第110話 はるか海の彼方を想う
プロ入りしてレギュラーシーズン29試合目の登板でようやく二度目の失点。
リリーフピッチャーでもとんでもない記録だが、直史は基本先発である。
これまでの被打点は二つともホームラン。
直史からヒットを連打して得点を取るのは、事実上不可能ではないのかと思わせるものであった。
だが、これは同時にこうも思わせた。
佐藤直史相手には、全てホームラン狙いのフルスイングで勝負した方がいいのではないか。
極端な話だが、統計的にはそれが正しくなっているあたり、直史というピッチャーの異質さが良く分かるものである。
甲子園で今季初失点を喫した直史は、次の登板に合わせて東京に戻ってくる。
チーム自体はこれから広島へ行き、そこで三連戦をし、東京に戻ってくるのだ。
直史はここのところ、海の向こうのMLBの情報もチェックしている。
もっともチェックするまでもなく、連日連夜一般のスポーツニュースで放送されているのだが。
大介がものすごい勢いで、MLBでホームランを量産している。
マイナーではなく、メジャーにおいてだ。
打てるだろうなとは思っていたが、予想以上に打っている。
とりあえず160km/hオーバーの速球は簡単に打っているし、ムービング系にも全く問題なく対処している。
日本時代に上杉や武史相手にそれ以上のスピードを打っているのだから、それは打てても不思議ではない。
そして変化球の方も打っている。
直史も自分のピッチングの参考にした、技巧派ピッチャーのウエインライトから、しっかりと点を取っているらしい。
確かに今の直史の方が、全盛期ウエインライトよりも、ピッチングのバリエーションは広い。
そもそもジャイロボールを使えるピッチャーはほとんどいない。
そして直史ほどの精度で投げられるピッチャーは、一人もいない。
この大介の圧倒的な成績は、しかし直史にとっては安心できるものであった。
もしも大介が平均レベルの活躍しか出来ないのだとしたら、MLBのトップレベルのバッティング力はとんでもないものになるということだ。
なんだかんだ言って大介を抑えている直史であるが、大介が二人もいるようなチーム相手には、はっきり言って投げたくない。
データ収集をしてくれるのは、瑞希の他にセイバーもである。
直史としては正直、セイバーが大介をメトロズに入れるのは意外であった。
セイバーは直史を、アナハイム・ガーディアンズに入れるつもりだと言っていた。
実際にアナハイムに関する資料などを集めてくれたり、当地の情報を伝えてくれている。
だがアナハイムはアメリカン・リーグなのだ。
それも西地区のチームであり、大介のナショナル・リーグ東地区とは、レギュラーシーズンではほとんど対戦の機会がない。
もっともそれだけに、ワールドシリーズまで勝ち進めば、盛り上がることは間違いないだろうが。
単純に二人の対決の機会を多くするなら、同じナ・リーグの東地区か、そうでなくともナ・リーグにするべきだったろう。
アナハイムはいい場所であるが、たとえばセイバーがかつて所属したボストンなどは、リーグは違うが同じ東海岸のチームだ。
ア・リーグの西海岸のチームであれば、対決する可能性はかなり低くなる。
ただでさえピッチャーとバッターの対決は、ピッチャーのローテがあるので、なかなか同じ相手とは対戦しにくい。
直史などはまだ二年目であるが、交流戦で対戦していないチームも、パ・リーグには当然存在するのだ。
(大介は最初は気づかないかもしれないけど、あいつらがいるなら気づくはずなんだけどな)
疑問には思うが、そこは発想の転換かもしれない。
つまり、あえてワールドシリーズに進んで対決させるための、モチベーション作りである。
野球はチームスポーツだから、一人のスーパースターがいても勝てない。
特に昨今のMLBは、投手分業制が確立している。
打線の援護がなければ、ピッチャーに勝ち星はつかない。
また打線の援護がそこそこあっても、リリーフ陣が弱ければやはり負ける。
年間で10勝前後しかしていなくても、個人の数値でサイ・ヤング賞には選ばれる。
数値でしっかり評価をするのは、確かに本来の評価と言えるのだろう。
だが日本のプロ野球に慣れた人間には、なんだかおかしな感じもするのだ。
ピッチャーに比べれば、まだバッターの方は分かりやすい。
打率はやや価値が低下しているが、出塁率に長打率、そしてホームランあたりが評価の基準になる。
ただ盗塁の数が、どういう評価をされるのか微妙だ。
大介の契約の内容については、普通に全て公開されている。
