第33話 17日目:セリアに捕獲された

 急がねば。急がねば取り返しの着かないことになる気がする。というか、もう収拾着かない気もするんだけど、そんなことないよね? 信じて良いよね?(震え声)


 そんなわけで、執務室を飛び出すようにルミナスの部屋に向かっている。いつもは気にならない距離がやけに遠く感じる。緊張……しているのか?

 如何せん、告白というものをされたことがなかった。どういう距離感で話せば良いのかさっぱり分からない。

 ルミナスなら案外普通通りの態度なような気もするけど……。鋼メンタル裏山死。



「ちょっと待ちなさい」


「ん? 今ちょっと忙し……ひっ!!」


 突如呼び掛けられた声に返答し後ろを向くと、そこには鬼のような形相をしたセリアだった。

 忘れてた!!! お姉ちゃん大好きっ娘だもん、そりゃ殺しに来るよな。俺を。



「ふんっ」


 セリアは鼻を鳴らして、近くの空き部屋をクイッと指差した。来いということらしい。というか、王城何気に空き部屋多くね? 話すのに困らないから良いけどね。


 つか、何されるんだ……。普通に怖ぇ。

 内心震えながら大人しくセリアに付いていく。無視したらマジでヤバいことになりそうだし。


 

「さ、お姉ちゃんとの婚約について教えてもらいましょうか」  


 ドカッとソファに腰を下ろし、手を組んで俺を睨み付けるセリアから感じる圧は、まさしく王族のソレだ。おぉ、おぉ、ちゃんと成長してるようで……。震えを誤魔化すためにくだらないことを考えながら、俺はセリアに事情を説明する。


「いや、あのな? 朝起きて新聞読んだら、なぜか婚約のことが書かれてて俺にもさっぱり分からない。今からルミナスにそれを聞きに行こうと思ったんだけど」 


「……ふーん。そういうことね。それじゃ、あんたの本意じゃないってことね?」


「まぁそうなるな」 

   

 きっとセリアも大事な姉を奪われずに済んでホッとしただろう、と思った瞬間テーブルがバンッと大きく叩かれた。


「~~っ!」


 あ、強く叩きすぎたのか。結構痛そう。

 セリアはごほん、とわざとらしく誤魔化すとキッ! と目を釣り上げて、某カ○エルを彷彿させる叫び声を上げた。


 

「なんでよっ!!! お姉ちゃんと結婚よ!!?? なんで、嬉しそうじゃないのよ!! あんたがお姉ちゃんを誑かしたんだから責任取りなさいよ!!!!」


「あー、もう、この王族ども……」   


 良い意味に捉えれば家族愛が強い。悪い意味に捉えれば、思い込みが激しい。


「そりゃルミナスは引く手数多だろうさ。でも、俺は『先生』であいつは『生徒』だ。そこの一線を踏み越えるのはちょっと違わないか?」


 未だ俺の思考を邪魔するのは、俺とルミナスの関係性だ。

 教育において、色恋沙汰に発展させるのはご法度だろう。 

 

 しかし、セリアは「え?」と本気で疑問符をあげた。



「え、先生と生徒だから……なんで?」


「ん? 普通は……あれ、もしかしてこっちにそういう文化、風習ない?」


「そういう文化って……?」


 あ、ふーん(察し)


 どうりで葛藤してるの俺だけだよ!!! あれぇ、教育機関が充足してないからか? あ、わかった。魔法学院とか現役退職したお爺ちゃんしかやんねぇからだ。

 お爺ちゃんでなくても、相当年離れてるだろうし、先生と生徒同士の恋愛とかにならないし、それが禁止される倫理観もないのかぁ……。


 本気で困ったぞ。

 すると、何かを察したセリアが少し考えてから言った。



「まあ、あんたの国にどんな文化があろうと、こっちの国にいる以上関係ないわ! ということは、お姉ちゃんと婚約するのよね!!」


「待て! それとは別だし、お前は反対するんじゃないの?」  


「え? なんで反対する必要あるのよ。お姉ちゃんにとっての『英雄』が見つかったんだから、それで万々歳じゃない」


 英雄……。また出たよその単語。


「英雄の定義がよく分からないが、俺はそんな大したことしてないよ……」


「あんたねぇ……!」 


 セリアが突如俺の胸ぐらを掴んだ。

 ガタッとソファが動く音がし、しばらく沈黙が広がると、セリアは少し逡巡した後、呆れたようなため息を吐いて手を離した。



「あのねぇ、結果的にあんたは。私たちが何年かけてもできなかったことを、わずか二週間と少しで解いたのよ? それを『大したことはしてない』!? ふざけるのもいい加減にしなさいよッッ! その言葉は! 私たちの努力を踏みにじってるのよ!! あんたの国だと謙遜は美点なのかもしれないけど、少なくとも私にとっては嫌味に聞こえるし、バカにしてるとしか思えないわ!!」

 

