第30話 16日目⑥:決着と……
戦いは熾烈を極めた。
クレムの放つ魔法はどれも上級魔法以上で、目的が時間稼ぎということもあり防戦一方だった。
「『ソリッドフィケーション』ッッ!」
押し寄せる膨大な質量を誇る水流を、氷魔法で凍らせる。相手の魔法に干渉するのは、かなり難しい。
というか城壊れそうだし、宰相の野郎、何もしねぇのな。
戦いの余波で壁は崩れ、時折天井から落ちてくる城の破片にも気を配らねばならない。
ルミナスは慣れない『異能』の発動に手間取っているらしく、依然として集中している。恐らく、宰相の『異能』が強力というわけでなく、『異能』に掛けられた時間が長かったことが原因で手間取っているのだろうか。いや、強力には強力だろうが。
「くっ……」
魔女クレムは、瞳から涙をこぼしながら魔法を放っている。心を縛られていても尚、溢れ出る感情の渦が涙となって表している。
それを見ると、心の奥底から激流のような怒りが噴出するのを感じる。
──落ち着け。怒りのままに行動したところで誰かを助けることはできない……ッッ!
もしも、宰相を殺すことが『異能』の解除条件であった場合、俺が躊躇うことはなかったかもしれない。ただルミナスが悲しい目をするかもしれないが、それしか方法がなかった場合そうなるだろう。
だが、その解除条件が分からない以上、無理に行動を起こせば、誰も救えない最悪な状況に陥るに違いない。
人は時に覚悟を決めねばならない時がある。
救いようのない犯罪者を相手取る時、死をもって制裁をしなければならない。
でも、死を与えることは簡単だが、その結果が最良とは言い難いこともある。それが今のような一件だ。
許せない。だからこそ感情論で動くべきではない。
「『アップドラフト』」
放たれた無数の炎を、気流を操り飛ばす。ヤバいな……魔力は全然有り余ってるけど、このままだと余波で城が崩れかねん……。
周りには一般人もいる。罪のない人を巻き込むわけにはいかない。
ちっ、やるか。精神的に消耗が激しいけど、言ってられる状況じゃない。
「『
0.1秒間、俺の間合いを部屋全体に及ばせ……それを固定化させる。
結界とは言うが、謂わば外界との隔絶。つまり、ここで何があろうと外部には影響を来さない。
「ぬぐぅ……キツイ……っ」
『異能』は魔力とは別の力を使う。しかも、それを鍛える術はない。
だから……めっちゃ疲れる。疲れるというか、全身に鉛を無数に付けられながら全力疾走してる感じ。クソ語彙力。
「『閃嵐』!」
しかし、俺の疲れなど関係ないと言わんばかりに襲う魔法の数々を捌かねばならない。
「そういえば、宰相が静かだな」
人を小馬鹿にしたような笑みと言葉が聞こえなくなったな、と一瞬視線を向けると、
そこには落ちてきた瓦礫に埋もれてピクピク体を痙攣させる青年の姿があった。
「ぷっ……」
あまりに滑稽な姿に笑いが込み上げてくる。いやぁ、ざまぁみろってよりも馬鹿馬鹿しすぎて……くっくっく……!
「危なっ」
笑ってしまったことで注意が散漫になる。危うく当たりそうになった魔法を間一髪で避けて、思考を戦闘に戻す。
というか、宰相が気絶しても『異能』が解けないということは、やはり殺しても解けない可能性が高いのか……?
「それにしても、『異能』を発動させながら魔法で迎撃すんのはさすがにキツイ……!!」
その瞬間、ナイスタイミングでルミナスの目が開かれた。
「──行けます! 隙を作ってください!」
「よし、了解、姫様」
ニヤリと笑みを深め茶化す。
そして、俺はクレムに向かって一直線に走り出す。
……悪いな、クレム。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれよ!!
