第59話
時が止まったわけではないが。
そんな術でもあれば、このような形になっただろう。
つまりは全員固まったわけだが。
どうすんだよこの空気、という感じでラビーニャと目配せなどしつつ、視線は自然とペコに向く。
思い出したように顔を赤くし、やはり涙を滲ませつつ、肩を振るわせてペコが叫ぶ。
「そ、そんなわけないっす! 言いがかりっす! キッシュは魔王に操られてるっす!」
と、半泣きになって掴みかかろうとするペコを押さえつける。
「暴れんなって」
「だってぇ!?」
そちらは無視してラビーニャが尋ねる。
「どういう事かしら? そんな事はなかったと思うのだけど」
相部屋のラビーニャとしては、不可解に思うのも無理はない。
「吾輩はグルメなのである。鼻と舌には自信があるのである。ここまで酷くはなかったであるが、ラビーニャが気付いてないだけで、前からほんとり臭っていたのである」
「……まぁ、そう言われるとそんな気もしますわね。てっきり安宿の臭いなのだと思ってましたけど」
「うああああああああ! 殺せっす! いっそ殺して欲しいっす!」
散々魔王だなんだと騒いだ後である。流石に恥ずかしくなったのか、ペコが頭を抱えてもんどりうつ。
「てか、気づいてたなら言ってやれよ」
哀れになってライズも言うが。
「ペコだって女の子である。そんな事、簡単には言えないのである。それに、その頃はここまで酷くはなかったのである」
「酷いってなんすか酷いって!?」
「具体的に聞きたいのであるか?」
真顔で聞かれてペコは涙目になるが。
「ライズさん! キッシュがイジメるっす!」
知らんがなという気分である。
「ともかく、前から足クサの素養はあったって事か」
「才能みたいに言わないで欲しいっす!?」
「そうみたいですわね。それが、なんらかの理由で覚醒したと」
「覚醒ってなんすか覚醒って!?」
「旅を始めてからこうなったのである。そこに何かヒントがあるはずなのである」
「本気で泣くっすよ! 言っとくっすけど、自分のマジ泣きはこんなもんじゃないっすからね!?」
と、無視されて、いよいよ泣きそうになって言ってくる。
「うるせぇな。お前の足クサどうにかする為にみんなで真面目に考えてんだろ」
「そうですわ。無駄に騒いでないで、あなたも真面目に考えなさいな」
「足は臭いし眠いしで吾輩達も大変なのである」
夜も更けて、気を使う余裕もなくなって口々に言う。
だからと言ってペコもどうしたという感じだろうが。
「う、う、う、うああああああああああ!」
と、ついには癇癪を起し、ばたばたと地面に転がって激しく手足を振り回す。
無視してライズ達は足クサ会議を続けたが。
まぁ、駄々をこねている自覚はあったのだろう。暫く泣き叫ぶと、晴れやかな顔で輪に入ってきた。
「気は済んだが?」
「スッキリしたっす」
と、足クサを受け入れる覚悟も出来たのか。
「で、どんな感じっすか?」
今度は物怖じせずに聞いてくる。
「まとめるとだな。元々足クサの素養があった所に歩きの旅だ。ブーツは蒸れるし、前みたいに風呂屋で綺麗にってわけにもいかない。で、段々足クサが進化して――」
「ボン、ですわ」
爆発を表すようにラビーニャが胸元で手を広げる。
「まぁ、そんな所っすよね」
足クサの理由などいくつもあるものではない。
「それで、どうしたらよくなるか相談してたのである」
「なんか良い案あるっすか?」
「まぁ、案なら幾つか出たんだが――」
石鹸でよく足を洗うとか、ブーツをやめるとか、当たり前のような事だ。石鹸を使うと泡を流すのに余計に水が必要なのでライズの負担が増えるのだが、足を流すくらいなら残り湯で事足りる。今履いているペコのブーツはライズの選んだ特別製で、内側に装甲が仕込んである。基本的には攻撃は防具に頼らず避けるか防げと教えており、ライズと同じようにペコも軽装なのだが、足元は攻防の要なのでそのようなものを履かせている。なので、足が臭いからという理由で脱がせる気にはならない。
「あとはまぁ、手っ取り早く臭い消しを使うとかだな」
冒険者に限らず、この手の悩みは旅をする者について回る。悩む者が多ければ、当然商売にしようという者も現れるわけで、それなりに大きな街なら、足クサに効く臭い消しを扱っている店は多い。
それを教えてやると、ペコは心底ホッとした様子だが。
目の前の問題が片付けば、今度は別の問題が気になったらしい。