「……っっ」


 軽率だった。

 実際謙遜でも何でもなく、俺は大したことはしてないと思っている。

 でも、それはセリアやファミリアさん、カマエル王の事を馬鹿にしてるのと同じだ。本当は悔しいはずだ。家族が何とかしてあげたかった。でも、ルミナスのことを想って他人に任せるという決断をしたのだ。

 


「でも、それは結果論だ。俺はなんでルミナスが笑えたのかも分からなかった。確かにルミナスを変える一端を握ったのは俺だけど、努力したのも。自分の胸の内を明かしたのもルミナス自身の力だ」 


 だからこそ、俺はセリアに本音を語る。取り繕うのは簡単だが、それは不誠実だ。何よりも全てが俺の功績になるのが嫌だった。

 間違いなくこの二週間は俺が一番ルミナスを近くで見ていたはずだ。悲しも怒りも嬉しさも、その瞳から流れ落ちる感情の雫だって見た。

 それを流せたのは、ルミナスをが変わろうとしたからだ。


 しかし、セリアは悲痛な顔で唇を噛み締めて激情を迸らせる。



「っっ! でもっ!! それじゃあ、納得できないのよ!! 私たちが何年費やしても出来なかったことをあんたはやり遂げた。結果的にお姉ちゃんの幸せになってる。それで満足したい!! でも! どうしても、何であの時もっと真剣に接してあげられなかったんだろうとか、後悔しちゃうのよ……ッッ。だから、思うしかないじゃない! 

 って!」



 そうか……だからセリアは。

 涙を流して叫ぶように語るセリアに、俺は点と点が繋がったような感触を覚えた。



「それが『英雄』か。誰かにとっての『特別』」


 セリアはきっと納得したかったんだ。いや、納得するしかなかった。

 俺がルミナスにとって生涯の『特別』であると。だから、呪いを解くことができたんだと。

 人の心は難しい、喜怒が喜哀が同時に胸の内を占めることだってある。自分の感情が分からずに自暴自棄になってしまうこともある。


 きっとセリアが怒っているのは、俺が呪いを解いたことではない。

 呪いを解いたことが許せなかったんだ。



「ぐすっ。そうよ……っ。あんたはお姉ちゃんにとっての特別になったの。たった一人の」


「それは違う」


 嗚咽を漏らして言ったセリアに俺は即座に反論する。  


 確かに『特別』は『特別』だ。

 


「一人じゃない」


「え?」


 セリアは顔を上げた。


「『特別』は一人じゃない。俺がルミナスの『特別』であったとしても、セリアと優劣を付けるなんてあり得ない。ルミナスはセリアも『特別』なんだよ。勿論、ファミリアさんもカマエル王もな」


「でも、結局私たちは呪いを解けなくて……っっ」


「それは違うだろ。呪いを解くことの条件なんて知らねぇけど、間違いなくお前らがいないと呪いは解けなかったよ。絶対だ」


「そんなの分からないじゃない……!」 

 

 言い切った俺を睨むセリアの瞳は変わらず揺れている。絶望と希望の間で揺れている。


 俺は、はっ、と鼻で笑って言った。


「そんなのするしかねぇだろ」  


 意趣返しだ。

 セリアはポカーンと口を開けて固まっている。

 首をブンブン振って再起したセリアは、呆れた顔に変わり、ぷっと小さく噴き出した。




「ぷっ、何よそれ。結局分からずじまいじゃないのよ。……あー、悩んでるのが馬鹿らしくなってきたわ。そうよ、納得すれば良いんじゃない。本人に聞いたわけじゃないし、聞いたとしても聞かなかったことにすれば良いし」


「いや、それは開き直りすぎじゃね?」 


「あんたのせいだからね。責任取ってお姉ちゃんを幸せにしなさいよ」


「ちょっ、なんでそうなる!?」

 

 カラカラ笑うセリアに心の霧は罹っていない。

 本気で開き直ったらしい。そして、なんでこうなる!?

 


「あははっ!! そんなに真剣にお姉ちゃんのこと考えてたのに変なの。早く結婚しなさいよ、って思うわよ。それに拒絶できないんじゃない? あんたも嫌なわけじゃないでしょ? 世間体ばっか気にして馬鹿みたいだわ。

 あんた自身の気持ちはどうなのよ。それを第一に考えなさい」


「ぬっ、ぐぬぬぬ……」


 開き直ったセリアは無敵だった。

 見事に反論できない。

 外面ばかり気にしても馬鹿らしいか……。こればかりは『魔剣士』が邪魔してるな……。

 だがセリアのお陰で突破口が見え始めた。


 すると、セリアがどこか満足そうに微笑んだ。


「その調子なら大丈夫そうね。じゃ、お姉ちゃんを幸せにするのよ!」


 俺が止める間も無く、スッキリした表情のままセリアは去っていった。




 うーん、なんか外堀というか内堀が完全に埋まったような……。気のせいだよな?


 気を取り直して、俺は今度こそルミナスの部屋に向かっていった。

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