第30話

「で、なにを買うんだ?」


 黒瓜亭を出た後。適当に通りを歩きつつペコに聞く。


「服っす!」


 答えるペコは意味もなく楽し気だ――いつだって意味なく楽しそうな奴ではあるが。


「スケベスライムに溶かされちゃったんで、これしかないっす」


 と、いつも着ているのと同じような――いつも着ている服だから当たり前だが――村娘くさい服をつまんでみせる。


「それはいいが、俺は女の服なんかわかんねぇぞ。てか、服を買うならラビーニャに頼んだ方がよかったんじゃないか?」


 洒落者を自称するだけあり、ラビーニャは冒険者の割には衣装持ちだった。例の踊り子風の服がお気に入りらしいが、他の恰好を目にする事も多い。派手な格好しか見た事がないが、確かにお洒落ではあった。


「ラビーニャに頼んだらうるさそうじゃないっすか。お金も取られそうっす。自分は一人で服屋に入りたくないだけで、ファッションチェックして欲しいわけじゃないっす」

「ならキッシュでいいだろうが」

「キッシュじゃ店員さんに話しかけられた時に頼りないっす」


 確かに、言われるがまま必要のない服を買ってしまいそうなタイプではある。


「……まぁ、気持ちは分かるが、俺だって服屋は得意じゃないぞ」


 しがない冒険者のライズである。衣類はかさばるし、洒落た服を選んだ所ですぐ汚れる上に、魔物くらいしか見せる相手もいない。特にこだわりもないので、似たような数着を着まわしている。服屋など、それこそダメにしてしまった時に渋々行くぐらいだ。


「大丈夫っす。自分が店員さんに話しかけられて困ってたら適当に父親面して追い払ってくれればいっす」

「親父って歳じゃねぇし、そこは普通彼氏面とかだろ」

「なんすか。じゃあ彼氏面してくれるんすか」


 立ち止まり、ジト目で睨んでくる。


「……兄貴面で勘弁してくれ」


 降参のポーズを取ると、ペコは不満そうに溜息をつくが、不意に思いなしたように笑ってみせた。


「それもいいっすね! お兄ちゃんって呼んでいっすか?」

「……そういうプレイは金払ってしかるべき場所でだろ?」


 先ほどの仕返しのつもりで言うと、ペコは口を尖らせた。


「いーじゃないっすか! 自分はライズさんの命の恩人っすよ!」


 昨日の事を言っているのだろうが。


「それを言うならお互い様だ」


 加えて、ペコの命を救ったのは一度や二度ではない。数えてなどいないが、二桁は余裕でいっている。


「で、どこに向かってるんだ」

「ここっす」


 適当に歩いていると思っていたが、そういうわけでもなかったらしい。

 ぴたりと足を止めて、通りの向かいの路面店を指さす。


「……マジで言ってんのか?」


 思わず呻いた。


 ガルシア&ドリス、通称G&Dと呼ばれる有名ブランド店である。と、服などまるで興味のないライズでも知っている程度には名の知れた店だった。


 貴族や金持ち、洒落者の一流冒険者のようなセレブの御用達で、雪月花でとある貴族の催した舞踏会の警備をした際、女達がドレスを仕立てたので知っていた――元貴族の御令嬢であるシフリルの見栄に他の二人が引きずられた形である。


 ライズは貸衣装で済ませたが。冗談にしても笑えないような額を取られ、それについて皮肉を言ったら一週間ほど口を聞いて貰えなかった事を覚えている。


「村にいた頃からの夢だったっす」


 うっとりと、夢見るように遠い目をしてペコは言う。


「いや、気持ちは分からんでもないが、お前の小遣いじゃ靴下くらいしか買えないと思うぞ」


 白蛇亭に鞍替えし、一流冒険者の仲間入りを果たしたあの頃でさえ、この店の商品は冷や汗の滲むような値段だった。文字通り桁が違う。


「冷やかすだけっす。ちょっと覗いて適当に試着したら普通の店に行くっす」

「はぁ?」


 不可解な行動に眉をひそめる。


「いーじゃないっすか! いつか村のみんなに自慢したいんすよ!」


 ペコは柄でもない事を照れるように口を尖らせた。思い出作りという事らしい。そんなその辺の女子のような感性を持っていた事に驚きつつ。


「まぁ、べつに良いけど。向こうのガードマン、めちゃくちゃこっち警戒してんぞ」


 大きな一枚板のショーウィンドウが並ぶ店先には、黒服の大男が後ろに手を組んで直立していた。ヤクザの同類にしか見えない藪睨みの目は、先ほどからじっとりとこちらに向けられている。


「気にしたら負けっす! さぁライズさん! レッツらゴーっす!」


 気楽に言うと、ペコは大股で通りを渡る。

 渋々後を追うと、案の定ガードマンが前を塞いだ。


「なにか御用ですか」


 慇懃だが温もりのない声は、明らかに引き返せと脅している。


(まぁ、そうなるよな)


 泣く子も黙る高級店である。どこの馬の骨かも知れない貧乏冒険者を歓迎する理由はない。


(言い訳の一つも考えてあるんだろうな?)


 開き直って、ライズはペコの出方を伺った。

 ペコは困ったような上目遣いをガードマンに向けると、ちらりとこちらに視線を振って言った。


「お兄ちゃんがお腹壊して今にも漏らしそうなんす! おトイレ貸して欲しいっす!」

「はぁ!?」


(この野郎! なんつう嘘を!?)


 ぎょっとしていると、ガードマンが怪しむように顔色を伺ってくる。迷いはしたが、違うと言うのもマヌケな話である。と、容易く納得出来たわけではないが――見えない位置からペコに脇腹を突かれて、仕方なく話を合わせた。


「す、すみません。今朝飲んだ牛乳が古かったみたいで……うぐっ……このままじゃ、ここで漏らすかも……」

「チッ、突き当りの奥だ。用を足したらすぐに帰れよ」


 舌打ちを鳴らし、ガードマンが道をあける。


「ど、どうも……」

「ありがとっす! これでお兄ちゃんも恥を晒さないですむっす!」


(現在進行形で凄まじい恥を晒してるんだが……)


 苦しそうな演技で腹を押さえつつ、黒服から離れて店に入ると、ライズは声を殺して耳打ちした。


「……ペコ、てめぇ、後で覚えてろよ」

「すんげーっす! お姫様の衣装部屋みたいっす!」


 大声が上品な雰囲気をぶち壊す。


 集まった奇異の視線に、ライズはそそくさとトイレに逃げ込んだ。

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