その中のインセンティブについては、ホームラン、出塁率、OPSについては言及されていたが、打率や打点の数値評価はなかった。
ただ賞やタイトルをとれば、それなりにまたインセンティブがつく。
とりあえず大介は、ショートを守っている限りは、今年のシルバースラッガー賞は間違いないだろう。
シルバースラッガー賞は日本には類似の賞がない。
ポジションごとのナンバーワン打者賞とでも言えばいいのか。
打率やOPSなどの総合的な打力を、監督やコーチが投票する。
ショートは基本的に、守備的な選手が守るポジションだ。
そんなショートを守っているくせに、他の全ての打者の上にいる大介は、はっきり言って存在自体が異常である。
それでもショートは、今年は大介が選ばれるのだろう。
だいたい三割30本も打っていれば、ショートならばまず選ばれる。
直史としては、自分がアナハイムに入ったことで、どれだけの勝ち星を増やせるかが関心となる。
問題はしっかりと七回までを抑えられるか。
ただそれでも後ろのリリーフが打たれれば、試合に勝つことは出来ない。
個人としてはWHIPなどが大きな要素を占めるらしいが、勝たなければポストシーズンには行けないし、ワールドシリーズに出なければほとんど大介との対戦も不可能だ。
アナハイムに行くということは、ポストシーズンでワールドシリーズに進まない限り、大介とはせいぜい年に、一試合程度しか対戦しないことになる。
直史はこのことに対して、瑞希にも話してみた。
瑞希もまた、直史の記録を取るために、MLBのリーグ制などは調べている。
そこでちゃんと、気づいていることは気づいている。
直史と大介の対決は、レギュラーシーズンではあまり発生しないであろう。
セイバーの知っているつながりから考えれば、大介はボストンに入れるべきではなかったのか。
そうすればリーグは同じになるので、まだしも対戦の機会が増える。
最も対戦を多くしたいのなら、ア・リーグのボストンとニューヨークに二人を入れるべきであった。
それならば同じリーグの同地区で、対決する試合は多くなるはずなのだ。
ただこれらは、全て対戦機会だけを考えた話だ。
いくら二人が共に強力な選手であっても、チーム側がほしがらなければ意味がない。
直史と大介のサラリーが多くなるような契約を結べるチームが、この二つであったということなのだろうか。
「ボストンもラッキーズもお金持ち球団であることは間違いないけど、それでもサラリーの上限はあるから」
瑞希も少しずつではあるが、セイバーに依存せずにデータを集め始めている。
三年間の海外生活というのは、本来が保守的な性質の瑞希としては、大変なものになる。
だがもちろん直史を単身赴任させるつもりはないし、向こうでしっかり真琴を育てる覚悟もしている。
ただ人と人とのつながりというなら、ニューヨークなどの東海岸の方が、知り合いは多くなる。
もっともそれは、ツインズやイリヤからとのつながりになるが。
MLBとNPBは選手の育成やトレード、FAに関する常識が大きく異なるため、チーム力を正確に測定することが難しい。
これは日本でも同じかもしれないが、選手一人が抜けただけでも、かなりチーム力は低下したりする。
rWARなどという指標もあって、どれぐらい選手が試合の勝利に貢献しているかというものなのだが、ものすごいスーパースターであっても、チームの中では限られている、としか評価されない。
ただ、それはあくまでも、現在の常識的な基準による。
直史が100球以内の完投をMLBでも出来るなら、その価値は大きく変化する。
なにしろ単純に、確実に勝ってくれる選手であるというだけではなく、リリーフ陣を休ませることも出来るからだ。
先発ピッチャーが投げられるイニングは、毎年減っていっている。
その中に普通に完投をしてしまうピッチャーが行けば、いったいどういう評価をされるのか。
直史は基本的に、パワーでピッチングをしない。
彼の必要とするパワーは、コントロールするためのものだ。
MAX152km/hとしても、そこまで投げることはめったにない。
ただストレートは、チェンジアップを投げない時は、それなりにスピードが出る。
セイバーも言っていたことだ。
ピッチャーのストレートの質というのは、平均からどれだけ逸脱しているか、ということだと。
コントロールの良さなどとは別に、そういうものがある。
球速でははるかに優るピッチャーであっても、直史の方が多くの三振を取れる。
そしてジャストミートされることが少ない。
