第41話 修行
デスゲーム開始 12日目
本格的にリョウタのトレーニングが始まる日。
カルラの正拳により、昨日は食事を取ることができなかった。とんでもない一撃だった。直(じか)に戦ったからこそ、リョウタはカルラの強さを再認識した。
カルラだけが食事している席で彼女はこう言った。
「空手は一撃必殺。でもそれは的確に急所を狙わないと出来ない。人体の急所は正中線にあるの。目・人中・顎・喉・鳩尾・金的が代表的ね。あとは側頭部・後頭部・心臓・肝臓・腎臓も一撃で倒せる」
リョウタはその言葉を頭に叩き込んだ。
夜が明けた12日目、腹部の痛みはかなり緩和された。
【自己治癒】のおかげだ。まだリョウタは能力を自分で制御できない。寝ている間に発動し、傷を癒している状態だ。
ペースト状の食事を取った後、カルラに師事する。
「まずは柔軟ね」
立ったまま指先を地面に伸ばしていくカルラ。
なんなく手のひらを地面にくっつけた。
リョウタもやってみるが、指先は地面から20センチは離れている。
次にカルラは足を開脚して腰を落としていく。
なんと両足が180度に開き、リョウタは驚いた。
やってみるが、120度開くので精一杯。
柔軟運動は1時間近くに及んだ。
カルラの身体は新体操選手のように柔らかい。
強い格闘技者は柔軟を重視する。怪我の予防だけではなく、打撃のバリエーションのためだ。例えばハイキックを撃つには、柔軟な股関節がないと無理だ。
そこからランニングを20キロ。
湖の周りを走っていく。
5キロでリョウタに限界が訪れたが、歩こうとするたびにカルラの蹴りが尻に入れられた。ヨロヨロになりながら、なんとか完走する。
酸欠で頭がボーッとする。
足がガクガクして立っているのも億劫だ。
だがカルラは容赦しない。そこから筋トレを命じられた。
腕立て・腹筋・背筋・スクワットを50回、3セットずつ。
今のリョウタには20回が限界。だが、回数を減らされることは無い。カルラも同じメニューをやっていたが、休むことなく平気で終わらせていた。
止めどなく汗が流れる。全身の筋肉が悲鳴を上げている。リョウタの表情が苦悶に歪む。だが、時間は掛かったがリョウタはやり遂げた。全ては「強くなる」ために。
「少し休憩しましょ」
カルラのその言葉で糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
もともとリョウタは運動神経が悪く、体力も低かったので本格的な運動はやってこなかった。初めての高負荷な運動。運動初心者にはきつ過ぎるメニューではあるが。
(まさか、30歳になって身体を鍛え始めるとはな…)
空を見上げながら、そんなことを思っていたリョウタに大きめのプラスチックでできたカップが手渡される。中身は白く濁った水。
「…なに、これ?」
「プロテイン入りの水よ。ミルクで割るのがいいんだけど、そんなモンないし。筋トレした直後に飲むと、筋肉がつきやすいから飲んで」
筋トレ後のルーティンが決まった瞬間だった。
そこから2時間は昼寝の時間となった。
起きた頃には既に筋肉痛が始まっている。
痛みでフラフラしているリョウタにカルラが告げた。
「次が最後のトレーニングよ」
「まだやるの!?」
「強くなりたいんでしょ。最後は技を教える」
「!! え、技はまだ早いって…」
「今教えるのは一つだけ。正拳突きよ。…見ていて」
そう言うと、カルラは肩幅に足を開き、膝を少し曲げて腰を落とした。顎を引き、左手をスッと前に出す。右手は腰の下にあり、拳は上を向いている。
「フッ!」
一閃。
ドシュッ!と空気を切り裂き、正拳突きが繰り出された。
(なんだろう。なんか、凄く、綺麗だ…)
極限まで無駄を削り取った一撃は美しかった。
「さ、やってみて」
促され、見様見真似で構えをとり、空中に撃ち込んでみる。
が、空気を切り裂く音なんて発生せず、あまつさえ体勢を崩してしまう。
「全ッ然ダメ。ほら、続ける」
(くそッ!)
正拳を撃ち込むごとに絶え間ない筋肉痛が襲って来る。
痛みに耐えながら繰り出すが、弱弱しいままだ。
「リョウタ、手を意識しすぎ」
「え?でも、パンチだから当然じゃ…」
「違う。意識すべきは腰よ。『腰を入れる』。全ての打撃の基礎であり極意。それに、突きとパンチは違うわ。突きは相手を貫くイメージ。相手の真後ろ目掛けて撃つ。イメージは重要よ。常に相手を想定して」
カルラがもう一度正拳を空中に撃ち込み、また切り裂く音が鳴る。
その姿をリョウタは観察して目に焼き付ける。
(! 確かに腰が回転している!)
「腰を意識して相手をイメージする。さあ、もう一度よ」
「分かった。重要なのは腰…。相手をイメージして…」
ブツブツと自分に言い聞かせるようにして、再度構えを取る。
『相手をイメージ』とともに頭に浮かんできたのは一条だった。これにはリョウタ自身が驚く。アイをイメージすると思っていたのに。
目の前の一条の幻影に向かって正拳を繰り出し続けた。
何百回の試行の末に、ようやくパシュッと小さく空気を切り裂く音が聞こえた。
翌朝、今度はカルラが驚いた。
「嘘でしょ。筋肉痛がほとんど治っているの!?今日は動けないと思っていたのに…」
「いや、本当なんだ。俺の【自己治癒】がだんだん強くなっているみたいだな」
「その能力、こんな使い道があるのね…」
「どういうこと?」
カルラは得意げに話し始めた。
「分からない?なら教えてあげる。筋肉痛は超回復でもあるの。破壊された筋肉は前よりも頑強になる。普通の人間なら最低でも4日は必要とする。でもリョウタ、アンタは違う」
「…! 【自己治癒】が超回復を早めてくれているのかッ!」
「そういうこと。その結果、体力や筋力の向上も速い。普通では考えられないくらいに」
カルラの言葉はリョウタの闘志を燃やした。
トレーニングをひたすら反復する。
積み上げたモノこそが人を成長させる。揺るぎない土台となるのだ。
その日からトレーニングが1つ追加された。タオルを巻いた木に正拳突きを撃ち込むメニューが。初回は100本だったが、リョウタの2つの拳の皮はずり剥け、血に染まった。
だが翌日には皮が再生されていた。
こうして2週間が経過した。
リョウタは全てのトレーニングをこなせるようになり、両拳の人差し指と中指の付け根の部分が肥大化した。
ある日、なんの脈絡も無くタブレットからクラシック音楽が流れてきた。
その画面にはこう書かれていた。
【明日の12時 市街地のタワービルに集合。サードミッションを開催する】
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