「……次の街に着くまでは、みんなに迷惑かけちゃうっすね」
茶化すような苦笑いは、ブサイクな泣き顔よりも不似合いだったが。
ライバーホルンを旅立ったばかりである。行き先も特には決めていないが、次に街と呼べるような場所につくのは、しばらく先になるだろう。
いっそ駄々をこねてくれれば返す言葉もあったのだが。
少々吹っ飛んだ所はあるが、それでも根っこは何処にでもいる普通の村娘である――多分だが――泣いて喚いて茶化してみても、足クサというのは中々に厳しい問題なのだろう。
(どうにかしてやりたいとは思うがよ)
と、例によって感じる必要もない責任を感じる。
まぁ、思うだけで特に名案もないのだが――
「――ぁ」
思い出して言葉が漏れる。
どうして忘れていたのか我ながら呆れるが、思い返せば、後生だから忘れて欲しいと言われからだ。
(そういえば、そんな事もあったよな)
と、思い出してしまったからには、懐かしさに苦く笑うのだが。
「どうしたんすか?」
はたから見れば不審なだけなので、当然のようにペコが聞いてきた。
すっかり油断していたので、ライズは頭に浮かんだ通りに答えたわけだが。
「いや、前にクレ――」
言いかけた言葉を慌てて飲み込む。
この話は絶対に他言無用だと約束していた。
「前に、どうしたんすか?」
キョトンとしてペコが聞いてくる。
「いや、その、なんだ……」
別に言った所でバレやしないのだが、これで中々義理堅いライズである。仲間の秘密をバラすのは憚られた。
「……この顔は、性懲りもなく昔の女達を思い出している顔ですわね」
例によってあっさりと顔色を読んでラビーニャが言ってくる。
「なんであるか? もしかして、あの三人の中にも足クサがいたのであるか?」
と、普段はおとぼけのキッシュまでもが、よりにもよって言い当てて来る。
「ばっ――」
ばか、そんな事あるわけないだろ! と下手くそな否定をする間もなく。
「そうなんすか!? あんな綺麗なねーちゃん達でも足クサになる事あるんすか!?」
と、救いを見つけたとでも言うように、目を輝かせてペコが聞いてくる。
そんな顔をされては違うとも言えず、かといってまさかあの清楚なクレッセンが足クサで心底悩んでいたとも言えず、追い詰められた心地で頭を抱える。
足クサを苦にして宿に引きこもったクレッセンの為にみんなで臭い消しを探して回った時の話をしたいのだが、クレッセンがとは言いづらい。
代わりに浮かんだのは、頑固で意地っ張りな銀髪の剣士と、捻くれたように見せて案外気遣い屋の弓使いだった。
その二人を天秤にかける――のもどうかと思うが、他に手もなく。そうしてしまえば以前のように、なし崩しで気遣い屋が貧乏くじを引くはめになるのだが。
(すまん、ユリシー)
と、内心で詫びつつ。
「実はその、ユリシーの奴がそうだったんだが――」
†
「へっきち!」
「なにさ、可愛いクシャミじゃない」
ライバーホルンの某所。
恋人達が甘い一夜を過ごす、高級な宿の一室にて。
男前な女魔術士がハスキーボイスでからかうと、自分の体温で暖めるように、小さな恋人の裸の肩をそっと抱き寄せた。
「おいで。肩が冷えたんだろ」
「別に、平気だし」
言いながら、弓使いの少女は抵抗もせずに女魔術士の大きな胸に身を寄せた。
「でなきゃ、誰かが噂してるかだ」
「例えばライズとか?」
悪戯っぽく少女が笑うと、女魔術士の柔らかな身体がぎこちなく強張る。
「呆れた。あいつの事、まだ気にしてるの?」
「そんなんじゃ――」
否定しかけて、どうせ見抜かれると思い直す。
「まぁね。あたしは女だし、あいつみたいに優しくは――」
言葉の途中で唇を奪われる。小さな舌に、怒ったように口の中を責められ、乱暴に上を取られる。
「代わりじゃないって言ってるじゃん」
馬乗りになって、少女は真剣な顔で言ってくるが。
女魔術士は受け止めきれず、そっと視線を横に流した。
「でも、忘れてもいないだろ?」
「そうだよ。だから、忘れさせてよ」
頭を掴み、無理やり目線を合わせると、弓使いの少女は悪びれもなく言ってくる。
(……惚れた弱みだな)
と、誰にともなく肩をすくめて。
(こんな子を置いていくなんて、あんたは大馬鹿野郎だよ)
その事に感謝をするつもりもないが。
「望む所だ」
燃え上がる情熱に身を任せて、女魔術士は少女を組み倒した。
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