スピン量が多かったり、もしくは逆に少なかったり。
あとはスピン軸のこともある。
ジャイロボールなどを投げていると、減速が少なくて打ちにくい球になる。
もちろんあくまでも錯覚なのだが、沈むくせに伸びてくるという球なのだ。
MLBの様子も見ていたが、海のこちらのことも確認しなければいけないだろう。
レックスは現在、カップスとの三連戦。
まだピッチャーのローテの調整に、少し時間がかかっている。
現在は直史が四戦四勝だが、このカードは古沢、武史、金原という先発になっている。
もう少し調整したら、直史と武史がカード三連戦の頭に投げてくることになる。
対戦する他のチームのエースを、叩き潰そうとする順番だ。
次の直史の先発では、樋口も復帰してくる。
フェニックスとの対戦で、果たしてどれだけのパフォーマンスが出せるか。
岸和田には気の毒だが、やはり考えるのをキャッチャーに任せてしまえるのは楽でいい。
今季二度目の、広島との三連戦。
前のカードでは三戦全勝して終えている。
だがこの初戦では、レックスが負けていた。
先発の古沢の調子が悪く、立ち上がりで三点を取られている。
そしてそこからビハインド展開で、星がマウンドに登る。
星のピッチャーとしての有利な点は、肩の仕上がるのに時間がかからないことと、豊富なスタミナにある。
正確にはスタミナと言うよりは、下半身で投げるため、肩や肘にあまり負荷がかからないのだが。
なんだかんだと毎年、先発に次ぐぐらいのイニングは食う星。
登板数も先発よりは多い。
こうやって負けてる試合でも、勢いを止めてくれる存在のピッチャーは、本当に貴重だ。
ただこんなタイプのピッチャーを、よくも取ろうと思ったものだな、とも思うが。
星とも長い付き合いになったものだ。
負けてる試合でも投げやりにならないメンタルは、ピッチャーとしては必要なものだろう。
エースとしての矜持などはこれっぽっちも持たないだろう。
だがチームがシーズンを通じて戦っていくためには、こういうピッチャーがいてくれないと困るのだ。
レックスも必死で追いかけたが、カップスもさらに追加点を取り、逆転することは出来なかった。
ただ気持ちよく快勝というわけでもないので、明日の第二戦も勢いで勝つようなことは出来ないだろう。
そして明日の先発は、レックスは武史である。
武史も今季、四戦目の先発となる。
これまでに三試合を投げていて、全て完投勝利。
そして奪った奪三振の数は、圧倒的に直史よりも多い。
直史も三振を取れないピッチャーではないのだが、どうしても球数を減らすことを考えると、三振のための組み立ては球数がかかるのだ。
この点は単純にストレートの球威だけで三振が取れる、武史とは違うところである。
もっとも直史も条件が整えば、普通に三振はたくさん取れる。
武史がいなければ投手五冠を制し、完全なタイトル独占となっていた。
ホームランは試合を爆発させる、野球の華。
だが三振を奪っていくのも、どんどんと相手の戦意を刈り取り、味方の士気を上げるのだ。
単純にアウトカウントを増やすだけではなく、流れを変えるためのピッチング。
それが三振を奪うというものだ。
直史の場合は、試合の流れを変えたりはしない。
ただひたすら、流れも勢いもつけさせない。
そのために味方の援護も少なくなるが、そもそも一点を取ってしまえば、それでほとんど試合を決めてしまう。
上杉の時のような、双方がパーフェクトのままの引き分けなどはありえないのだ。
レックスは現在、14勝6敗。
完全にスタートダッシュは成功した形になっている。
ライガースは大介が抜けたものの、全般的にはやはりまだ強い。
リーグ二位であり、その後にフェニックスが迫っている。
スターズが上杉が抜けたことで、完全にチームが崩壊してしまった。
同じく崩壊しているはずのタイタンズは、新外国人の加入で、まだしもマシと言えようか。
完全に一強と思われたレックスだが、それでもそれなりにライガースも追いかけてきている。
「今年で終わりだからなあ」
試合後の振り返りなどを見てから、テレビを消す。
既におねむの真琴は眠っているが、瑞希も色々と作業をしている。
事務所で働きながら育児もして、さらに色々と原稿にも取り掛かっている。
それは大変なのも当たり前だろう。
来年の、アメリカでの生活。
約束を果たすためのものだが、果たして生活がちゃんと適応出来るのか。
直史としてはそのあたり、いささか自信がないのであった。
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