「『
『異能』によって距離を詰め、華奢な腕を掴んで背負い投げの要領で、地面に叩き付けた。
「今だ!!!」
近くに迫っていたルミナスに声をかけると、クレムに向かって手をかざし碧の双眸を輝かせ、一言呟いた。
「『
世界が変わった。そんな表現が頭に浮かんだ。
ルミナスの手から放たれた虹色に輝く光が、渦となってクレムを包み込む。光からは暖かさ、優しさ、強さを感じた。
あぁ、これはルミナスが持つ感情なんだと不思議と理解していた。
光が止むと、クレムの何も映さなかった瞳が輝き、目を見開く。そして、俺の姿を映すと、安心したように微笑み寝息を立てた。
「良かった……」
「成功したみたいですね……」
二人揃ってふぅ、と安堵で息を吐く。
本当に良かった……。俺も誰かを救えたんだ。……実際に救ったのはルミナスだけどさ。つか、ルミナスの『異能』使われたら勝ち目ないんだけど。ちょっと強すぎませんかね。
さて、全てが終わった……が俺にはすべきことがある。
俺はルミナスの正面を向き、深々と頭を下げた。
「すまん。守りきれずに誘拐された挙げ句に、怒りに呑まれて俺が足手まといになった」
ルミナスはキョトン、と目を丸くして「はい?」と疑問符を上げる。
「誘拐された挙げ句に魔法が使えずピンチになったところを助けてもらったのは私なんですよ? 怒りに呑まれたのだって、当本人の先生からしたら仕方のないことですし、止められたのは何の関わりのない部外者だったからです。むしろ、何もわかっていないのに、わかったようなフリをして止めた私が悪いです」
「いや、ちょっと待って、それはおかしい」
あまりに自分を卑下した物言いにポカンと一瞬拍子抜けしたが、すぐさまルミナスの言い分を否定する。
「そもそも、俺が目当てで狙われた犯行だ。そのせいでルミナスが危険な目にあったんだぞ?」
「それも違うと思いますよ。どのみち私も殺すつもりだったでしょうし、それを言うなら、刺客が来た時点ですでに私は死んでます」
ふぅ……とルミナスは居住まいを正し、「この問答は無駄です」とピシャリと言い切ると、胸に手を当てて言葉を紡ぐ。
「私にとって重要なのは、先生が私を助けて守ってくれたことです。過程なんかどうでも良いんです。先生が私の──『英雄』だったってことです」
「英雄?」
過程は大事だろ、と思ったが、それよりも気になるワードがあった。しかし、何のことか分からずに小首を傾げる俺に、ルミナスは近づいていく。
「私、気が付いたんです」
「何を?」
何故か物凄い近づいてくるルミナスから距離を取りながら聞き返すと、ルミナスは近づくことを止めずにさらに距離を詰めながら言う。軽く追いかけっこ状態である。
「自分の気持ちに。幸せの感情に含む一つの新しい感情に。
最初はそれが何か全然わかりませんでした。胸がモヤッとしたり、急に痛くなったり。病気かと思いました」
いえ、ある意味病気かもしれませんね、と呟くルミナスから逃げる俺。え、なんでこんなことになってるの?
しかし、至って真面目な表情に話すルミナスの話を聞かないわけにはいかずに、結果として頷きながら後退りしてる状態だ。
「セリアの言った『英雄』という言葉も。どこかしっくりときた私もいましたが、気づくことはできませんでした」
そこで言葉を区切り、俺をハッキリ見据える。
「沢山助けられました。優しく声をかけてくれました。私に感情を教えてくれました。そうした日々を送る中で私はいつしか『笑いたい』と思うようになったんです」
「そうか……」
前者に関しては、何を言われようがルミナスの努力だと俺は言うだろう。所詮俺は手助けしたにすぎないし、助けたと言っても助けられたこともある。
そんなことを考えながら、後ずさっていると背中にトンと冷たい壁の感触が当たった。
だが、ルミナスは近づいてくる。
「お、おい、ルミナス。ちょっと近いって」
壁際に追い詰められた俺が注意するが、ルミナスは止まらず、まさか俺に文句を言って頭突きをするのか!? なんてふざけた思考に至るまで距離を詰められた。
ルミナスの長い銀髪の髪が、さらりと頬を撫でる。
恐ろしいほどに整った美貌が目前に迫るのを呆然と見ていると、ルミナスは言った。
「笑いたい、笑いたいんです。だから、笑いますね?」
一瞬で目を奪われた。
不器用ながらに口角を上げた姿。
この日俺は幻想でも何でもない、ルミナスの笑顔を初めて見た。
あの日思った、笑顔が美しいんだろうな、という想いは、現実によって遥か彼方に置き去りにされた。
代わりに残ったものは、美しいなどと陳腐な言葉で言い表せないほどに、ただただ目を奪われた。
惚けていた俺に追い討ちをかけるように、一瞬だけルミナスの顔が視界から消え────俺の唇が湿った感触を感じた。
「好きです、先生。私の英雄」
すき? え、好き?
それは、先生としての? いや、口づけされたらさすがにわかるか……。
笑顔と接吻のダブルコンボによりノックダウン寸前の思考が戻る。
照れ臭そうに笑い続けるルミナスを見た俺は……叫んだ。
「えぇぇぇぇぇぇ!!!???」
カタギリ・ヨウメイ。二十歳。
女性経験はゼロである。
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