃亡の準備を始めている。

無力を晒したアルゴルは、早苗さんに高額の除霊代金を請求しないだろう。

そもそもお経と盛り塩で何とかなるのは、小者の雑霊くらいしかいないだろうに。

今後も阿漕あこぎな事をしているのを見つけたら、神罰を落としてやるけど。



「あのぅ、女神様方、怨霊討伐の御礼として、ささやかな宴を開きたいと思っているのですが」


「ぜひ私共の感謝をお受けください」



住人達は口々に感謝を表そうとやって来る。

でも私達はこれから横須賀に向かいたいんだよね。



「皆さんのお気持ちだけ頂きますね」


「私達には行かねばならない所が有るのですよ」



何仙姑かせんこの行きたい所はラーメン屋だろうけど。

移動用の竜を出してもらう。


私達は手を振りながら、竜の背に跨って上空に駆け昇り、横須賀に向け出発する。

これぞヒーローの正しい立ち去り方だね、うん。



「女神様方が竜神に乗っておられる」



予想外の出来事が連続したため、住民達は開いた口が塞がらない。



「本物の女神様方をどうやってお祀りしたら良いんでしょうね」


「皆の家にある神棚で良いのかな」


「どこの神社で御札を貰えば良いんだ?」


「そういえば、女神様方のお名前は?」


「しまった! 誰か聞いた者はいないか?」


ワルキューレ戦乙女伝説だ!」


「お前なぁ、仙女様や子供神様もいただろうが」



私達は名も知らぬ女神達という伝説を残してしまったようだ。

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